聖騎士を闇堕ちさせる魔王様
思い付き短編です。
タイトル通りとなります。
覚悟を持ってお読みください。
……タグに『ハッピーエンド』が付いてる?
……覚悟を持ってお読みください。
「魔王! 覚悟しろ!」
「……来たか。聖騎士よ」
光輝く聖剣を構える聖騎士。
玉座で肘をつく魔王。
一触即発の空気。
それを魔王は無造作に破った。
「聖騎士よ。貴様は何故余に剣を向ける」
「何故だと!? 人類の平和のためだ!」
「ふはははは!」
「何を笑う魔王!」
自分の決意と覚悟を笑われたと思い、激昂する聖騎士。
しかし魔王は笑みを崩さない。
「知っておるのだ聖騎士よ。貴様が何のために余を討伐しようとしているのか」
「何だと!?」
「病で喪った妻を、余を殺せば蘇らせてやる、と言われたのだろう?」
「き、貴様っ! 何を……!」
怒りを露わにする聖騎士。
しかしその声には、明らかな動揺があった。
「良いではないか。命を賭けて魔王に挑む理由として、人類の平和などという曖昧なものより余程理解し易いぞ」
「ぐっ……!」
「しかし愚かな。神ならばまだしも、その教えに縋るだけの人間に、死者を蘇らせるというこの世の摂理を覆す力があると思うのか?」
「い、いや、しかし大司教様が……!」
「考えてもみよ。死者を蘇らせられるのであれば、何故その聖剣の持ち手たる古の英雄を呼び覚まし、余の元に送らぬのだ?」
「ぐっ……」
言葉に詰まる聖騎士に、呆れたように魔王は首を横に振る。
「悲しいものだ。僅かな希望にでも縋らねば生きていけぬのが人間というものか」
「黙れ! 黙らなければ貴様を」
「だが余ならば、貴様に確かな希望を示せる」
「……何?」
怒りに震える聖騎士の手から、不意に力が抜ける。
しかしそれを恥じるように、聖騎士はすぐさま聖剣を握り直した。
「ふざけるな! 懐柔のつもりか! 貴様の言葉など信じる訳がな」
「冥界の王と余は懇意である」
「……え……」
「死した人間の魂が行き着く先、冥界の王と余は懇意である、と申したのだ」
「っ……」
一瞬言葉に詰まるも、聖騎士はなおも反駁する。
「妻の魂が冥界にあると言うのか! 侮辱は許さん! 妻の魂は天界にあると大司教様は仰った! 貴様を倒せばそこから引き戻してくださるとも!」
「天界に召されるのはごく限られた魂のみだ。それこそ聖人と評される者にしかその扉は開かれぬ。こんなもの、教会の見習い小僧ですら知っていよう」
「……え、あ……。で、でも大司教様が……!」
「そう言うであろう。彼奴等の権威は冥界には及ばぬからな。及んだとしても冥界の王に助けを乞うなど、神を唯一と讃える彼奴等には考えも及ぶまい」
「ち、違う……! 妻の魂は、天界に……!」
「では仮に妻の魂が天界にあるとしよう。それは高貴にして高潔な魂。神の寵愛を受けるに値する存在だ。それを人間の都合で乞われて、神が軽々に手放すと思うか?」
「あ……、あ、あぁ、あああ……!」
敬虔な信徒として、教義を学び続けた聖騎士にはわかってしまった。
魔王の言葉と神の教えが一致する事に。
そしてそれは、魔王を倒しても妻が生き返らない事を意味する。
「う、うわぁ! うわあああぁぁぁ!」
聖剣を手放し、床に拳を叩きつけ、聖騎士の慟哭が玉座の間に響き渡る。
その姿に頬を歪めた魔王が、玉座から聖騎士へと歩み寄った。
「亡き妻に会いたいか?」
「……な、何を……?」
「先程申したであろう。余は冥界の王と懇意であると。そして貴様に確たる希望を示せると」
「あ、会えるのか!? 妻にもう一度会う事ができるのか!?」
顔を上げ、縋るように服を掴む聖騎士に、笑みを深める魔王。
「あぁ、会える。余の闇を受け入れるのならば、な」
「闇を……!?」
魔王の掌に禍々しい黒が現れる。
それは見る見る凝縮し、葡萄一粒程の大きさになった。
「これを飲めば闇の力に目覚め、短時間だが冥界に入る事ができる。だが聖騎士としての力も地位も名誉も全て失う事になるだろう。どうする?」
「……決まっている!」
聖騎士は躊躇う事なく闇の粒を手に取る。
「だがこれで妻に会えなければ、その時は貴様を殺す!」
「構わぬ」
粒を飲み下す聖騎士。
すると身体中から黒色のオーラが吹き出した。
「くっ! 何だこれは……! ぐわあああぁぁぁ!」
「くくく……。予想通りだ」
聖騎士の上げる絶叫に、魔王は満足そうに頷く。
そのオーラに染められるように、白銀の鎧と金色の髪は漆黒に染まり、聖剣は黒い牙のようにその姿を変えた。
「かはっ……!」
倒れ伏す聖騎士。
その肩に手を置いた魔王は、凄まじい魔力をその手に込め始めた。
「ま、魔王……! 何を……!?」
「ふはははは! 聖騎士よ! 聖なる力は完全に失われたな! これで障害は消え去った!」
「何!?」
「それでは妻の元に行くが良い」
次の瞬間、聖騎士の姿はこの世から消えた……。
「貴方! 何故冥界に!? それにその姿は……!?」
「お前に会うために魔王と契約をしてな……」
「そんな……! それでは聖騎士のお役目は……!?」
「そんなもの、お前にもう一度会う事に比べたら大した事ではないさ」
「どうして……! 貴方の幸せだけが、この冥界での唯一の慰めだったのに……!」
「私の幸せはお前の側にいる事だ。たとえ僅かな時間だとしても……!」
「貴方……!」
涙を流し抱き合う姿に、魔王はにたりと笑う。
(僅かな時間だと? くくく、余が何故聖なる力を奪い、闇の力を与えたのかを理解できておらぬのだな)
魔王は、懐に忍ばせた禍々しい首飾りを軽く撫でた。
(冥界の王から預かった補佐官の証。これがあれば冥界での安住を妻共々認められる。闇の力を使いこなせる人間は希少であるから、説得は容易であった)
人間界で言えば高位貴族並みである冥界の補佐官の待遇を思い、魔王は笑みを深める。
(貴様等夫婦は転生を望むまで、冥界で何不自由なく暮らすのだ。くくく……)
魔王の企みなど知らず、闇に堕ちた聖騎士とその妻は、抱き合いながらただただ涙を流すのであった……。
読了ありがとうございます!
聖騎士を闇に堕としただけでは飽き足らず、永劫に近い時を冥界で過ごさせるなんて……(棒読み)。
お楽しみいただけましたら幸いです。




