9.出会い編2
私の否定的な言葉に、その場の空気が凍った。絶対零度。
講師や校長が真っ青になったけれど、間違いは間違いだと、最初に言っておかなければならない。それに緊迫した空気で、存在感がすごいけれど、眼前の偉丈夫は何というか怖くなかった。
そこに私の知っている悪意がないからだ。私を見て卑しいとか、蔑むような感じがない。この騎士様は出会った時に苛立った声を上げたが、紳士的だった。
普通に一人の人間として扱ってくれたから、どんなに目付きが鋭くても怖くない。
金色の美しい瞳がキラキラと輝いて、宝石みたいでこの人はとても良い人……なのだと思う。
「君は亜人族のツガイの意味を、理解していないのかな?」
どこか困ったような悲しそうな声音に、否定したことで騎士様を傷つけたのだと気づき、頭を下げた。
「申し訳ありません。ツガイの意味は理解しています。【運命のツガイ】は亜人族様たちの中でも強い結びつきを持ち、魂同士が惹かれ合う特別な存在。最上級の相手。その次に同種族とのツガイがあると聞いたことがあります。それは【運命のツガイ】が現れなかった時の救済方法だと」
「君は博識なのだね。そう、【運命のツガイ】は私たち亜人族たちにしか分からないのだけれど、間違えることはない。君が私の【運命のツガイ】だ。その事実は変わらないし、気まぐれでもなんでもない。何より君が私を前にしても怯えず、眼差しを返している。これだけで充分だ。校長もそう思うでしょう?」
「は、はい!」
校長や講師は頭を下げるばかりで、顔を一向に上げなかった。それどころか顔は真っ青で、震えている。
「イグナート。お前のツガイが見つかって気が動転しているのは分かるが、覇気を抑えろ。そんなのだから、彼女も驚いて逃げ出したかもしれないだろう」
「うぐっ……」
騎士様の上司なのか気さくで、人当たりも良い雰囲気のお兄さんのような人だ。さぞ人望はあるのだろうな、と思う。
騎士様は無愛想だったが、その金色の瞳はしょんぼりしているに見えた。だからその姿が見ていられなくて、思わず口を挟む。
「あの! 逃げたのではなく、日を改めようと思っていただけです。王国魔導学院では一回でも遅刻、欠席をしたら即退学ですから……」
「!?」
「は?」
「おっと」
その場に空気が、さらに冷ややかになった。いやこれは、凍ったと言ったほうが正しいだろう。校長と講師の顔が、真っ青から土色に変わっていく。
「君は……学院にそのような制限を? だから私からの告白を……拒否したのではない……?」
「拒否だなんて! 名誉なことだと思っていますわ。ですがあの時は気が動転していましたし、時間もなくて説明できませんで、申し訳ありませんでした」
「いや……そうか。そういう事情だったか」
騎士様は拒否ではないと誤解が解けたようで、目が星屑のようにキラキラしていた。少し目元に緩んでいるような?
思っていた以上に、繊細で可愛らしい方なのかもしれない。
「ところで校長。私はこの学院の卒業生ですが、いつから苛烈な教育方針になったのでしょうか? 一日もというのは、体調不良、怪我、事故、身内の不幸などの関係なく? でしたら、おかしな話ですね。我が団員に遅刻の常習犯がいたのですが、彼は無事に王国魔導学院を卒業している……」
それはかの方が、亜人族あるいは貴族なのでしょう。そう口に出し掛けて、言葉を飲み込んだ──はずだったのだけれど、どうやら口に出ていたらしい。
「あ、……ええっと」
ぐうう、とお腹の音が空気を読まずに、鳴り出した。それはお腹に何か飼っているのかというほど、鳴る、鳴る、鳴る……。
恥ずかしさで死にそう。お腹減ったわ。携帯用の干し葡萄口にしておけばよかった。うう、この凍えた空気の中でのお腹の音。視線が辛い。
「団長、私と彼女は席を外しても?」
「ああ。確認は取れたし、このまま休みをとっても良い。それとナタリア嬢、君もあの火事で色々あって大変だったのだ、今日は美味しいものを食べてゆっくり休むように。それと、学院の方針は今日限りで大きく変わるだろうから、安心してくれ」
それは平民出身からしたら、天の声に等しかった。あの最悪な環境が少しでも変わるのなら、この先、学院の風も変わっていくかもしれない。それは小さなことかもしれないけれど、私にとっては泣きそうなほど嬉しいことでもあった。
「ありがとうございます。同じ平民出身は他にも様々な制約があったので、今回の件を皮切りに学ぼうとする生徒が減らずに、学業に専念できる環境を用意していただけると嬉しいです」
「ああ。白銀騎士団団長の肩書きに誓って、約束しよう」
騎士団長様の和かな笑みに見送られて、私と騎士様は校長室を後にする。団長様、目が笑っていなかったわ。
重苦しい雰囲気からの解放されて良かったけれど、どこに向かうのか、騎士様はサクサクと歩いていく。背丈気高いし、歩く歩幅も違うから当然なのだけれど、思ったよりも速いわ。
「あの騎士様」
「……っ、イグナートだ。そう呼んでくれ……ナタリア嬢」
片膝を突いて手を差し出した騎士様──イグナート様の言動に、硬直してしまう。
ここは王国魔導学院の渡り廊下で、授業中でもよく見える場所だ。亜人族かつ騎士団副団長様が、平民の私に膝をついて傅く姿は、あっという間に噂になる。そう思うと彼の手を取るのが怖い。でも真っ直ぐに私を見る眼差しは、どこまでも真摯的で、はぐらかすことなどできなかった。
「イグナート様」
「ああ、君にそう呼んでもらえて幸せだよ」
掴んだ手は骨張っていて、大きくてガッシリしている。それと温かい。
「私が……?」
「うん。君の存在が、私にとって貴重で素晴らしいから」
「それは私が……いえなんでもありません」
私が【運命のツガイ】という付加価値を持っていたから。そんなこと口に出さなくても、分かっている。でも私自身を気に入って選んだのではないことがモヤモヤした。いや、不遇から抜け出せるチャンスだと思えば、一攫千金、玉の輿だと割り切ってしまえばいい。そのほうが後々傷つかないし、勘違いせずに済む。
頭では理解していても、納得するには思考回路がぐちゃぐちゃで、うまく考えがまとまらない。お腹の音もますます過激になるし、とにかく何かを口にしたいわ。
そう思っているのが態度、いやお腹の音で察していたのだろう。庭園の奥にあるガゼボに到着すると、軽い軽食が用意されていた。
若い青年が一礼してくる。おそらく公爵家の使用人なのだろう。腕章に公爵家の紋章が描かれているのだから、間違いない。
それにしてもサンドイッチにスコーン、スープ、リゾットなど、食堂で人気のある物ばかりだわ。
「ナタリア嬢。お腹も減っているのだから、食べながら話そう」
「え、でも……私、貴族様と一緒に食事なんて……。それにマナーに自信ないです……」
「構わない。なんなら私が食べさせたいのだが……良いだろうか?」
「食べ……!?」
「イグナート様。そこは求愛給餌だとも伝えしておかなければ、理解されにくいかと」
「そうだった」
求愛給餌。大鷲族の習慣で、愛する物に対して食事を与えて、好いているというのをアピールすることらしい。
私は雛鳥とでも思われているのか、一口に切り分けられた料理を食べさせてもらうことに。断るのも失礼──というか悲しい顔をするので、私にノーの選択肢はない。
それにお腹が空き過ぎて、迂闊に変なことを口走るよりかはマシな気がする。
「もぐもぐ……。美味しい。貴族様の料理はいつも美味しそうだったので、食べられて嬉しいです」
「そうか。……君は一口は小さいのだな」
「そうでしょうか?」
「ああ。すごく可愛いし、一生懸命食べている姿は愛おしい」
無愛想だけれど声音と、目を輝かせている姿はこちらがホッコリするぐらい微笑ましい。世話焼きで、ちょっと可愛い感じがする。
「ナタリア嬢には分からない感覚かもしれないけれど、私にとって君がそこにいるという、その事実だけで胸が熱く、幸福な気持ちになるんだ」
「幸福な……気持ち」
もぐもぐと頬張りながら考える。
イグナート様の幸福。ようやく見つけた宝物を大事にしたい感覚なのかもしれない。でもそれは一方的なものなのだろうか。ふとそんな気持ちが浮かび上がる。
「それはイグナート様の気持ちが一方的でも幸福で、私が居るだけで満足と言うことでしょうか?」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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