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「ああ、ナタリア。今日も愛らしくて可愛い」
「旦那様も騎士服がとってもお似合いですわ。思わず見惚れてしまいました」
「おや、それは光栄だな」
食事をしていた旦那様はナイフとフォークを持っていた手を止めて、ぱぁと花咲いたような笑顔を向けてくれた。背中の羽根がばさーっと生じるのは、嬉しいからで大鷲族の習性だとか。
傍には執事長の青年ボリスが今日の予定を話していた。私は旦那様と向かい合わせに座り、姿勢を正す。
「旦那様、お願いがあるのです」
極めて自然に、まずは別居、あるいは実家か旦那様の領地に静養する感じで話を持っていく。それで問題の一ヵ月後はこの屋敷に居なければ、あの事件は起こらないわ! 我ながら完璧ね。
それにしてもお腹が減ったわ。……ううん、今は未来を変えるほうが先よ!
「なんだい? 愛する妻のためなら、なんでも──」
「私と離縁してください」
がしゃん、とナイフとフォークが皿の上に落ちる。旦那様は固まっているし、ボリスは数秒で復活したのか「ええっと、奥様?」と正気を疑う目を向けられた。
あ。
ああ、いけないわ。初手で最終手段を口にしてしまった……。思っていた以上に気持ちが逸ってしまっていたと反省する。
「ナタリア……今、なんと?」
背中の羽根がばっさ、ばっさ揺れている。衝撃だったのかいくつか羽根も抜けてしまって痛ましい。さらに旦那様の表情が鋭くなり、凶悪犯並みに顔が強ばっている。本気で怒っている旦那様も痺れるほどかっこいい──じゃない。
「その……、私旦那様と同じくらいに大切な……人ができたので、その……だから、私が守らないといけないの。そのためにも旦那様と離れたほうが、旦那様のためでもあると思うのです」
あれれれ?
口を開けば開くほど弁明ができない。これはダメだわ。朝食前でお腹が減っていて語彙力が乏しくて、変な言い回しになってしまった。致命的にダメな単語も出てしまっている。どうして食後にしなかったのかしら。ぐすん。
「つまり……私以外に好きな男ができたと?」
「まあ、まだどっちだか分からないわ!」
反射的に答えてしまった。察しのいいボリスは何か勘づいたみたいだけれど、旦那様は怒り心頭でゴゴゴゴゴッ、とすさまじい圧が。
初手で失敗するなんて商人の娘失格だわ。やっぱり朝はしっかり食べないと頭は回っているようでもダメみたい。そういえば昔、お父様とお母様にも朝はしっかり食べてから商談に行きなさいって、口にパンを突っ込まれていたわ。
あれって私のことを思って──もあるのでしょうけれど、私が朝食抜きだとポンコツだって知っていたのね。
「あの……旦那様ぁ」
「ナタリア、私は君と離縁するつもりはない。絶対に。話はこれで終わりだ」
「ま、待ってください」
「仕事がある。……ボリス、屋敷には誰も入れるな。ナタリアもしばらく外出は禁止だ」
「旦那様!」
話を打ち切られてしまう。紙ナプキンで唇を拭いた旦那様は、さっさと席を立ってしまった。大失敗。何も食べていないせいか、立ち上がろうとして途端に軽いめまいに襲われる。
椅子に座り直して「どう挽回すれば」と思考を巡らせようとするも、上手くいかない。
「ナタリア」
「え?」
顔を上げると旦那様が目の前にいて、片膝をついて跪く。
「私に何か不満があるのなら直すし、努力もする。私のツガイはナタリアだけだ」
「旦那様……っ、私も旦那様が大好きですわ。すごく、すごく好きで毎日が幸せ……でも……」
ああ、本当にお腹が鳴って思考が鈍ってしまう。どうしてか、うまく言葉にできなくて涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「(ああ、私の馬鹿ぁあああ)……旦那様ぁ、ごめんなさい。私……っ」
「ああ、泣かないでくれ。私の愛しい人。君に泣かれてしまったら、困ってしまう」
「申し訳っ……」
「旦那様、お仕事の時間です。……奥様も少し戸惑っておられますし、朝食もまだなのですから今日の夜に改めてお話をするのはいかがでしょう?」
ボリスの気の利いた言葉で、その場は解散となった。私は朝食をしっかりと食べて、夜の話し合いのために今度こと考えをまとめないと──。
そう思っていたのに体がだるくて気づけば、うたた寝してしまった。