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13. 求愛給餌の説明を受けました

 私の言葉にイグナート様は、またもや固まってしまった。また何か変なことを言ったかしら?

 やっぱりお腹が減っていると思考が鈍るし、失言が多いから気をつけないと。


「ナタリア、もしかして目が物凄く悪いのか? そうなのだろう。私を可愛いなどと、絶対に目が何らかの形で異常事態だ!」

「イグナート様の目を見たら何を考えているのか分かりますし、翼も感情豊かで……その仕草がとても可愛いと思ったのです。も、もちろんお顔は凛々しくて素敵ですが……」


 最後のほうは尻窄みになってしまったが、これで誤解も解けるはず?

 そう思っていたけれど、イグナート様が「可愛い」を連呼してまず壊れてしまい、食堂に向かうまでかなりの時間がかかってしまった。


「やっと着いた……。でももうお昼時間が終わりつあるようです……。美味しい食べ物も口にできずに授業に戻るしかないのね」

「いや、今日は食堂の料理長がナタリアに相談があるらしいから、午後の授業2時間は免除されるようにしてもらっている」

「……はつみみです」

「それはすまない。会ってすぐに話す予定だったのだが……すまない」


 食堂の個室──というか第二厨房室で、ここはダイニングキッチンと席が一つの部屋になっている。調理実習用に使う部屋に、明らかに持ち込んだであろう高価なテーブルと椅子が2脚。

 この空間の貸し切りなども含めて、公爵家の金銭感覚について行けなくなりそう。なによりその部屋にはピンクの髪の妙齢の女性がコックコート姿で、佇んでいた。頭に角があるので竜族なのかもしれない。その傍にはなぜか男泣きをしている食堂の料理長キースさんがいた。青い髪に、頬に蛇に似た鱗がある、魚人族のハーフだとか。外見は二十代の青年にしか見えないのだけれど、実年齢は五十歳だとか。うん、もう亜人族の年齢は不明だわ。

 というか、何この状況。私たちが来るまで一体何が?

 昨日今日で色んなことがありすぎなのだけれど。


「おおおおおおおおおおお! ナタリア嬢ちゃん! 頼む、元五つ星レストランの伝説の料理人クロエ殿の弟子になりたいんだ! 嬢ちゃんは公爵家に嫁ぐんだろう? 頼む、俺も雇ってくれないか!?」

「え」


 もうよく分からないけれど、話を要約するとクロエさんは公爵家の料理長で今回は昼食のために出張してくれたとか。この時点で卒倒しそうだったのを耐えた私を誰か全力でほめてほしい。

 そして食堂の調理場を借りた際、キースさんがクロエさんに気づいて弟子入りを志願。私たちが到着するまで拝み倒していたとか。

 

「それで弟子入りするために、公爵家で雇ってほしいと?」

「そうだ。もうそれしかない。頼む、嬢ちゃん! 願いを叶えてくれたら真珠の宝石の取引をしてもいい」

「それって種族にとっての秘宝だったんじゃ?」

「それは私のツガイに対する贈り物(求愛)か?」


 背後に立っていたイグナート様に、私とキースさんが悲鳴を上げそうになる。気配無く背後に現れるのは怖いわ。夜とかビックリして心臓が止まっちゃいそう。


「ぎゃあ!?」

「(あ、キースさんが失神した)イグナート様、この場合は商売の交渉材料か賄賂だと思いますよ?」

「人魚族や魚人族の場合は一方的な求愛が多いので、気をつけたほうがいい。高価な品を差し出す場合は、半ば強制的に誓約を立てられる」

「あ。そうだったのですね。イグナート様が博識で助かりましたわ」

「んん、ナタリアは可愛い」


 誓約。亜人族によって様々な契約というのがある。また一族の掟とかで、助けられた恩を返すなども実際にあった。亜人族は人の上位種で、元々は妖精や精霊、神獣などの血を引く末裔に該当する。人は神々が最後に泥から作り出したというのだから、なんだか切ない。けれど一説では【人は神に最も似せた形だった】という伝承が近年出てきて、クラスメイトがはしゃいでいたっけ。


 この世界で知識は、生き残る術だと改めて実感する。特に亜人関係は気をつけないとダメね。そう考えるとお父様とお母様は、独学で商会を立ち上げて大きくしているのだから、本当に凄いわ。

 そんなことを思っていると、素早くコース料理の前菜(アンティパスト)が出てきた。魚介のフリット、ズッキーニやパプリカなどを使ったカポナータ、甘くて上品なビシソワーズが出てきた。私のは一口サイズで食べやすい。

 昨日、両親に頼んで、貴族の食事作法を教えてもらっておいて良かったわ。うん、それは良かったのだけれど、イグナート様との席がとても近い。向かい合う形なのだけれど、近すぎません?


「イグナート様?」

「昨日の今日で、食事作法を習得したのか?」

「え、あ。両親に少し教えてもらったのです。イグナート様と釣り合うためにも、やることはいっぱいありますし、イグナート様が私を選んで恥ずかしい思いをしないようにしたいのです」

「!」


 イグナート様は目を潤ませ、小さく頭を振った。


「君が一生懸命なのは出会ったときから知っていたけれど、私が思っていた以上に頑張り屋さんなのだな。……そういうところも愛らしい」

「!?」


 語尾に愛の言葉を付けるのがイグナート様の中で流行っているのか、さらっと言ってのける。キリリと真顔だからこそ、その言葉の破壊力はすさまじい。イグナート様は目をキラキラさせているが、ほかにも何か思っているのを耐えているような、躊躇っている?

 そういえば昨日、「求愛給餌」の説明をされたわ。もしかして今日も雛に餌をやるように、食べさせたかった? その考えに至ったけれど、間違いだったらもの凄く恥ずかしいし、自意識過剰な上、食事中にはしたないって思われるかもしれないのよね。であれば、導き出される答えは一つ。私は超難問を解いた哲学者のような面持ちで、手を動かす。


「イグナート様、はい、あーん」

「……」


 沈黙。

  あ。やってしまった。

 言った後で激しい後悔に襲われた。なぜその回答を出したのか、数秒前の自分を問いただしたい。やっぱりお腹が減っていると、空回っているような?

 不安だったけれど、すぐにさまイグナート様は私の差し出した魚介のフリットを口に入れる。


「……ぱく、もぐもぐ」

「美味しいですか?」

「天にも昇るような素晴らしい味だ」

「そ、それはよかったです」

「ナタリアに出会ってから驚きっぱなしだ。君はどうして私のしてほしいことが分かるんだ?」


 やっぱり食べさせたい、または食べさせてほしいだったのね。良かったわ。

 それにしてもイグナート様への返答に困る。私が気づいたのは、ただ単純にイグナート様を見ていたからだ。特別な能力でも、洞察力や観察力が優れているわけでもない。


「ただなんとなく、イグナート様の目を見てわかる感じですわ。イグナート様はすぐに表情に出るでしょう?」

「は?」

「え?」

「いやそれはない」


 私の言葉に周囲に居た執事や侍女のアンナ、調理をしていたクロエさんの全員が首を横に振った。三人曰く、基本的に鉄面皮なので表情の起伏はもちろん、何を考えているのか分からないとか。こんなに表情豊かなのに?


「そもそも私の顔を見て、目が合って耐えられる者のほうが少ない。ナタリアは平気なのだよな?」

「はい。私はイグナートの瞳がいつもキラキラしていて、綺麗だなってつい凝視してしまいます」

「ぎょうし……ナタリアが可愛すぎる。好きだ、婚約者になってくれ」

「もうなってますよ」


 あまり見返されることがないからか、見つめるとイグナート様は照れているようで、目が星のように輝いているし、翼も歓喜に震えているのか小刻みに揺れている。そんな仕草を見せるイグナート様に癒やされているのは事実なのだが、周囲から同意は得られない。悲しい。


「君は私が昔に望んで捨ててしまった物を、引っくるめて拾い上げて私に届けてくれる。目を見て笑い合う、一緒の席で食事をする、隣に居てくれることがどれだけの奇跡なのか、どれだけ切望し、絶望して諦めたか……」

「全部諦めていたら、たぶん私とは出会ってなかったと思いますよ。イグナート様は諦めたと言っていますが、心の底では諦めきれずに、もがきながらも探していたのではないですか?」


 イグナート様は「買い被りすぎだ」と苦笑していたが、目の輝きは誤魔化せない。本当に諦めて絶望した人は瞳から力強さや思いが抜け落ちて、伽藍堂になる。そういう人たちを、クラスメイトを何度も見てきた。

 抗うことを諦めてしまうと、あっさりと転がり落ちてしまう。そこに希望という息吹が吹き込むだけで、目に力が宿る。生きようとしている瞳を見るのが、私は好きだ。その人が何を思い、何を考え、何をしようとしているのか。

 瞳ほど多くのことを語ってくれる。


 イグナート様の瞳は、刃のように鋭いのに、黄金の色はとても穏やかで温かくて、そしてとても輝いている。それは私と出会ったイグナート様しか見ていないからなのかもしれないが、私は彼の瞳が、彼自身のあり方に惹かれつつある。

 まだ友人以上恋人未満的な立ち位置だけれど、きっと良い関係を築いていけると思っている。

 そう、この時はかなり暢気に考えていた。私を取り巻く環境がめまぐるしく変わっていることに、私自身気づいていなかったのだから。



楽しんでいただけたのなら幸いです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡


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