21.出会い編14
パーティー。それは平民である私にとって、憧れの舞台でもある。巷でも平民が王子にも染められて、王妃になるなんて展開ものの恋愛小説が人気だったけれど、今ならその理由が分かるわ。
平民はデビュータレントなんて縁がなかったし、まあでも……まさかアヒル姿で参加するとは思わなかったわ。首にリボンを巻いて貰ったけれど、場違い感が半端ない。
「ナタリア、今日もすごく可愛いよ」
「ピィ(……イグナート様は、正装でかっこいいのに……私はアヒルのままなんて……ぐすん)」
「ナタリアはいつも可愛いし、最高だ」
「ピピ……(イグナート様……)」
「それに今日はパーティーと言っても、身内だけの小規模なものだから、気楽にしてくれ」
小規模。これで小規模……さすが公爵家。ついつい忘れちゃうけど、これで小規模ってことは王家主催とか想像できない。今だって五十人ぐらいの紳士淑女がいるし……。
卒倒しそう。
私はイグナート様に抱っこされた状態なのだけれど、誰も突っ込まない!
この構図、おかしいでしょう!?
それなのにみなさま、暖かな眼差しを向けてくるのは、なぜ!?
その後はひたすら挨拶の時間が続いた。人の姿だったら緊張しっぱなしだったけれど、この子アヒルの姿だと長時間キリリとしているのは難しく、気づくとうたた寝してしまっている。
「ピー(イグナート様の、ちゃんと起きて……すぅ)」
「疲れたか? 少し寝室で眠っていると良い」
「ピ……ピピ(でも、イグナート様の番として、挨拶しないと……にゅ)」
イグナート様は、私の頭を優しく撫でる。それが心地よくて、安心した。
早く元の姿に戻って、イグナート様をギュッとしたいわ。そんなことを思っている間に、私は眠ってしまった。子アヒルの体だと、どうにも眠気に引っ張られてしまうわ。
レディとして失格なようなみゅにゃ。
***
『ああ、忌々しい。【運命のツガイ】なんてあるから、私が選ばれなかった! たったそれだけ!』
声が聞こえる。酷い言葉で、ブツブツと呟いて……。危険が迫っているというのに、体が動かない。
『番紋が定着する前に、居なくなってしまえば良いんだわ。そうすれば、あの方は私を妻にせざるを得ない!』
そんなの嫌!
私からイグナート様を奪わないで、やっと好きだって言うのを楽しみにしていたのに!
抱き抱えられた感触は、とても冷たくて体の節々が痛い。
『お前を殺して、その肉料理をあの方の前に出したらどんな顔をするかしら? ふふふあははは』
昔読んだ東洋の悪女そっくりな残虐性!
イグナート様になんというトラウマを残そうとしているのよ!
目を開けて、起きろ、私! 動け私の体!!
「!」
重たい瞼をこじ開けて、目を覚ます。いつもの寝室で、黒いベールを被った女性と目が合う。血走った瞳を見た瞬間、背筋がゾッと凍った。
完全に頭のおかしな、イっちゃっている人だわ!
「ピ、ピイイイイ!!(い、イグナート様、助けて!!)」
「チッ、毒が効かなかった!? まあいいわ。こうなったら」
今サラッと毒って言った!?
だから体がダルくて、動けないの!?
ジタバタするも、体が上手く動かない。でも何もしないで唐揚げにも、ソテーにもなる気はないわ!
「ピイイイピイ(イグナート様! イグナート様!!)」
「ああ! ぴいぴいうるさい!」
力いっぱい体を握りしめられて、痛みが走っても、イグナート様の名前を呼び続けた。
女の人は私を浴室に連れて行くと、湯船に放り投げる。湯が張ったばかりなので、投げられても痛くはなかった。
「ああ、もう良いわ! 浴槽ごと特殊な毒にして殺してあげる。無味無臭、お前が死んだ頃にはただの水に戻る優れものよ」
「ピイイイピイ(イグナート様! イグナート様!!)」
湯があっという間にヘドロのような泥も変わって、動くたびに中に引き摺り込まれる。蒸せた草の匂いが一瞬で消えた。なんて陰湿な殺し方なの!?
こんな死に方、絶対嫌!
番紋が定着してないから、危機に気付かない? ううん、それよりも自分でなんとかする方法……! この毒風呂から抜け出すのが最優先なのだけれど、お風呂が広い!
端までが遠すぎるわ!
泥も紫色で体にへばりついて取れないし、沈むし、羽の色も酷い色……。
ぐすん、こんなことならイグナート様に好きだって、もっとたくさん伝えておけば良かった。キスもたくさんして、好きだって抱きしめて、言葉でちゃんと伝えて──。
「ピ(イグナート様、好きでした)」
泥の中で、必死で手を伸ばしたけど、小さな羽根は紫色で感覚はもう残っていなかった。
「──」
凄まじい爆音と怒号。
悲鳴と罵声。
意識が途切れかけた瞬間、大きな手が私の体を掴み引き上げる。
固くてでも温かくて優しい──大好きな人の手。
「ナタリア!!」
「ピ……(イグナート……様)」
頬に血がついているし、せっかくの服が血と泥みたいな紫色になってる。私に触れたら、毒が……急いで解毒しないと……イグナート様の手が……。
「私よりも先にナタリアだろう! ああ、ナタリア。死なないでくれ……やっと君と一緒に居られるのに……!」
イグナート様、泣かないで。大好きな人が悲しい顔すると胸が痛いの……。
意識が朦朧する中で、誰かが何かを言っていたのだけれど、すぐに霧散して消えてしまった。
***
「ピ?(あれ?)」
ずっと痛くて呼吸も苦しくて、辛かったのに、嘘のように体が軽い。もしかしなくても、天国? イグナート様を置いて行って来てしまった!?
「ピィイイ(イグナート様!)」
飛び起きると、イグナート様のご尊顔は目の前にあった。しかも頬が青紫になっている。
今まで静かだと思っていたが、急に怒号のような声が耳に届く。
「複数の特殊な毒を使っているようで、特定までに時間がかかります」
「そんな……」
「他の方法はないのか?」
公爵家の主治医と義両親の姿が見える。イグナート様はとっても苦しそうで、そっと寄り添う。私を助けるために──って、あれ?
自分の羽根が黄色いままなことに気づく。泥のような湯船に全身浸かって毒まみれなはずなのに、なんで?
毒耐性があるとか?
「ピ! ピピ!(主治医様、私元気なのですが、私なにか力になれませんか!?)」
手を挙げて無事にアピールをするも、気づいてもらえなかった。
私にできること。私が番紋を持った人型だったら、何か打開策が出てくる? イグナート様が苦しんでいるのに、何もできないなんて……!
「ぴ」
そっか。私が酷い目に遭っていたと話した時、苦しそうな顔をしていたのは、何もできなかったことが悔しくて、腹立たしかったから──?
知らなかった。
好きな人がこんなに苦しんでいるのを見たら、自分のこと以上に胸が苦しいなんて……。何もできないことが、無力なことが、悔しい。
私に何ができる?
思考を停止している場合じゃないわ。何ができるか、どうすべきか。
「先生、他に対処方法はないのですか?」
「今回のケースであれば、神官様の治癒魔法の方が可能性は高いです」
診察鞄の中から、ある基本を取り出した。
「神官が到着するまでの応急処置として、一時的に魔力増強薬を持ってきましたが、毒に耐性のある方であれば、一度切り《解毒》が使えるようになります。会場内におられるか、聞いてもらうのはいかがでしょうか?」
「!??」
それだわ! 私は何故だか分からないけれど。毒耐性があった。
この体で、魔法が使えるかは不明だし、分からないことだらけだけれど、少しでも可能性があればやれるだけのことはやりたい!
さっきは声が掠れて、思い切り声が出なかったのだ。今度こそ!
「ピピィ!!!!(私がやります!!!!)」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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