11.出会い編4
王国魔導学院に到着すると一気に注目を浴びることに。無理もない。四大貴族の一角、大鷲族ラリオノフの次期公爵であり、白銀騎士団副団長という身分の高い方が、突如馬車から降りて来れば驚くだろう。
何よりその相手が貴族令嬢ではなく平民なのだから、話題にもなる。
ばさあああ、と翼を広げて私の体を包み込む。風除けなのか、あたたかい。雛鳥を守る親鳥な構図なのは一体?
「イグナート様?」
「ん? ああ、これは亜人族特有の警告のようなものだから、ナタリア嬢が気にしなくていい。……いや、驚かせてしまったか」
「いえ。フワフワして触れてみたいな……と」
「触れ!? その翼に包まれて怖いとか、恐ろしいとかはないのか?」
真剣な顔で話すイグナート様に、私は頭を振った。
「いいえ。フワフワで温かくてギュッとしたいですわ」
「好きに触っても良い。君は、ナタリアは私の……大切な人なのだから」
照れくさそうに、でも金色の瞳は期待に満ちた眼差しで私を見返す。その姿にキュンとなる。ここで【運命のツガイ】だからと言わないで、私自身を思っていると言ってくれたことが嬉しくてたまらない。
思わず勢いとテンションで、イグナート様のほうに抱きついてみた。翼を広げているので、ちょっと寄り添った風に見えていると思う。
「イグナート様のそういう所が素敵です」
「──っ!?」
「あ、羽根も思った以上にフワフワ! あったかいですわ」
「ナタリアが可愛い……可愛すぎる。このまま持ち帰って……」
「イグナート様は、この後お仕事でしょう」
「……う」
真顔だけれど声は柔らかいし、目元は頬が赤くなっている。そんなイグナート様が可愛く見えて、好きだという気持ちが芽吹く。
「授業が終わったら、騎士団施設に寄っても良いですか? イグナート様のお仕事姿を見てみたくて……」
「わかった。馬車を手配しておく。それと……君専用の侍女を付けることにしたから、何かあれば彼女に言うといい」
「侍女!? 私にですか? でもまだ婚約しかしてないのに?」
従者が付くなんて想像もできない。高位貴族だと学院内にも侍女や従者がいるものだけれど、まさか自分に付くなんて思ってもみなかった。
「いずれ妻に迎えるのだから、当然の配慮だ。それに学院の風紀が変わったとしても、そう簡単に変わらない者もいる。そんな愚かな連中が居た時のためにも、君を守るためにできることはさせてほしい」
「イグナート様」
すごく私のことを考えてくれているのが、伝わってくる。そしてぎゅううううう、と私を抱きしめて離さない。かれこれ五分はこの状態だわ。これって子供が親に置いてかないでってやるやつなんじゃ?
こんな姿周りに見られたら、そう思って周囲に視線を移したのだが、亜人族のツガイと思われる生徒たちはみなどこも同じ感じだった。引っ付いて離れない。泣き出す人までいる。
今まで見たことがない光景だと思ったのだけれど、それは学院の馬車入り口だからだ。徒歩通学か辻馬車だと貴族用の馬車入り口には入れない。今日はイグナート様がいるから、こちらを通されたのだ。
「ナタリア?」
「もうすぐ予鈴ですわ」
「わかっている……。でも離れがたい」
「またすぐ会えますよ?」
「……ああ」
「お昼も会えるようなら、耐えられますか?」
「そうか。その手があったな。昼食は手配しておこう」
なんだか催促してしまったようで申し訳ない。意地汚いと思われたらどうしましょう。今からでも昼食のお誘いを断り──。
「また数時間後に会える。私からでは強引すぎるかもしれないと思っていたので、とても嬉しい。ナタリア、無理強いしてしまう時は言って欲しい。私は、この通り君と出会えて舞い上がっているから、行きすぎたことをしてしまうかもしれないから」
「わかりました。嫌な時はちゃんと嫌だって言います。だからイグナート様も我慢しないでくださいね」
ギュッと抱きしめ返したら、翼が私を隠すように広がる。ばさばさ揺れているので、喜んでいると思われる。
「ナタリアは優しいな。天使じゃないかと思うほどに可愛くて、その上優しくて気遣いができる」
そう言って微かに口元を緩めるイグナート様のほうが、反則的に素敵だと思う。朝のお出迎えから凄かったけれど、学院内はもっと凄かった。
教室に入った途端に拍手喝采を受けるとは思わなかった。というか、なにごとなの。私はなにもしていないのだけれど。
「ナタリア嬢、君のおかげで無事卒業できそうだよ。ありがとう」
「君がかの御仁の【運命のツガイ】殿か。これで学食で昼食が食べられるようになったよ!」
「貴女様の改革のおかげで明日、母の見舞いに行けることになりましたの! 感謝いたしますわ」
「英雄だ、英雄が来たぞ!」
そう言って周囲に喧伝するのは、私の幼なじみのアーサーだ。
彼の両親が商会の人間で、彼自身は魔導具の研究や情報収集の調べ屋などをやっているらしい。それもこれも魔導研究室に入るために、入学金が必要になるからだ。
アーサーは褐色の肌に灰色の髪、蒼の瞳と特徴的な青年で、何かと目立ってしまうため嫌がらせに合いそうだったが、そのたびにキッチリ何倍にもやり返していた。
「ちょっと、アーサー。みんなを煽ったのは貴方?」
「煽ってねぇよ。事実を公表しただけだ。聞いて驚け、昨日付で校長含め理事長、役員も全て総入れ替えだ。その上、学院内で横行していた平民差別は今後禁止。どんな理由であっても、嫌がらせや妨害を行った生徒は校則に則った罰を与える。それも王侯貴族平民も全員等しくとなったんだ。それから遅刻、早退、欠席も全校生校則通り、つまり理由があって休む場合は申請を出せば、マイナスカウントにはならないし、もちろん一発即退学もない。学食だって平民に合わせた値段設定に改善されている。そりゃあ、俺たちだって浮かれるだろう?」
アーサーは一気に知っている情報を語った。しかも感情的になっているのか、演説みたいになっている。それが本当なら何かしたのは、絶対に白銀騎士団長様だわ。
昨日も私の発言に目が笑っていなかったもの。でも騎士団長様がこんな大がかりなことができるのかしら? イグナート様も手を回してそうだけれど。
「ちなみに今回の革命はナタリアが発端だけれど、実質動いたのは騎士団長であり、王家の遠縁のラファエル団長様と、次期公爵家のイグナート様だ」
王家の遠縁に、四大公爵家の一角であるイグナート様。とんでもない二人が学院に来ていたのね。今思い返しても、部屋に入った時は生きた心地がしなかったわ。
私たちのクラスは平民しかいないので、賑やかに騒いでも対して何も言われない。二年である私たちの成績は中から下なので、Dクラスなのだけれどこの二年学院の横暴な校則を乗り越えた猛者たちだ。おそらく今回の一件で、全員が本来の実力を出して期末テストの上位を取りに行くだろう。
今の時期に上位50位以内にランクインすると、夏休みの理事長の別荘で一ヵ月自由研究という名の息抜きができる。それ以外にも色々と報償が与えられるので、下級貴族が上を目指して勉強に励む。しかし今回は平民である私たちにもチャンスがあるし、堂々と本気を出しても嫌がらせや妨害はされない。
正直に言ってうちのクラスって既に三ヵ国語とか、古代文字、魔導具の発明術式とか自分で描いちゃうような秀才がゴロゴロいるのよね。
今までクラス内の空気は暗かったから、それを少しでも明るくできたのなら嬉しい。あの日、私がイグナート様に助けてもらっていなかったら、逃げるように学院に向かっていなかったら……こうはならなかったわ。
「今までも平民が【運命のツガイ】になった生徒はいたらしいけど、大抵は出会ったらすぐに学院を退学していったらしいぜ。まあ、苦労しなくても玉の輿に乗れるんなら辞めるよな」
「そうかもしれないわね。でも私はしっかり卒業するわよ。教養はあったほうがいいもの」
「相変わらずしっかり考えているな」
公爵夫人になるのはほぼ確定なのだけれど、そうなってくると貴族社会などできっと苦労するのだと思う。それなら少しでも学歴はあったほうが良いわ。離縁することは無いかもしれないけれど、でも人生何が起こるか分からない以上、自分一人で生きていけるだけの力と蓄えは必要だわ。
そんなことを思いながら授業を受ける。
午前中の授業は普通に執り行われたが、講師も真面目に教科書の内容に取り組んでいてしっかりしていた。今までは自習だとか、どうでもいい話などで時間を潰す講師が多かったのだ。けれど教科書があるので全員何度も読み返して、過去の応用問題はなどは上級生から情報を持ち寄って対策などもしてきた。
この二年で結束も固くなったのは良いことよね。
リーゴン、カーンコン。
あっという間に午前中の授業が終わり、すっかり忘れていたイグナート様との昼食となった。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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11/29短編新作です
【短編】捨て駒聖女は裏切りの果て、最愛を知る
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今日は夜にもう1話更新できるかもです。