善意の接近
その日は、
何の変哲もない一日になるはずだった。
新と皐月は、
いつも通り低ランクダンジョンを周回し、
装備の調整と経験値稼ぎをしていた。
「魔物の視界、遮断します」
皐月が《ミスト・ヴェール》を展開する。
「無理するな。MP管理優先だ」
「はい」
やり取りは、
すっかり“いつもの”ものになっていた。
⸻
拠点へ戻る途中。
居住地区の外縁、
人通りの多い通りに差しかかった時だった。
「……あれ?」
皐月が足を止める。
「どうした?」
「買い忘れ、気づいちゃいました」
「仕方ない。戻るか?」
「大丈夫!買ってくるから待ってて!」
そう言って、
皐月は先ほどの店の方へ駆けていった。
⸻
「買い忘れOK!
全部買えたし、新の所にはやく戻ろ♪」
通りを曲がった、その先。
皐月の視界に、
腰を落とした老婆が入った。
重そうな荷物。
植木鉢に腰掛け、息を整えている。
「お婆さん、大丈夫?」
声をかけた、その瞬間。
「大丈夫ですか?」
重なる声。
振り返ると、
優しい目をした好青年が立っていた。
「あ、すみません」
「いえ。こちらこそ、声が被ってしまって」
申し訳なさそうにはにかむ笑顔に、
一瞬、見惚れそうになり——
皐月は慌てて首を振った。
「僕、この辺でよくボランティアをしていて。
お婆さんとも顔馴染みなんです」
青年は、穏やかに続ける。
「ここは、僕に任せてください」
「じゃあ、お願いします!」
「ええ。では、また」
皐月は軽く会釈し、
新の元へと急いだ。
⸻
皐月が去った後。
「じゃあ、お婆さん。行きましょうか」
「ありがとうねぇ」
「いえ。
聖火の集いは、皆の味方ですから」
「あら。
聖火の集いの方には、掃除やら色々お世話になってますよ」
青年は微笑みながら頷く。
そして、
皐月が向かった方向へ、ほんの一瞬だけ視線を送った。
その一瞬、
笑顔がわずかに歪んだことに、
誰も気づかなかった。
⸻
「新!お待たせ!!」
「別に大丈夫だ。
忘れ物は買えたか?」
「うん!」
それから、少し楽しそうに続ける。
「あ、そういえばさっきね。
お婆さんが困ってて」
「助けようとしたら、同じタイミングで
すごいイケメンの好青年も声かけててさ」
「すっごくいい人だったなー」
その言葉に、
新の足が止まる。
「……新?」
「あ、ヤキモチ?」
皐月が、にやにやしながら覗き込む。
「違う」
即答だった。
「でも、次からは一緒に行こう」
新の脳裏に、
天宮翼の笑顔が浮かぶ。
「えー。
やっぱりヤキモチじゃないですかー」
冗談めかして続ける。
「確かにNPCと恋愛可能なゲームですけど、
私的には新くんの方が——」
「違うって」
新は遮る。
「ふざけてないで、行くぞ」
「はーい」
不満そうにしながらも、
皐月は素直に頷いた。
⸻
通りは賑やかで、
善意に満ちている。
誰もが、
それを疑わない。
だが新は知っている。
最も危険なのは、
正しさを疑わない善意だ。
天宮翼は、
すでにこの街にいる。
そして——
皐月のすぐ近くまで、来ていた。




