バッドエンド
このゲームには、
いくつものエンディングが存在する。
英雄になる結末。
世界を救う結末。
何事もなかったように日常へ戻る結末。
新は、そのほとんどを見てきた。
だが——
自分から踏み込まなければ、決して辿り着けない結末がある。
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バッドエンド。
力不足で死ぬことでも、
選択を誤って失敗することでもない。
自分の意思で、倫理を捨てなければ見えないルート。
新は、攻略のためにそれを選んだ。
——多少の罪悪感はあった。
だが当時の新は、
それを「ゲームだから」と押し殺していた。
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聖火の集い。
その中心にいたのが、
**天宮 翼**だった。
初めて会った時、
彼は驚くほど優しかった。
「怖かったね」
震える非覚醒者の肩に、
そっと手を置く。
「君は、何も悪くない」
穏やかな声。
柔らかな笑顔。
「この世界が、君を傷つけたんだ」
人は、その言葉だけで泣いた。
そして、疑うことをやめた。
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「君は、僕の手足になってくれる?」
天宮は、新にそう言った。
「正しい世界を作るには、強い人が必要なんだ」
迷いのない瞳。
新は頷いた。
エピソード条件を満たすため。
それだけの理由だった。
——そう、思っていた。
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裏切り者が出た。
疑問を口にしただけの信者。
「迷ってるだけだよ」
天宮は、楽しそうに言った。
「どうしようか?」
まるで、
壊れたおもちゃを見つけた子供のように。
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地下の一室。
壁は白かった。
正確には、白かったはずだった。
何度も洗われ、
何度も拭われ、
それでも染みついた色が消えない。
男は拘束され、
床に座らされていた。
「大丈夫」
天宮はしゃがみ込み、
男と目線を合わせる。
「君は悪くない」
次の瞬間。
鈍い音。
男の身体が、
不自然な方向に跳ねた。
悲鳴は途中で潰れ、
喉から空気が漏れる音だけが残った。
「ほら、見て」
天宮は新を見る。
「人って、壊れる時が一番正直だ」
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指が、一本。
ゆっくりと、
ありえない方向へ曲がる。
骨が鳴る。
男の目から、
涙と涎が同時に落ちた。
「やめ……」
「大丈夫だよ」
即座に被せる。
「これは浄化だから」
その言葉に、
男の身体が小さく震えた。
拒絶ではない。
理解しようとする震えだった。
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「新くん」
天宮が振り返る。
「彼は、救われるべきだと思う?」
攻略条件。
肯定。
「……はい」
天宮は、満足そうに頷いた。
「だよね」
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次は、時間だった。
殴らない。
蹴らない。
水を与えず、
眠らせず、
暗闇に置く。
時折、灯りをつけて笑いかける。
「頑張ってるね」
「もう少しだよ」
男は、
何が正解なのか分からなくなった。
痛みよりも、
期待に応えられない恐怖が勝った。
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「……お願い、します」
ついに、男が言った。
「……殺してください」
天宮は、
一瞬だけ驚いた顔をして。
すぐに、
嬉しそうに微笑んだ。
「よく言えたね」
両手を包むように握る。
「君は、ちゃんと辿り着いた」
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苦痛は、なかった。
それが、
一番異常だった。
男は、
涙を流しながら笑った。
「……ありがとう、ございます」
そう言って、
静かに息を引き取った。
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血に濡れた床の上で、
天宮翼は立ち上がる。
服も、
手も、
顔も、赤い。
それでも。
その笑顔は、
聖職者そのものだった。
「ほら」
新を見る。
「救われた」
疑いのない声。
新は、その場で理解した。
(……こいつは、楽しんでいる)
支配でもない。
目的でもない。
人が壊れる過程そのものを、娯楽としている。
ゲームだと、
分かっているのに。
それでも。
本物の恐怖が、
新の背中を這い上がった。
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それでも新は、
最後まで天宮翼の右腕であり続けた。
攻略のために。
エンディングを見るために。
そして——
世界は燃えた。
街は消え、
信者は祈り続け、
誰も救われなかった。
それが、
聖火の集いルートの結末だった。
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(……だから、分かる)
新は、現在へ意識を戻す。
あの笑顔が、
どれほど危険か。
あの善意が、
どれほど人を壊すか。
今回は、違う。
今回は、
皐月がいる。
そして新は、
もう“右腕”を選ばない。
聖火の集い。
天宮翼。
——あいつの結末を、
今回は辿らせない。




