28.この国の現状
「殿下、先入観と情報戦を甘くみてはいけません。すでに貴族学院の話題は、国中に広まっています。王侯貴族と平民の軋轢、差別問題。特にお二人が在籍中に起こったことで、この事実を王族が把握していてもいなくても、周囲から見たら黙認していたと思うでしょう」
「それは……」
「それらの背景を踏まえた上で今回第二王子が何かした場合、王太子殿下が動いて収拾しても『もっと早く動けたのでは?』とか『手柄を立てるために見逃していたのでは?』などとネガティブ的な噂や憶測が広まるかと思います」
「そうかな? それはどうにも後ろ向きすぎじゃないか」
私の言葉を一蹴する。学院での一件がない通常時なら認識的には間違っていない。けれど今は状況が違うのだ。それを利用する存在も出てくるだろう。
「先ほども言いましたよね? 学院での話題が浸透している、と」
「──っ、ああ、なるほど。立て続けに不祥事が続けば王家への不信感が増す、と」
「それだけではありません。国内で広まっている情報というのは他国にも届くでしょう。その波紋が間断なく続けば他国は隙と見るでしょうし、この国の評価も変わるのではないでしょうか。何より平民もそこまで馬鹿ではありません」
この国では未だに平民を馬鹿にする貴族が多い。けれどそれで圧政を敷いていればどうなるのか。歴史が教えてくれているのに、繰り返すつもりなのか。少し前、イグナート様たちと出会うまではそう本気で思っていた。
だからここで敢えて危惧している未来のことを話してしまおう。
「今、この国での識字率は64.5パーセントと伸びています。つまり平民でも知識や技術を学び、職業をより多く選択できることが増えました。けれどこの国では商人や技術者になる場合、貴族学院の卒業資格があるかないかで大きく異なります。そして無理矢理、退学させられた平民の生徒がどう動くかご存じですか?」
「……それは親の仕事を継ぐか仕事に出るのでは?」
「いいえ。他国に留学、あるいは商業ギルド、職人ギルドなどに入ります」
これがどういうことなのか王太子殿下も分かってきたのか、一気に顔色が悪くなった。
「国を出て外に……それも貴族学院に入れた生徒が……。そうか、平民という括りではなく才能ある者の芽を結果的に我が国が潰してきた。それなら他国からの引き抜きが今後秘密裏に増える可能性が高い──と」
「高いとかではなく、すでに行われていますわ」
「「「!?」」」
王太子殿下、ラファエル団長、イグナート様の三人が目を見開く。すでに行われているとは思っていなかったようだ。つまり王侯貴族にとっては初耳だったのだろう。平民を他国の人間が引き抜きするはずがない──と。けれど実際は違う。
将来有能な一般市民を他国の人間が引き抜きする、だ。
「そんな話は……!」
「新たな名前と爵位付き。元平民でも有能さがあれば他国は、受け入れるだけの土壌がありますからね。そもそも新しい国などでは積極的に良い人材を引き抜きに掛かっていますし」
信じられないと言った顔だ。でも実際に起こっていることだ。
「他国からしたら王侯貴族よりも交渉は楽ですし、将来有望なら資金援助やら優遇を約束すればこの国にいるよりも幸せになれる。そう考えるでしょう。国を移るのは正式な手続きを踏めば別に犯罪でもないですし、国民愛だけではお腹は膨れません。貴族と違って矜持よりも大切な家族とお腹いっぱいに食べられて、正当な評価が得られる仕事ができることを優先します」
「なんてことだ」
ふとイグナート様は、私を横抱きしてギュッと抱きしめる。手が震えていることに気付く。
(ああ、これは気付かれたかしら?)
「……ナタリアも、他国から引き抜きが?」
「はい、何度か。……特に去年の聖樹祭は平民クラスは参加できなかったですからね。お祭り期間は学院内に貴族や他の国の貴賓も訪れますので、そう言った方々が声を掛けることは良くあります」
「……!」
イグナート様は唇を強く噛み締めるので、私がそっと唇に触れた。
「ちゃんと断りましたよ?」
「ああ、断ってくれてよかった」
それでも安心できないのかイグナート様は、ぎゅっと抱きしめたままだ。もしあの時、あの人の提案を受け入れたら、私はイグナート様と出会っていなかっただろう。
ただ私の場合は私に商いのなんたるかを教えてくれた師との約束で『18歳まではこの国に留まり、知見を広めろ』という約束があったからだ。
それがなかったら、様々な国を転々とするような商売をしていただろう。
(本当に人生がどう転ぶかなんて分からないわ。……それとも師はこの展開までよんでいたのかしら? 意味深なことも言っていたし)
「ナタリア」
「今はイグナート様の隣が一番心地よいので、どこにも行きませんよ。ほら私が作ったサンドイッチを食べてください」
「んぐ……」
そういってこの手の会話を終わらせるため、食べさせた。少々強引だったが、食べさせる行為は求愛餌食にあたるので、イグナート様は嬉しそうに食べ始めた。
空気が和らいだことで、昼食がようやく開始となった。それに関しては少し申し訳ないけれど。
「ナタリア、これは特に美味しい」
「まあ、それならまた作りますね」
「ああ。また作ってくれ」
「はい」
即答するとイグナート様は安心したのか、表情が柔らかくなった。
(結果的にイグナート様を心配させてしまったわ。うぅ……反省)
イグナート様を心配させるつもりはなかった。ただこの国の現状が結構危ないという警告は必要だと思ったのだ。平民と貴族、亜人族とでは危機感がまるで違うということを知ってほしかった。
「イグナート様」
「ん?」
こそっと耳元で「私がもし他国の旅行に行きたいと言っても、その時はイグナート様と一緒が大前提ですからね」と呟いた。イグナート様には念をして伝えるぐらいがちょうど良い。
一緒にいたい、とたくさん伝えて実行する。
イグナート様は目元を少し赤らめると「ああ」と何度も頷いてくれた。羽根も揺らいで本当に分かりやすい。
「殿下、……これは色々やるべきことが多そうですね」
「ああ。こちらが思った以上に、状況は悪い。団長の実家を頼ることになるが、良いか」
「喜んで」
「愚弟を速攻で絞めて、陛下には至急打開策を提案しなければな。幸い監視役は付けている」
(まあ。第二王子が私の商売にもしなにかするつもりだとしても、対策はすでに両親に伝えているから大丈夫なはず)
第二王子に目を付けられる前から、貴族の方々から辛酸を舐めるような手荒な洗礼を受けているのだ。公爵家であるイグナート様との婚約になった時に真っ先に標的になると考え、両親と撃退マニュアルをすでに作成している。最悪の場合は、イグナート様の実家に頼るというのもお義父様から許可を貰っていた。
(私よりもアーサーを含めたクラスメイトのほうが心配かな。一応、平民クラスではそのような時には法に頼るため作戦会議も重ねてきたし、大丈夫だとは思いたい。まあ、だからこそここで保険として第二王子がなにかする前に王家でなんとかしろ、と発破をかけておいたし、少しは効いたのならいいけれど)
もぐもぐと幸せそうに食べるイグナート様を見て、せっせとサンドイッチを口に持っていくのだった。
***
昼食が終わったところで密偵役の一人が部屋にスッと現れた。なにやら慌てている様子で、とてつもなく嫌な予感がする。
「取り急ぎご連絡が」
「いい。ここで話せ」
「ハッ。監視役から緊急連絡でして……第二王子ノーランド様が裏カジノに出入りしている証拠、さらに禁止されている人身売買のオークションに平民やハーフエルフを出すという情報を入手しました」
(((うわあ……第二王子速攻でやらかした)))
この時、貴賓室にいた全員同じことを思った。そしてこの時、ハーフエルフという単語にものすごく嫌な予感がした。
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