イベント発生
生活区画へ足を踏み入れた瞬間。
新は、微かな違和感を覚えた。
石畳。
並ぶ露店。
子どもたちの笑い声。
記憶通りの景色。
(……そろそろだ)
次の角を曲がれば、発生する。
悲鳴。
怒号。
そして覚醒者の暴走。
本来なら、無視することもできるイベント。
スルーしてもペナルティはない。
だが市民を救い、覚醒者を制圧すれば――
後から到着するレギュラートギルド長と自然に接触できる。
それが最短ルート。
「皐月」
「うん」
二人は走る。
⸻
「やめろ!!」
叫び声。
崩れた屋台。
倒れた市民。
中央には、目を血走らせた覚醒者。
黒い魔力が体を覆い、脈打っている。
(……来たな)
だが次の瞬間。
覚醒者の腕が異様に膨張し、
地面を叩き割った。
衝撃波。
建物の壁が砕け、瓦礫が飛ぶ。
「……強い」
新の記憶にある出力を、明らかに超えている。
(こんな強度じゃなかったはずだ)
「新!」
皐月の声。
倒れた子どもが瓦礫の陰にいる。
「避難優先!」
「了解!」
《ミスト・ヴェール》が広がる。
視界を遮りながら、市民を誘導。
新は前に出る。
拳が振り下ろされる。
白珠を抜く。
受けない。
流す。
軌道を逸らし、地面へ叩きつけさせる。
石畳が砕ける。
暴走した魔力が不規則に跳ねる。
「落ち着け!」
言葉は届かない。
皐月が《グレート・ウッド・ウォール》で衝撃を防ぐ。
「今!」
新は踏み込む。
白珠が閃く。
手首、膝、肩。
急所を外し、可動部のみを断つ。
無駄のない、美しい軌道。
白珠の太刀筋が白い残光を描く。
覚醒者は崩れ落ちる。
新は押さえ込み、腕を背後へ捻る。
「……終わりだ」
黒い光が、ゆっくりと消えていく。
⸻
「そこまでです」
凛とした声。
振り向くと、整然と並ぶ制服の一団。
レギュラートギルド。
その先頭に立つ女性に、皐月が息を呑む。
美しく、凛とした佇まい。
長い黒髪を後ろで束ね、
鋭い瞳が状況を一瞬で見抜く。
無駄のない立ち姿。
揺るぎない威圧感。
「見事な制圧ですね」
静かな声。
「私はレギュラートギルド長、相良」
新は視線を合わせる。
「新だ」
「無所属ですね?」
「ああ」
相良は倒れた覚醒者を一瞥する。
「最近、暴走の質が変わっています」
「以前よりも強く、制御不能に近い」
(やはり……)
「君たちが介入していなければ、市民に死者が出ていました」
相良は一歩下がり、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
他のギルドメンバーも同様に頭を下げた。
秩序の象徴が、民を守った者に礼を尽くす。
だが。
頭を上げた瞬間、その瞳は鋭くなる。
測る視線。
「力を持ちながら、無所属でいる理由は?」
静かな問い。
「……まだ決めていないだけだ」
「そうですか」
相良は一歩近づく。
「秩序を守る側に立つ覚悟があるなら、話をしましょう」
勧誘ではない。
選別。
「話だけなら」
「それで十分です」
覚醒者は連行される。
去り際、相良は振り返る。
「今日の件、忘れません」
秩序の女王との縁が、静かに結ばれた。
⸻
だが――
別の場所で。
⸻
天宮翼は、興奮を抑えきれずにいた。
地下の研究対象が消えた。
白珠が奪われた。
無能な者たちの失敗。
だが。
「なら、白珠を持つ剣士ごと、私のものにすればいい」
白珠には誓約がある。
目の前の者を見捨ててはならない。
ならば。
暴走を増やせばいい。
使わざるを得ない状況を作ればいい。
幸い――
ちょうどいい“薬”がある。
不良品だと思っていた。
だが今は違う。
(僕はやはり、神に愛されている)
信者を呼ぶ。
「この薬を、力に悩む者へ分け与えなさい」
「正しき願いには正しき力を。卑しき者には破滅を」
信者は恭しく受け取る。
(まぁ覚醒者が飲めば暴走必須の不良薬なんですけどね)
薬は瞬く間に広まった。
さらに。
粗悪な改変レシピまで流す。
もう、聖火の集いが直接配る必要すらない。
暴走は、勝手に増える。
そして今日。
ついに見つけた。
白珠の剣士を。
遠くから見ただけで分かる。
(なんて美しい)
白い刃。
洗練された太刀筋。
そして――
黒髪の青年。
艶やかで、静かで、冷ややかな瞳。
他人を人として見ていないような視線。
だが。
隣の少女を見る時だけ、色が変わる。
(特別は、あの女か)
天宮は微笑む。
(彼の特別は、僕がもらおう)
使えるなら駒に。
使えなければ、切り離す。
「彼から目を離さないで」
「彼は、聖火の寵愛を受けるに値する人間だからね」
天宮の笑みは、慈愛の仮面を被ったまま。
その奥で。
狂気だけが、静かに燃えてい




