森の夕食会
「いやあ、最高じゃった。お茶は、飲めば夏の暑さを和らげてくれるし、見れば待ち遠しい秋を連想させる。ケーキもしっとりとしていて、ハチミツの甘さが口に広がっていく――ミナさん、ありがとう」
お茶とケーキをたっぷりと堪能したクルミは、満足そうに言いました。
「いえいえ。気に入ってもらえて嬉しいわ――そうだ、クルミさん。よろしかったらこの後、お夕食も食べていかない?」
「いやいや、夕食までご厄介になるわけには――明日までの修理もあるしの」
「……というか、食べて行って欲しいの。後から来るお客さんにきっと用があると思うから。一人……いいえ二人かしらね」
ミナは、ニッコリと微笑みながらいいました。
クルミは、『はて?』と首をかしげています。
その様子を見て、ミナはまた笑いました。
◆
郵便局は、閉店時間ギリギリまでお客さんが訪れていました。
こんなに忙しかったのは、いつぶりだろう――。
ルカは、充実感を覚えながら片付けもそこそこに、帰り支度を始めました。
素早く局内の点検を済ますと、鍵をかけました。
ルカはまず、クルミの家に向かいました。
しかし、玄関をノックしてもクルミはいませんでした。
「まだ、ミナさんのところかな? それとも別の用事かもしれない……」
ルカは迷いましたが、ミナにもお礼を言いたいと思ったので、ミナの家まで足を運ぶことにしました。
町を出ると、草原から森へ続く道を、風を切って駆けていきます。
太陽も沈みかけ、森から穏やかで涼しい風が吹いていたので、ルカは少しも暑くありませんでした。
まるで森から『いらっしゃい』と言われているような風に、ルカは案外ミナからのメッセージかもしれないな、と思いました。
遠くにぽおっと、暖かい光が見えてきました。
ミナの家までもうすぐです。
ルカは疲れていましたが、力いっぱい走りました。
◆
「最初のお客様が、いらしたみたいね」
ミナは、そう言って立ち上がり、玄関のドアを開けました。
玄関から少し離れた所に、走って乱れた服を直すルカの姿がありました。
「いらっしゃい。待っていたわよ。どうぞ入って」
「突然の訪問ですみません。でもやっぱり、僕が来ること分かっていたんですね」
ミナは、微笑みながらルカを家に招き入れました。
そこには、クルミの姿もありました。
「クルミさん、こんばんは。やっぱりこちらにいらしたんですね」
「なるほどの……ルカ、ご苦労様。いやあ、ミナさんに引き留められての」
クルミは、ホッホッホッと笑いました。
「まずは、夕食にしましょう」
ミナは、料理をテーブルに運び始めました。
「わあ、美味しそう……そういえば今日は忙しくて、朝、ノンノばあちゃんのパンを食べたきりでした。もうお腹ペコペコ……」
「ふふっ、たくさん食べていってね」
燻製肉と根菜を使ったポトフ、少し硬めのパン、ベリーがちりばめられたサラダ――どれも森の恵みがたくさん使われていて、素朴ながらも豊かな料理が、テーブルを彩りました。
ルカは、勧められた椅子に座ると、手早くお祈りをして森に感謝を伝えました。
そして、どれから食べようか迷ってから、ポトフから頂くことにしました。
燻製肉は、スプーンでほぐれるほど柔らかく、臭みも気になりません。代わりにハーブの香りがスッと鼻に抜けます。
根菜も柔らかく煮込まれていて、野菜のほのかな甘さが口の中いっぱいに広がります。
ルカは、パンに手を伸ばしました。
焼き立ての少し硬めのパンをちぎると、湯気とともにハーブのいい香りが広がり、ルカの鼻をくすぐりました。
ルカは、少しお行儀が悪いと思いながらも、パンをポトフに浸して口へ運びます。
パンに練りこまれたハーブが、スープをさらに際立たせます。
「ん~! ミナさん、とっても美味しいです!」
「ホッホッホッ、いい顔をしよるわい」
「ホントに……ルカ、サラダもどうぞ。クルミさんもたくさん召し上がって」
「ホホーッ! この燻製肉はなかなか――」
いつも森の近くに独りで暮らしているミナにとっては、こんなに賑やかな夕食会は久しぶりのことでした。
丁寧に作られたミナの食事は、ルカの心と体を温かく満たしました。
「ふう……クルミさん、ミナさん、今日はご協力頂きありがとうございました」
お腹が満たされたルカは、一息ついてから姿勢を正し、二人にお礼を言いました。
「それで、あの手紙は?」
二人の返事を待つことなく、ルカは気になっていた手紙のことを二人に聞きました。
「まず、ミミじゃが……ミナさんが森の向こうの町へ行った折に、ミミを見かけたそうなんじゃ。んで、町の門番さんが、ミナさんの友人じゃそうでな。彼に手紙を託したんじゃ……風でぴゅうぃっとな」
「町に住んでいる確証はなかったけれど……大丈夫。あの手紙は、ミミに届くわ。たくさんの人が繋いでいるのですもの」
ミナの言葉は少し不安げでしたが、自分に向けられたまっすぐな目が『きっと届く』と言っている気がして、ルカは静かに大きく頷きました。
その様子を満足げに見届けたクルミは、『ああ、そうじゃ……』と言って、お茶会で出されたお茶とケーキの感想をルカに話し始めました。
二人の会話を楽しそうに聞きながら、ミナは食後のお茶の準備を始めました。
すると突然、窓がガタガタと音を立て始めました。
ルカとクルミが音のする方へ目を向けると、なにやら四角くて白いものが窓に張り付いていました。
「あら……思ったよりも早かったわね」
ミナは窓を静かに開けると、涼しい夜風が吹き込んできました。
白いものは、夜風に乗ってふわっと家の中に入ってきて、ゆっくりと床へ着地しました。
それをミナが拾い上げ、二人に見せました。
「二人目のお客様よ」
「……なるほど! これが二人目の客人じゃったか!」
クルミは驚き、ルカは訳が分からず二人を交互に見ました。
「これはね、ミミからの手紙よ」
「ええ?」
「ということは、無事に届いたんじゃな!いやあ、よかったよかった」
「お茶を飲みながら読んでみましょう」
ミナも嬉しそうに微笑んでいました。
◆
ミナが食後に用意してくれたお茶は、ラベンダーの入ったお茶でした。
ルカは、手紙の内容にドキドキしていましたが、お茶の効果でとてもリラックスした気分になりました。
「じゃあ、読むわね」
ミナが手紙を朗読してくれました。
初めに手紙のお礼。
自分ひとりでは届けられなかった手紙が――あのヒマワリ色の手紙が、たくさんの人の手によってミミに届いた――。
ルカは、協力してくれた人たちに感謝しました。もちろん、風にも。
そして、一人では不可能なことも、周りの人の助けがあれば解決できることもある、とルカは学びました。
あのウサギの青年は、今頃どうしているのだろう?
手紙が届いたことを教えてあげたい――。
ルカは、ウサギの青年にも思いを馳せました。
次に、花屋で働いていて、充実した毎日を過ごしていること。
花屋の2階に住んでいること。
明日、町へ遊びにいくこと――。
「明日!? もう、ミミさん急だなあ……」
「変わっとらんのお~。ホッホッホッ」
「ふふふっ」
ミミの相変わらずのそそっかしさに、三人で笑いました。
「でも、明日遊びに来るんですね。町のみんなびっくりしますよ!……でも、時間書いてないですね」
「本当じゃ!」
楽しい笑い声とともに、森の夜は更けていきました。




