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最短ルートに、君はいなかった  作者: りな


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27/32

嵐の前のデート

翌朝。


 拠点には、珍しくゆるい空気が流れていた。


 窓から差し込む柔らかな光。

 湯気の立つカップ。

 装備の手入れも終わり、急ぎの予定もない。


「……平和ですね」


 皐月が、ぽつりと呟く。


「嵐の前ってやつだな」


「やめてくださいよ!」


 むっとした顔で睨まれ、新は肩をすくめる。


「冗談だ」


 本当は、冗談でもないが。



「今日はどうします?」


 皐月が地図を広げる。


「レベル上げ? 素材集め? それとも……」


「今日は休む」


「え?」


「鍛錬はするが、ダンジョンには入らない」


 白珠はまだ完全に身体に馴染んでいない。

 力を得た直後に無理をすれば、歪みが出る。


「じゃあ……街?」


 皐月の目が、わずかに輝く。


「買い物とか?」


「お前、それが目的だろ」


「ばれました?」


 悪びれずに笑う。



 居住地区。


 昼間の通りは穏やかで、昨日までの不穏さは感じられない。


 屋台の匂い。

 子どもの笑い声。

 行き交う人々のざわめき。


「こうして見ると、普通の街ですよね」


「セーフエリアに設定されてるし、そんなもんだろ」


「また風情がないこと言う!」


 不満げな皐月の顔が、どこか幼く見えて——少し可笑しい。


「あっ! 今、私のことバカにしました?」


「顔に出てるか?」


「出てます」


 むっとしたままの皐月に、新は楽しそうに笑った。



 装備屋の前で足を止める。


「新、これ似合うと思いません?」


 手にしているのは、白基調の軽装コート。


「お前、白好きだな」


「だって綺麗じゃないですか」


「目立つぞ」


「じゃあ新も白着ればいいんですよ」


「俺は黒の方が落ち着く」


「じゃあ並んだらちょうどいいですね!」


 なぜか勝手に納得している。


(オセロか?)


 疑問は浮かぶが、わざわざ否定する必要もない。

 新は黙って、楽しそうに買い物をする皐月を眺めた。



 その後。


 ベンチに座り、軽食を分け合う。


「ねえ、新」


「なんだ」


「白珠って、怖くないんですか?」


 不意の問いだった。


「怖い?」


「だって、“守らなきゃ死ぬ”契約なんですよね」


 新は少し考える。


「……怖いさ」


 正直に答えた。


「でも、俺はこの契約を枷だとは思ってない」


「どうして?」


 新は、少しだけ視線を遠くへ向ける。


「お前を守るって決めた時から、

 お前がいる限り俺の剣は、お前や善良な誰かを守るためにある」


 皐月は、視線を逸らした。


 頬が赤いのは、日差しのせいだろうか。


 一度息を整え、改めて新を見る。


「じゃあ、私もちゃんと強くなります」


「もう十分強い」


「足りないです」


 即答だった。


「新の隣に立つなら」


 その言葉に、新は一瞬黙る。


「……無理はするな」


「無理はしません。でも、止まりません」


 まっすぐな瞳。


 迷いのない言葉。



 帰り道。


 夕焼けが街を染める。


 白い光と橙の光が重なり、

 どこか大地の神殿を思わせる色合いになる。


「ねえ新」


「今度はどこの精霊、探します?」


「……まだ決めてない」


 本当は、決めている。

 だが、口にはしない。


「じゃあ、ゆっくり考えましょう」


 皐月は伸びをする。


「今日はデートなんですから」


「誰が決めた」


「私です」


 新は思わず笑った。



 拠点に戻る。


 何事もない一日。


 だが——


 白珠は静かに存在を主張し、

 街のどこかでは、聖火の集いが動いている。


 それでも今は。


 穏やかな時間が、二人の間にあった。


 戦いの合間にある、かけがえのない静寂。


 それは、これから訪れる波乱をまだ知らないまま、

 優しく夜へと溶けていった。

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