26.問題が起こったので王太子殿下が出張ってきました
朝の一件が思いのほか大事になったらしく、午前中の授業が終わったと同時に緊急学院会議を開くとのことで午後は休校となった。
(イグナート様とお昼の後は、騎士団施設で訓練とか見ていられる!)
まずはお昼の準備だとウキウキで教室のドアを開けた。だが、そう簡単にはいかないらしい。
「やあ、ナタリア嬢」
「……」
ガルシア王太子殿下がいた。
パタン、と教室のドアを閉じた。クラスメイトも見ていたが、気にせずに私は窓を開けた。
「それではみなさん、ごきげんよう」
「まてまてまて!」
幼馴染のアーサーが窓から飛び降りるのを止めに掛かった。ここは二階なので木に飛び移れば問題ないのに、全員が「やめろ、連帯責任で殺される」と必死だった。これは恐らくイグナート様から何か言われていたのだろう。
アンナも「窓から出るのはいけません。堂々と別のドアから出て行きましょう」と真顔で言い切った。王太子を放置することには突っ込まないのね。
「わかったわ。全力で会わない方向で行きましょう!」
「……本当にどんどん図太くなっていくな。相手王太子殿下だぞ」
「ここでは先輩なだけだもの」
王城で会ったわけでもないのだ。そして王太子殿下と掛かるとイグナート様が苦しそうな顔をするので、できるだけ関わり合いたくない。
(好きな人に辛い顔をさせたくないもの!)
そんな訳で先ほどとは別のドアをこそっと開く。
王太子殿下がいた。
「「…………」」
なんでいるんですか。
しかもガルシア殿下と目が合った。怖っ、完全にホラー。私が何をしたのか。そして逃がす気ないのが本当に質が悪い。こうなったら正面突破だ。
「王太子殿下、ごきげんよう」
「ああ、ナタリア嬢。今朝の件は聞いたよ。愚弟が迷惑をかけてすまなかった」
「いえ。迷惑がかかったのは私ではなくアーサーたちです。それではごきげんよう」
和やかな笑顔で通り抜けようとしたのだが、向こうも笑顔で制した。
「今回の一件で、ノーランドとその取り巻きは動きを封じられるだろう。貴族たちの増長など君たちには苦労を掛けてしまった。上に立つ者として謝罪と……ささやかだがカフェテリアで食事の用意をしているので、参加してもらえないだろうか」
「素晴らしい提案をありがとうございます。アーサーを含めたクラスメイトも喜ぶと思いますわ。ねぇ、アーサー」
「お、おう!」
「君は?」
「私は婚約者と約束がありますので、参加は辞退いたします」
きっぱりと伝えた。そもそも私は最後のほうで校長が来るまでの時間稼ぎをしていただけだ。一番頑張ったのは自分の意見を持って、ノーランド様たちに立ち向かったアーサーたちなのだから、彼らが賞賛されるべきでだと思う。
(これで引いてくれるかしら?)
王太子殿下は困ったなという顔で微笑んだ。
「それは残念だな。君とはもっと個人的に話をしたかった。今年の2年はとても優秀だと聞いていたのもあってね」
「気に留めていただきありがとうございます。ですがすでに婚約者もいる身なので、殿下と親しくなることはご遠慮させてください。私の婚約者は過保護で、独占欲が強くて、とっても可愛い方なのです」
(((可愛い??? あれが??)))
なぜか全員が固まった。変なこと言っただろうか。小首を傾げつつも、とりあえず言うべきことは言い切ったので、一礼をしてそのまま廊下に出た。
王太子殿下が追いかけてくることはなかったので、ホッとする。
「今日もイグナート様が可愛いの誰も理解してくれなかったなぁ」
「それは諦めたほうがいいかと」
アンナがぼそっと呟いたけれど、あんなに愛くるしい方なのに、どうしてその魅力が分からないだろう。いや他の方々がその魅力に気付いてしまったら恋敵になると気付いて、今のままでいいのかもと結論づけるのだった。
***
午後が休校が決定したのは朝のホームルームでのこと。アンナに『お昼はイグナート様に手作りのものを食べて貰いたい』と相談した結果。
公爵家の料理人クロエさんが学院に料理監修として来てくださった。公爵様と夫人──義両親は喜んで手配してくれたとか。以前に、定期的に調理場を借りたいと相談していたからこそ、最速で準備が出来たのだと思う。
(うん、私もちょっとずつ公爵家のスケールに慣れてきた……気がする?)
「イグナート様には少し遅れることと、料理の手配の件は不要な旨を伝えておきました」
「ありがとう、アンナ」
アンナが有能すぎる。
食堂の第二厨房室を借りて、簡単に食べられるようサンドイッチやパニーニを急いで作る。
(食堂の料理長キースさんの許可が即下りるのは助かるわ)
こんなに早く許可が下りるのは、料理の監修として公爵家の料理人であるクロエさんが来ているからだ。急遽この場所を貸してもらう代わりに、クロエさんの料理指導を受けられるという話で決着が付いている。あくまで私がここで料理をする時限定らしいが。
「せっかくなので、新しくブレンドしたスパイスを使ってみよう」
「これってバジルをベースとしたもので、黒胡椒や岩塩も少し変わっていますね」
「おや、詳しいねぇ。国や土地によっても味や香りが違う。香辛料一つで素材の味をより良くすることができる。このマスタードだってそうだろう」
「はい。イグナート様は、マイルドかつミックスハーブで軽く風味付けされたフレンチマスタードがお好みのようでしたので、アレンジして作ってみました」
「うんうん。食べる相手のことをしっかり観察して作る。良い心がけだ」
「ありがとうございます!」
料理をしている時のクロエさんはビシバシ言ってくれるので、私も俄然やる気が出てくる。作る料理はシンプルなものばかり。だからこそちょっとした味付けや手間を惜しまずに作る。食べてくれた人が喜んでもらえるように、気持ちを込めるのだ。
(味が飽きないように四種類作ってみたけれど、足りるわよね?)
大きめのバゲットかごに詰め込み、野菜スープも水筒に入れて完成だ。さすがにスープは作っている時間がなかったので、キースさんが日帰りメニューの食堂で出しているスープを分けて貰った。
この後はクロエさんの料理指導の時間となるので、キースさんと入れ替わる形で部屋を退出した。キースさんはウキウキでスキップしていたのを見送った。
(中身50代には見えないなぁ)
そんなことを思いつつ、馬車に乗っていざ騎士団施設へ。
***
午前中は新人騎士たちの模擬戦とか。入館手続きを行い、演習場に案内して貰う。以前と同じコロシアムに似た作りの場所に出ると、騎士たちのかけ声が聞こえてきた。まだ休憩ではないらしい。
「きゃーーーーーー、騎士様ぁあ」
「素敵ですわ」
「エディ様ーー、頑張ってくださいませ! そうその上腕二頭筋が素晴らしいですわぁ」
相変わらず凄い熱気だ。
前回も思ったけれど制服のままで来てしまったので、周囲への視線が痛い。なぜか今日に限っては凄く人に見られている。
気にせずにイグナート様を探した。
模擬戦は個人戦ではなく、集団で行われおり中々激しいものだった。ふと黒衣の騎士の存在を見つけた。漆黒の甲冑とマント、そして漆黒の鉄仮面を付けて目元を隠している。
「イグナート様!」
ちょっとはしたないかもしれないが、声を上げなければ周囲の声にかき消されてしまう。なので恥ずかしがらずに声を上げて手を振る。
「──っ!?」
目が合った。
ヒヤリとした視線を感じた瞬間。
視界にイグナート様の羽根のようなものが映り込んだ──と思った。しかし次に瞬きをした時には、イグナート様に抱き上げられていて空中を飛んでいた。
(へ?)
傍から見ていたアンナ曰く、「一瞬で大鷹に捕まった小動物のようでした」とのこと。攫われたような形で私はイグナート様の腕の中にいる。ちなみにバゲットはアンナに持たせていたので無事だった。私が持っていなくて良かった。
「い、イグナート様?」
「ナタリア、来てくれたんだな」
ゆっくりと演習場に着地。
ふわりと、驚くほど丁寧に降ろしてくれた。その後にぎゅううううっと抱きしめたまま固まっている。
「イグナート様? どうしたのです?」
「どうして、王太子と一緒に?」
「へ?」
低くて苛立った声だ。
でも私が一番怖かったのは、私がいたであろう場所の傍に王太子殿下がいたことだった。
「やあ、副団長殿」
(ひぇえええええ!? なんで王太子殿下がいるの!)
悲鳴を上げるのを耐え、王太子殿下を見た直後、イグナート様に抱きついて隠れた。羽根がふわりと私を守ろうと包み込んでくれる。
「な、なんで王太子殿下が!? カフェテリアを貸し切りにしてパーティーしていたのでは??」
「いやなに。ナタリア嬢とまだ話がしたくて、ね」
(私にはないですが!?)
「……なるほど。ナタリアの意思とは関係なく殿下が勝手に付いてきたと」
「当たり前です。イグナート様と一緒に食べるために手料理を作ってきたんですよ」
「手作り!」
ばさあああーと、羽根が分かりやすく反応して機嫌が少し良くなった。
「(もしかして私が王太子殿下と一緒に来たと勘違いさせてしまった? だとしたら無理矢理引き離そうとしたのはわかるわ)……イグナート様、ごめんなさい。昼食を誘われたのですが、イグナート様と一緒に食べるとの話で付いてきてしまったのだと思います」
「ナタリアはしっかりと断ったのだろう。それなら悪いのは向こうだから気にしなくていい」
目を細めて、私の頬にキスをしてくれたので私も頬にキスを返した。
「死神の……婚約者」
「あの眼力を前にして平気なんて……」
(ハッ! 周囲の視線が!)
楽しんでいただけたのなら幸いです。
目指せ週1更新⸜(●˙꒳˙●)⸝♪
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