お茶会
時計を見るなり慌てて出ていくトゥーリの背中を、クルミは愉快そうに見送りました。
「おかみさんも案外せっかちじゃな……さて、わしも出かけるとしよう」
クルミは、ルカから託された封筒を大切に鞄へしまうと、ふと気付きました。
「わしも、今日は郵便屋じゃのお」
ホッホッホッと笑うと、クルミは、森の入り口にあるミナの家へ飛び立ちました。
◆
その頃、森の中から籠を抱えたミナが出てきました。
籠の中にはブラックベリーやラズベリーがたくさん入っています。
暑いので爽やかなミントティーを出そう――ミナはそう考えました。ミントティーは飲むとスッと暑さが引いていきます。
そこに今摘んできたラズベリーを加えることにしました。
甘酸っぱさが足されて飲みやすく、ほんのりと赤みを帯びたお茶は、次の季節を連想させます。
昨日のうちに作っておいたハチミツのパウンドケーキとも相性がよさそうだと、ミナは思いました。
この時期の森で採れたハチミツは、ベリーの花を中心としたもので爽やかでとても香りが良いものでした。
考え事をしながら、ミナは井戸から水をくみ上げました。ひんやりとした水で優しく転がすようにベリーを洗い、丁寧に水気をふき取るとボウルに移していきました。
ベリーでいっぱいになったボウルを抱えて、ミナは家に入りました。
時計を確認すると、そろそろクルミが訪ねてくる頃でした。
ミナは、お湯を沸かしながら、ボウルからお茶に使う分のラズベリーを取り分けました。
お湯が沸くのを待つ間、ミナはテーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を預け、そっと目を閉じました。
やかんが、次第にシュンシュンと音を立て始めます。ミナは、この音を静かに聞くのが好きでした。
「そろそろね」
ミナは、ポットにラズベリーを入れ、お湯を注ぎました。
お湯の中でラズベリーがクルクルと回り、ゆっくりと赤い色に染まっていきます。
甘酸っぱい匂いが広がってきたところで、ミナは、ミントを少し多めに入れました。
ポットを丁寧に布で包むと、ミナは、また外の井戸へ向かいました。
そして、桶を冷たい井戸水で満たすと、その中にポットをゆっくりと沈めました。
井戸水でお茶を冷やすのです。
ミナが、冷やし終えたポットを桶から取り出した頃でした。
「すまん、すまん。少し遅れたかの?」
クルミが約束の時間より少し遅れて到着しました。
「いらっしゃい、クルミさん。ちょうどお茶が冷えたところよ。暑かったでしょ。さあ、中へどうぞ」
ミナは、冷えたポットを抱えて、クルミを家へ招きました。
クルミに椅子を勧めると、ミナは、ハチミツのパウンドケーキと一緒に、冷たいミントティーを出しました。
「ほっほう、これはまた綺麗じゃ。では早速頂くかの――これはこれは、体の中から涼しいのお」
大満足の様子のクルミに、ミナは嬉しそうに微笑みました。
「それで、時間に正確なクルミさんが遅れたのは、何かあったんでしょ?町の方の風も少し騒がしかったし」
「さすが、お見通しじゃな」
クルミは、羽で顎を撫でながらニヤリと笑いました。
「実はわし、今日は郵便屋代行も兼ねおってな――これ、ルカからミナさんへ手紙じゃ」
クルミは、鞄から手紙を取り出し、ミナへ渡しました。
「ルカ、郵便送れないの?……具合でも悪いとか?」
ミナは、封筒を受け取りました。
「ルカは、心配いらんよ。今日は、郵便局が大盛況でな、魔法使う余裕がないんじゃ」
ミナは、封筒を開けると、中から手紙とヒマワリ色の封筒を取り出しました。
ヒマワリ色の封筒には、『ミミへ』と書かれています。
ミナは、何故ここにあるのだろうと、不思議に思いながら便箋を開きました。
そこには、慌てて書いたことがよく分かる字で、こう書かれていました。
『僕の力では、届けられない手紙です。どうしても届けたいので、力を貸してください』
ミナは、何も言わず、便箋をクルミに見せました。
「ホッホッホッ、ルカは相当慌てていたようじゃ。どれ、事情はわしから説明するとしようか」
クルミは、お茶を飲んで一息ついてから、ルカから聞いた話をミナへ伝えました。ウサギの青年のこと、ルカがこの手紙から感じ取ったことを。
そして、ミミが森の向こうの町へ向かった姿を見たことも付け加えました。
ミナは、お茶を飲みながら、時おり目を閉じ、静かに話を聞いていました。
「なるほど……」
話を聞き終えたミナは、小さく呟きました。
そして静かに立ち上がると、キャビネットから少し大きめの封筒と便箋を数セット取り出し、テーブルへ戻ってきました。
ミナは、1枚の封筒を手に持つと、念じるように目を閉じました。そして、その封筒には『ミナへ』と宛名に自分の名前を書きました。
次に、便箋へサラサラとペンを走らせます。
クルミは、ミナの様子を眺めながら、パウンドケーキに舌鼓を打ち、お茶で喉を潤しました。何を始めたのかと尋ねることもなく、ゆっくりとミナの作業が終わるのを待っています。
ミナは、書いた手紙とヒマワリ色の封筒、そして自分宛の空っぽの封筒を、『ミミへ』と宛名を書いた封筒に入れました。
それから、もう一枚の便箋を書き始めました。今度は少し長めの内容のようでした。
ミナは書き終わると、『オルソンへ』と書かれた封筒に、便箋とミミ宛の封筒を入れました。
ヒマワリ色の封筒は、また新たな封筒の中へ大切に包まれました。
「お待たせしました」
手紙を準備し終えたミナは、クルミに声をかけました。
「わしのことは気にせんでええよ。それで、ミミに手紙を届けられるのかい?」
「確実はと言えないけれど……」
ミナは、少し控えめに笑いました。
「春を過ぎた頃だったかしら――私、森の向こうの町にも森の恵みを卸しに行っているんだけど、そこでお花を抱えて走り去るミミを見かけたわ」
それを聞いて、クルミは驚いたように目を丸くしました。
「やはり、あの子は森の向こうの町にいたんじゃな」
「ええ。それで、オルソン――あの町の門番さんとは知り合いでね、彼にミミへ手紙を届けてくれるように頼もうと思って」
ミナは、一息ついて続けました。
「彼のところまでは、森の風たちが運んでくれるわ」
「なるほど、なるほど。それはいい……」
クルミは、目を細めて顎を撫でながら、大きくうなずきました。
「私ができるのはここまで。あとは風まかせ――かしら。さあ、この手紙を運んでもらいましょう」
ミナとクルミは、外へ移動しました。
ミナは、封筒を両手に乗せ、空へ差し出すようにして、目を閉じました。
しばらくすると、どこからか風が吹いてきてふわりと封筒を浮かばせたと思うと、ぴゅうと森の向こうへ運んでいきました。
「無事に届くとよいの」
クルミは、風の吹いていった方向を見ながら呟きました。




