大地のダンジョン
翌日。
新と皐月は、居住地区の外縁に立っていた。
目の前に広がるのは、岩肌が剥き出しになった荒野と、地割れのように口を開けた巨大な裂け目。
大地そのものが、深い傷を負ったかのような光景だった。
「……ここが」
皐月が、思わず息を呑む。
「大地のダンジョン……」
「ああ」
新は静かに頷く。
「正式名称はあるが、だいたい皆そう呼んでる」
入口付近には、簡易キャンプの跡と撤退した形跡が残っていた。
折れた杭、破れたテント、半分土に埋もれた武器。
「……失敗した人、多そうですね」
「ここはな」
新は視線を地面に落としたまま言う。
「“強さ”より、“耐え方”を試される場所だ」
⸻
ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
湿気はない。
だが、肺に圧がかかるような重さがある。
地面は硬く、一歩踏み出すたびに鈍い振動が足裏から伝わってきた。
「……音、響きますね」
「大地系ダンジョンは、足音が命取りになることもある」
新は自然と歩調を落とす。
「不用意に走るな」
「了解です」
⸻
このダンジョンは、闇雲に進んでも最深部には辿り着けない。
むしろ無駄に歩き回れば疲弊し、本来の力を発揮できなくなる。
新はこのダンジョンを何度も周回した。
その中で、新は二つのルートを知っている。
一つ目は、モンスターがほとんど出現しないルート。
最短で攻略するなら、間違いなくこちらだ。
二つ目は、モンスターが頻発し、戦闘難易度が跳ね上がるルート。
だが、レベル上げには最適だった。
皐月にどちらがいいかと声を掛けると、どちらへ進むか迷っている様子だった。
ふと、皐月が顔を上げる。
奥の岩壁の向こうに、建物が見えた。
「あれは?」
「ああ」
新が答える。
「神殿と呼ばれてる建物だ」
「特に中に何かあるわけじゃないがな」
「……私、あそこに行きたいです!」
それは、先程教えたどのルートにも属さない道だった。
「……」
期待を込めた視線に、新は小さく息を吐く。
「分かったよ。じゃあ神殿を目標に進もう」
「ありがとう!!」
皐月はぱっと表情を輝かせる。
その笑顔に、新も思わず口元を緩めた。
⸻
最初の魔物は、岩と岩の隙間から現れた。
四足。
全身が石質で覆われ、目だけが鈍く光っている。
「ゴーレム系……」
「小型だが、パワーはある。硬さが厄介だな」
新が前に出る。
「皐月、後方維持」
「はい!」
⸻
新が斬り込む。
刃は弾かれ、火花が散った。
「……硬っ」
「新さん!」
皐月が即座に《ミスト・ヴェール》を展開する。
霧が広がり、ゴーレムの動きが鈍る。
「今です!」
「まかせろ!」
新は低い姿勢で踏み込み、関節部を正確に叩いた。
ゴーレムの残骸が、音を立てて崩れ落ちる。
砂埃が舞い、やがて静寂が戻った。
⸻
「やりましたね!」
皐月は嬉しそうに新へ笑顔を向ける。
「今の連携、すごく良かったです!」
「ああ」
新は短く答えた。
「皐月のサポートがなければ、もっと削られてた」
「そんな……!」
皐月は慌てて首を振る。
「新さんが前に立ってくれてるからです。私なんて、まだ——」
「違う」
新は言葉を遮った。
自分のジョブとゴーレムの相性が悪いことは分かっている。
急所を突けば倒せるとはいえ、単独ならもっと苦戦していたはずだ。
皐月は一瞬きょとんとし、
それから少し照れたように笑う。
「……ありがとうございます」
皐月の成長を感じ、嬉しさと同時に、胸の奥に焦りが灯る。
(……俺も、成長しなければ)
無意識に、拳を握る。
精霊契約は皐月だけのものだ。
それ自体は、いい。
だが——
(俺には、俺の切り札が要る)
⸻
「新さん?」
皐月の声で、思考が現実に引き戻される。
「大丈夫ですか? 少し顔、怖いですよ?」
「……考え事だ」
新は歩き出す。
「先に進むぞ。神殿は、あの岩壁の向こうだ」
「はい!」
皐月は一歩遅れて並ぶ。
⸻
進むにつれ、ダンジョンの様相が変わっていく。
岩肌は削られ、人工的な段差が増える。
床には、かつて敷かれていたであろう石畳の痕。
草木も水もない大地。
それなのに、生命の強さを感じ、不思議な感覚に包まれる。
やがて——
視界が開けた。
大地の中央に、石造りの神殿が静かに佇んでいた。
「……あれが」
皐月が息を呑む。
装飾は摩耗し、紋様は風化している。
だが、崩れていない。
まるで、今も“待っている”かのように。
「……綺麗」
皐月が無意識に一歩踏み出す。
「気をつけろ」
新は即座に言った。
「……はい」
だが、その声には恐怖よりも期待が混じっていた。
⸻
神殿の前に立った瞬間。
地面が、わずかに脈動する。
ドクン——
低い音。
「……来る」
新は剣に手をかける。
だが、魔物の気配はない。
代わりに——
重い。
圧倒的な。
“意思”。
大地そのものが、二人を見ている感覚。
「……精霊」
皐月が小さく呟く。
答えは、まだ返らない。
だが確かに、ここは分岐点だった。
神殿は問いを投げかけている。
——力を求めるか。
——守る意思を示すか。
——それとも、踏み込むか。
新は一歩前に出た。
剣を構えず、ただ真っ直ぐに。
皐月を庇うように、背後へ下がらせる。
ここで止まるつもりは、最初からない。
⸻
突如、砂埃が舞い上がり、石片が飛ぶ。
新の頬を、鋭い岩片が掠めた。
即座に腕を伸ばし、皐月を引き寄せる。
抱きしめるようにして、その身体を守る。
次の瞬間。
神殿の扉が——
ゆっくりと、軋みながら開き始めた。




