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4.
やってしまった。
弁明の余地なく、なんてことを旦那様に言ったのかしら……。凹んで、反省もして、次こそは失敗しないと意気込んだのに、眠気に負けて寝入ってしまった。しかも三秒で夢の中。
離縁は最終手段だったのに、初手で出す一手を間違えたわ。まずは一ヵ月後の話を……信じてくれるか正直分からないけれど、説明をして打開策を考えないと。
最悪私は離縁、あるいは別居してでも、お腹の子と旦那様が悲しむ未来だけは回避しないとダメね!
***
そして夜の話し合い。今回はしっかりと夕食を摂ってから。二度も同じ失敗はしないわ。でもなんて切り出すべき?
悩んでいた私に、ボリスが助け船を出してくれた。
「奥様。私も色々調べてみたのですが、もしかして怖い夢でも見たとかでしょうか?」
「ボリス?」
「怖い……夢?」
「人族は、自分の周囲に危険が迫ると夢に見て警告すると聞いたことがあります。もしかして、このままお二人が夫婦でいると、何か良くないことが起こるなどの暗示が出た。それでやむにやまれず離縁と言い出したのではないでしょうか?」
す、すごいわ! 占い師も真っ青の観察眼。そしてそんな能力、人族でも稀なのですが……話を切り出すには素晴らしい振りだわ。
「恐れ入ります」
何も言っていないのに、返事を返す所も優秀すぎて怖い。でもほとんど合っている。逆行したと話よりも信憑性は多少あるはず。
「実は、今日不思議な夢を見て……。一ヵ月後の結婚記念日前日……、旦那様が帰って来た時から様子がおかしくて……急に私が【運命のツガイ】じゃないって……」
「は」
「え」
「あ」
ああーーーもう、私の馬鹿。なんで隠そうとしたことを先に口にしちゃうの!
「ナタリアが……?」
「奥様がそのような悪夢を……」
旦那様は顔を青ざめて固まっている。対してボリスは何かしら考え込んでいた。信じてくれただろうか。私ですら信じ切れない部分はあるけれど、でもあれは現実だった。あの未来だけは回避しないと。どう言えば信じてくれる? もっと詳しく言えば──。
「ナタリア」
「あっ……」
旦那様は私の隣に座って、そっと抱き寄せた。旦那様の温もりが心地よくて、すごく好きだと実感する。衝撃だったのか、翼が少し震えているわ。
「君は私が選んだたった一人のツガイだ。それを……覆すことが起こるというのか? にわかには信じられない」
「旦那様……」
そうよね。普通は信じられないもの。でもどうにかして信じてもらうしか──。
「でも君がこんなに怖がっているんだ。一ヵ月後に何かあるのかもしれない」
「旦那様!」
ギュッと抱きしめ返す。ああ、やっぱり旦那様が好き。すごく好き。もし私が離縁したら、きっと後妻希望者が殺到するに違いないわ。そんなの見たくない!
「旦那様、本当は離縁なんてしたくないです……。今朝は……その失言でしたわ」
「ああ、ナタリア。自分から抱きついてきて嬉しいよ。嫌われたんじゃないかと、今日一日気が気じゃなかった」
眉がしょぼんと下がるので、旦那様の額に、頬に、唇にキスを繰り返す。キスを重ねるたびに旦那様の血色が良くなっていく。それにほんのりと頬が赤くなって、目が少し潤むのが好きで堪らない。ほんの少しの目の揺らぎで、旦那様の不安が手に取るように分かる。
「旦那様……っ、私は旦那様が大好きですわ。今朝は……頭が回っていなくて、その……空腹や起きたばかりで混乱してしまって……ごめんなさい」
「いつもと様子がおかしいと思っていたのに、気遣ってやれなくてすまない」
「あら、旦那様はいつだって私のことを気にかけて大事にしてくださいますわ。それなのに私ったら、先走って旦那様を傷つける言葉を口にして……」
「いいんだ。あの言葉にもナタリアなりに考えての発言だったのだろう」
ようやく旦那様に謝ることができて、旦那様もそれを許してくれた。私の頬に旦那様の手が触れる。割れ物を取り扱うように丁寧で、私は旦那様の手がすごく好きだ。
「しかし一ヵ月後か」
「その……運命の人に出会うなんてことは……」
「それはあり得ない。私はナタリアを見て、ナタリアと一緒に過ごしてもっと傍に居たい、好きなことや、楽しいことを教えてほしい。それ以上に、こんなに可愛くて、愛おしい人を他の誰かに取られたら、嫉妬に狂いそうにもなった。私がこんなに取り乱すのも、心を揺らすのはナタリアだけだ」
「私にはツガイとしての感覚はわかりませんわ。でも旦那様を愛しています。だからこそ、このままでは旦那様を傷つけてしまうでしょう。それが嫌なのです」
それにお腹の子を危険に晒したくない。
「……別れたら、その悪夢よりも先に私の心が死んでしまう。離縁以外に未来の出来事を変える方法はないだろうか」
「別居……」
「離れない以外は……やはり難しいか」
「奥様、夢の内容をもう少し詳細に教えていただけませんか? そこにヒントがあるかもしれません」
「わかりました」
できるだけ会話も含めて伝えたところ、「あの女」と「嗅いだことのないアルコール、甘い香り」の話に何か思い当たる節があるらしい。南の国から怪しい薬も出回っているとか。
「《クレセントラビット商会》など南の国の商人が、何かと貴族たちの屋敷に出入りしていると小耳に挟みました」
ボリスの情報収集力すごいわ。まるで偵察してきたみたい。私の話はあっさりと二人に受け入れられていた。なんだか拍子抜けしてしまったけれど、信じてくれてよかったわ。
「こうなってくると……国王陛下の提案を受けるしかないだろうな」
「旦那様、奥様と一緒にパーティーに参加してみては? もし旦那様と奥様の仲を引き裂こうとしている者がいるならば、尻尾を見せるのではないでしょうか?」
「ぐっ……そういう理由でパーティーに駆り出すのは……しかし陛下の意向も」
「旦那様?」
「妻を化け物の巣窟に連れて行かなければならないなんて……。私の可愛くて愛おしい妻が、毒牙にかかったら……」
旦那様は苦悩するも、ボリスは「旦那様が傍に居れば問題ないのでは?」としれっとした顔をしている。私もお腹の赤ちゃんや旦那様を守るためなら──。
「旦那様、私もボリスに賛成ですわ。朝は最終手段を口にしてしまいましたけれど、私だって旦那様とお別れしたくないです。でも恐ろしい未来を回避したい。それなら悪夢の原因を断ち切るためにも、多少の危険を冒してでも動くべきでは?」
「ナタリア……。でも私は心配だ。君はこんなに愛くるしいだろう、他の男にダンスや声をかけられただけで……一族もろとも滅ぼしたくなる」
「ならないでください」
「そうです。そこまでする気なら分身魔法を奥様の傍につけておけば良いのではないでしょうか」
「そきうす?」
聞き慣れない言葉にジッと旦那様に説明を求めたのだけれど「上目遣いが、狡い。可愛い」と言う言葉が返ってきた。そうではないのだけれど。
「旦那様?」
「見たほうが早いだろう。分身魔法」
ぽん、と旦那様の手のひらに鳶色の小鳥が現れた。つぶらな瞳で、ふわふわで小さくて可愛らしい。「チチッ」と鳴いた後で、その小鳥は翼を広げて私の肩に止まった。可愛い。
てててっ、と私の頬に触れる羽根はとてもふわふわで、旦那様と同じ香りがする。思わずキスをすると小鳥は「ピー」と照れた。
「妻からのキス、妻が可愛すぎる」
「旦那様……(分身魔法だから感覚共有しているって説明を放棄しましたね)」
「旦那様。この子と旦那様がいれば大丈夫ですわ」
「うん。君に手を出そうとしたら、反射と電撃で痺れるようにしておこう」
それは大丈夫なのでしょうか。確実に襲われる前提なのが少し怖いですが……。そうと決まったらと、旦那様は仕立屋や職人に連絡を取り始め──私のドレスを特注で作ると言い出した。
ここぞとばかりに旦那様に色んなドレスを着てほしいと頼まれて、結婚式以来とんでもないドレスができる予感が。
その後もパーティーでの打ち合わせなどで、旦那様に妊娠していることをすっかり伝え忘れてしまったのだった。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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