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15.出会い編8 イグナート視点

 その日は勤務の前の顔を洗っていたので、いつもの仮面を付け忘れて現場に向かった。

 仮面がない場合、私と目を合わせると大抵の者は気絶してしまう。だからできる限り、目を合わせないようにしてきたし、魔導具で抑えるようにもしてきたが、ものの数分で壊れた。


 私の場合、特にツガイ、あるいは【運命のツガイ】が不在なため魔眼の力が抑えられないらしい。四大公爵家は特に魔力量が多いため、特化した力を持つと同時に制限が掛けられる。私の場合は目と纏う気配が常時型なので、制御が難しい。

 戦時中のような敵を屠るだけなら、向いている力だが生憎と世界は平和だ。


 種族や階級による格差が多少ある程度。精々小競り合いぐらいで、虐げられることも、飢えることも、蔑まれるような奴隷もいない。平民であってもそうだと、この時の私は信じて疑わなかった。


 あの火事の日、窓ガラスを破って空に飛び出した人の少女を見て、また愚かなことをしていると思った。翼もないのに、何故自殺行為をするのか。自分ではなく他人を助けようと一生懸命なのか。


「なんでこんな危険な真似をし──……た?」


 ふと少女と目が合った。「しまった」と思ったのだが彼女は気絶せず、私の目を見返す。

 琥珀色の宝石よりも美しくて、芯もある瞳に見つめ返された瞬間、衝撃が走り、すぐに彼女が【運命のツガイ】だと分かった。

 匂いというか直感的に「彼女が私の運命の人」だと。それと同時に、あんなに制御が難しかった攻撃的な衝動や、苛立ち、渇きは消えたのだ。


 ふわふわなオレンジ色の髪が朝日を浴びて、神々しく輝いて見える。今はただ湧き上がる愛おしさで、心臓が激しく高鳴っていた。

 先ほど抱き上げた時は軽かった。軽すぎた。あどけないが、求婚できる年齢なのは間違いない。ああ、なんて可愛らしいのだろう。こんなに長く見つめ合っていたのは、初めてじゃないだろうか。

 一瞬で結婚に至る思考回路に自分でも驚き、いや慄き、触れたいという衝動が抑えられなかった。


「騎士様、ありがとうございました! 騎士様がいなければ本当に危なかったです」


 ああ、声もなんて耳心地が良いのだろう。彼女の存在の何もかもが愛おしくて、堪らない。


「このご恩はいずれまたお返しします! 私はこの後急がなければならないので!」

「君が……私の【運命のツガイ】……」

「いえ、違うと思います!」


 衝撃が走った。先ほどよりも重く、胸を抉る。


「私はただの商人の娘ですので、貴族様の、まして大鷲族様の伴侶では無いと思いますわ。それでは今度こそ失礼します!」


 礼儀正しく頭を下げる姿も、一生懸命な顔も、すごく可愛らしい。先ほどの言葉が強烈すぎて、団長に頭を殴られるまで、放心していた自分が情けない。

 彼女が何者なのか名前さえ聞いていないし、自分が名乗っていなかったと後悔する。


 ようやく【運命のツガイ】が見つかったのに、振られたかもしれない。そう思うと世界の破滅を待つ時のような絶望感が心を蝕む。


「イグナート、まだ諦めるのは早いから闇落ちるするな」

「……していない」

「何か事情があるかもしれないだろう。彼女は平民出身だ。さっき王国魔導学院の制服姿で走っているのを見かけたからな」

「こんな時まで真面目に学院に……可愛いな」

「こんな状態で、学院に行くって妙だと思うんだよなぁ。あの学院は、どうもきな臭いと国王陛下も気にかけていてな」

「……もし彼女が身分のせいで迫害を受けていたのだとしたら、関わった連中は全て鳥葬にする」

「絶対にするなよ。これだから猛禽類は……」

「団長とて奥方が同じ目に合ったら、どうするのだ?」

「そりゃあ、関係者全員崖から叩き落とす」

「人のこと言えないではないか。あと急に真顔になるな」


 団長は基本は明るくユーモアに溢れているのだが、身内の危機が迫ると途端に暴走しがちになる。少し前まではそのような機微が分からなかったが、今は違う。

 彼女が辛い目に遭っていたらと思うと、自分の心臓がおかしくなるぐらい辛い。



 ***



 彼女の名がナタリア・エイムズだと知ったのは、そのすぐ後だった。彼女の両親に感謝され、彼女が【運命のツガイ】だと話すと、光栄なことだと好意的だった。


「しかし娘は恋愛結婚に憧れておりますので、本気であの子を迎えたいのなら、覚悟したほうが良いかと」


 ナタリア嬢の両親は私の前で震えながらも、親として毅然とした態度を貫いていた。怖かっただろうに、娘を思う彼女の両親も、誰かのために奔走するナタリア嬢も好ましく、ますます好きになっていく。

 しかし、この外見に怯えて、恋愛など夢にまた夢なのではないだろうか。不安と拒絶されたら、心がバキバキに折られて、立ち直れないかもしれない。

 普段、魔王だの死神騎士とか言われてなんとも思わないのに、ナタリア嬢に嫌われるのが怖くて堪らない。



 馬車で素早く王国魔導学院に向かい、校長室に押しかけた。


「彼女が私の【運命のツガイ】なのは間違いありません」

「いえ。違いますよ」


 心が砕け散ったが、諦めきれず言葉を交わす。しかし彼女の表情からは常に「?」という記号が頭に浮かんでいるようだった。そんなキョトンとした顔も可愛い。すごく可愛い。


 彼女は王国魔導学院の生徒で、遅刻すれば即退学だとサラッと暴露した。さらに平民だからとクラスを分けて、奴隷まがいのことを学院側が率先して行っていたという。

 私は何を見てきたのか。こんなすぐ傍に愛しい人がいたのに気づかずにいて、平和だと信じ切っていた。


「君は……学院にそのような制限を? だから私からの告白を……拒否したのではない……?」

「拒否だなんて! 名誉なことだと思っていますわ。ですがあの時は気が動転していましたし、時間もなくて説明できませんで、申し訳ありませんでした」

「いや……そうか。そういう事情だったか」


 自分は嫌われていた訳じゃない。たったそれだけで、気持ちが浮上する。

 ようやく自分の名を告げて、その可愛らしい口から自分の名前が出た瞬間、可愛すぎて死にそうになった。ナタリア嬢が私の名を呼んだ!

 愛おしくてたまらない。

 しかもナタリア嬢は私と向き合って、目を見て普通に会話ができるのだ。

 コロコロと表情を変えるのが、また可愛らしい。


 嫌われていない。その事実が嬉しくてたまらない。【白い結婚】を提案された時は凹みかけたが、彼女は対等を求めてくれた。


「イグナート様。私は形だけの【白い結婚】よりも、好き同士が一緒になる恋愛結婚が良いです。この世界で政略結婚も多い中、私は両親のような好きになって結婚するあり方を選びたい」

「うん」

「だからイグナート様。まずは友達から、お互いを知るところから始めませんか? 私が貴方を好きになれるよう、一緒に愛を育んでいけるよう、その時間をくださいませんか?」


 どうして君は私の欲しいものを全部当てて、見つけ出してくれるのだろう。寄り添って一緒に生きる。それをどれだけ望んでいたか、ナタリア嬢には分からないだろう。君の存在は、尊くて私にとって奇跡のような存在だということを。



 ***



 彼女両親の商会を潰そうとしていた貴族を、調べたら横領もしていたので、遠慮なくやらせてもらった。


「あなた様のツガイだったなんて、知らなかったのです!」

「半分は私怨だが、もう半分は仕事だ。私怨だったら我が領地の鳥葬という死に方にしてやろうと思ったのだが、残念だ」

「肉食の鳥類の餌なんて御免だ! 捕縛のほうがマシだぜ」


 火事の時にナタリア嬢が助けた少年は兎族の子供で、攫ってきて、ナタリア嬢の両親を誘拐犯にするつもりだったらしい。

 他にも似た手口で商会を潰していたので、余罪はたっぷりあった。ナタリア嬢には話せないが、少しでも彼女の環境を良くしたい。



 生き苦しかったのが、今は嘘のようだ。朝の通勤時間、昼の食事、夕方の送り迎えも何もかも幸福だった。

 どれも憧れていたもので、実際にすると楽しくてしょうがなかった。リリアナなどの愚かな行為は一度だけ目を瞑ったが、次はない。


 ナタリア嬢と一緒の時間を増やして、少しは距離が縮まった頃。

 ずっと延期にしていた演習試合をすることになった。ナタリア嬢は応援に来たいと愛らしいことを言うので、喜んで招待状を出した。

 可愛いナタリア嬢のためにも張り切って試合に参加したし、ナタリア嬢もしっかり応援してくれて、最高の一日だった。


 演習が終わってナタリア嬢と再会するまでは──。

 ギュッと抱きしめた時、彼女に別の誰かの残り香が残っていたのだ。しかも抱きしめるほど密着しなければ、こんな風には残らない。

 ナタリア嬢っ、まさか私に飽きてしまったと言うのか?

 それとも事情が? きっとそうに違いない。そう思いたいけど、彼女は可愛すぎる。他の男が、それに気づいてもおかしくはない。

 まずは話を聞かなければ、と理性を総動員して平静を務めた。二人きりになってから、話を聞く──そうしっかり考えていたのに、バタン、と馬車の扉が閉まった瞬間、嫉妬と独占力が溢れ出す。


「ナタリア嬢……、聞きたいことがある」


 ナタリア嬢をギュッと抱きしめたまま、震える声で尋ねた。

楽しんでいただけたのなら幸いです。

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