地下潜入
トーマスのいるギルド拠点。
昼間にもかかわらず、
内部はどこか薄暗かった。
掲示板にはクエストが並び、
覚醒者たちが忙しなく行き交っている。
その中を、新と皐月は進んでいた。
「……ここ、落ち着かないですね」
皐月が小声で言う。
「ギルドは基本そうだ」
新は足を止めずに答えた。
「人も情報も、多すぎる」
⸻
トーマスは、
端末の前で腕を組んでいた。
二人に気づくと、
いつもの軽い調子で声をかけてくる。
「来たんだねー!
もしかして加入希望かい?」
「少し、聞きたいことがある」
新は前置きを省いた。
「旧生活区画についてだ」
トーマスの視線が、
一瞬だけ鋭くなる。
「……発砲の件かな?」
「ああ」
新は頷く。
「地上で警告射撃を受けた」
周囲のギルド員が、
わずかにこちらを伺う。
トーマスは声を落とした。
「ここじゃ、話しにくいんだよねー」
そう言って、
奥の小部屋へと二人を案内した。
⸻
「ギルドとしての結論は、
もう出てるんだ」
トーマスは淡々と言った。
「旧生活区画は管理外。
被害なし。
介入予定なし」
「……やっぱりな」
新は小さく息を吐く。
「発砲したのは?」
「さぁな。
確認できなかった」
トーマスは視線を伏せる。
「ギルド内では、
“聖火の集い”の名前が出た」
皐月が、息を呑む。
「……危険、なんですか?」
「危険かどうかは、
状況次第……かな」
トーマスは言葉を選ぶ。
「表向きはね。
非覚醒者への支援や保護を惜しまない、
素晴らしい団体だよ」
——【表向きは】。
つまり、
裏があると分かっていても動けない。
「要するに」
新が言う。
「確かな証拠がないから、
ギルドは手を出せないってことだろ?」
「そういうこと!!」
トーマスは、
正解!と言わんばかりに笑った。
⸻
「地下の存在は?」
新が聞く。
トーマスは、
一瞬だけ沈黙する。
「公式には、
何もないことになってるよー」
だが、すぐに続けた。
「でも旧生活区画の地下は、
昔、居住区画として使われてた」
「生活インフラも?」
「あるはずだよ」
「……なるほど」
新は、それ以上聞かなかった。
ここが、限界だ。
⸻
「深入りするのは、
オススメしないよ」
トーマスははっきり言った。
「そこは、
ギルドの守備範囲外だからね」
「分かってる」
新は答える。
「だから、
俺たちで行く」
トーマスは小さく息を吐いた。
「……無事で戻ってくるんだよ」
新は返事の代わりに頷き、
皐月と共に部屋を出た。
⸻
旧生活区画。
地上の管理事務所の裏手で、
新は足を止めた。
「……ここだ」
崩れたフェンスの奥。
雑草に覆われたマンホール。
蓋には、
最近動かされた跡がある。
「誰か、
使ってますね……」
皐月が言う。
「ああ」
新は頷いた。
「隠す気もない」
蓋をずらす。
冷たい空気が、
下から吹き上げてきた。
生活の匂いが、
はっきりと混じっている。
⸻
地下。
コンクリートの通路は、
思ったより整っていた。
壊れていない照明。
補修された配線。
「……人、
住んでますね」
「間違いない」
新は周囲を見渡す。
簡易ベッド。
空の食料箱。
乾いた水の容器。
放棄された跡じゃない。
続いている生活だ。
⸻
「これ……」
皐月が足元を指す。
床に残った、
複数の靴跡。
「人間の、
しかも最近の痕跡だ」
新は低く言う。
「人数も、かなり多い」
「……組織」
「ああ」
新は思考を整理する。
「見張り、生活、移動。
即席じゃない」
「かなり昔から、
ここを使ってる可能性が高いな」
⸻
通路の奥。
壁に描かれた、
歪な紋様。
むせ返るような血の匂い。
焼き付けられた跡。
壁に固定された拘束具。
新の足が、止まる。
皐月は思わず目を逸らし、
口を押さえた。
(……間違いない)
何度も周回した末、
一度だけ辿り着いたルート。
人を人とも思わず、
他人を屈服させ、
悲鳴に快楽を見出す異常者。
(あいつが……
この先にいるのか)
「新……?」
皐月が、不安そうに声をかける。
「……大丈夫だ」
新は視線を逸らした。
(できることなら、
会いたくない)
⸻
生々しい痕跡とは裏腹に、
地下は音一つなく静まり返っている。
だが、
完全な無人ではない。
どこかに、
気配がある。
新は拳を握りしめた。
ここはダンジョンじゃない。
やり直しも、
救済もない。
それでも——
「……戻る?」
皐月が小さく聞く。
「いや」
新は一歩、前に出た。
「ここまで来た」
低く、言う。
「俺たちの目的は精霊だ。
このまま何もないなら、進む」
地下の奥で、
何かが軋む音がした。
敵か、味方か。
判断は、まだできない。
それでも。
新と皐月は、
奥へと進み続けた。




