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最短ルートに、君はいなかった  作者: りな


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15/20

精霊の領域

 ――水の音が、した。


 ぽたり、と。


 規則正しく、

 だが距離の測れない場所から。


 新は、ゆっくりと目を開けた。


 眩しくはない。

 暗くもない。


 世界は、淡い光に満ちていた。


 足元は水面のように揺れているのに、

 沈む感触はない。


 空も、天井もない。

 上も下も、

 すべての輪郭が曖昧だった。


「……」


 声を出そうとして、

 新はやめた。


 音が、吸われる気がした。


 ここは地下ではない。

 ダンジョンでも、街でもない。


(……精霊の領域、か)


 理屈ではなく、

 直感で理解した。



「……新?」


 背後から、

 小さな声がした。


 振り返ると、

 皐月が少し離れた場所に立っていた。


 倒れていたはずなのに、

 傷はなく、装備も乱れていない。


「大丈夫か?」


「……うん」


 皐月は周囲を見回す。


「ここ……どこですか?」


「多分、精霊のいる場所だ」


「……夢、じゃないですよね」


「違う」


 新は即答した。


「これは、“呼ばれた”感覚だ」


 皐月は、その言葉を噛みしめるように頷いた。



 水面が、静かに波打つ。


 そこから、淡い光が浮かび上がった。


 一つ。

 二つ。

 三つ。


 光の玉。


 大きさはまちまちで、

 それぞれが違う色を帯びている。


 白。

 薄緑。

 淡い青。


 揺れるたびに、

 感情のようなものが伝わってくる。


 喜び。

 警戒。

 好奇心。


「……しゃべらないんですね」


 皐月が、そっと言った。


「下級精霊は言葉を使わない」


 新は答える。


「感情を伝えることでしか、意思疎通できないらしい」


「詳しいんですね!」


 その言葉に、新はわずかに動きを止めた。


 ――なぜ、知っている?


 精霊について調べた記憶は、

 このゲームを幾度も周回してきたがない。


 視界に一瞬、ノイズが走る。

 鈍い頭痛。


(……思い出した)


 以前の周回で、

 偶然読んだ古い書物。


 精霊について触れられていた一節。


 なぜ、今まで忘れていたのか。


「前に周回した時に、読んだだけだ」


 そう答えると、

 皐月は「さすがです!」と無邪気に笑った。



 一つの光が、

 皐月の方へ近づいた。


 触れるか触れないかの距離で、

 静止する。


 空気が、柔らかくなる。


 皐月の胸元が、

 微かに温かく光った。


「……怖く、ない」


 皐月が呟く。


「でも……試されてる気がします」


「正しい」


 新は、一歩も近づかなかった。


 その姿勢を、

 精霊たちは静かに見ている。


 近づかない者。

 奪わない者。

 命令しない者。


 それもまた、

 一つの答えだった。



 光が、再び集束する。


 そして。


 人の形を取った。


 だが、それは人ではない。


 この世のものとは思えない美しさ。

 性別の区別すら意味を持たない存在。


 水色の瞳が、

 静かにこちらを映す。


 声は、響かない。


 意味だけが、直接心に落ちてくる。


『久しいな』


 視線は、皐月に向けられていた。


『精霊術師』


 皐月が息を呑む。


「……私、ですか?」


 存在は、静かに頷く。


 次に、視線が新へ移る。


『境界に立つ者』


 新は、視線を逸らさなかった。


「契約を求めていない」


『知っている』


『お前は奪わぬ』


『だから、ここまで来られた』



 存在は、再び皐月を見る。


『問おう』


『力を得て、何を守る』


 皐月はすぐに答えなかった。


 一度、新を見る。


 新は、何も言わない。


 導かない。

 代弁しない。


 皐月は深く息を吸った。


「……全部は守れません」


「でも、壊したくない」


「誰かを踏み台にする力なら、いりません」


 水色の瞳が、

 ゆっくりと細められる。


『よい』



 水面に、文字が浮かび上がる。


【契約】


【所有ではない】

【従属ではない】

【共有】


『力を借りる覚悟はあるか』


『失うことを、拒まぬ覚悟はあるか』


 皐月は、迷わなかった。


「はい」


『名を』


「青葉皐月です」


『受け取った』


『我は、精霊樹ルミナリエの代行者』


『名は、まだ持たぬ』



 光が、皐月を包む。


 根のような光が、

 足元から胸元へと絡み合う。


 痛みはない。

 ただ、温かい。


 胸の奥に、

 何かが“根付く”感覚。


【契約成立】


【精霊契約:第一位階】


【ジョブ:精霊術師(正式)】


【スキル更新】


 皐月は思わず胸を押さえた。


「……世界が、少し違って見えます」


「それが契約だ」


 新は静かに言った。



『忘れるな』


『精霊は道具ではない』


『壊さぬ限り、見捨てぬ』


 存在はそう告げ、

 光へと還っていく。


 精霊たちも、静かに距離を取った。



 世界が白に包まれる。


 重力が戻り、

 冷たい床の感触。


 精霊の領域は閉じた。


 皐月と新は地下にいたはずが旧生活区画の入り口に 戻っていた。


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