メモリー0 絵本を持つ少女
※この話はベフォレガインの終盤に関する内容です。本編の1話でも前日譚でもないため、ご注意ください。
※この話がなくても本編は理解できるので、飛ばしていただいても結構です。
これはとある記憶。人間がいない世界にある森でのお話。誰もいない、いるのは記憶のない少年と大事に絵本を抱え持つ少女のお話。
「んー、眩しいっ」
瞼が痛いと言うほど強い光が突き刺す。それによって僕は起こされてしまった。
「あれ、何で僕は木の上にいるの?」
目を覚ますと大きな木の枝が目に映る。いかにも古そうな巨木だ。とりあえず降りてみようと体軸を揺らした時だった。
「高ってうわぁぁぁぁ!」
バランスを崩した僕は地面へ落下した。頭だけは守ろうと落ちる姿勢を考えた結果、尻から着地することになる。
「いたたた……こんな高い木だったんだ。お尻いたぁぁ……」
痛みはまだ体に残っているが、ひとまず起き上がる。そこは、巨木が広がる大森林だった。
「何でこんなところにいるんだ僕は……」
どんな用があってこのような場所に少年が来るのだろうか、数々の疑問が頭に流れていく。その時、僕はある重要なことに気付いた。
「僕って誰?」
誰もが持つはずの過去の記憶を僕は思い出せなかった。
「名前も、ここまで来た記憶も、過去も、何もかもが思い出せなーいっ!」
自分の頭の中が空っぽのように思えた。言葉も体の動かし方も話し方も分かる。ただ自分の記憶だけが欠如していた。靄が掛かっているという訳ではなく、始めから記憶などなかったという感覚に近い。
「僕って一体何者なんだろ……」
素朴な疑問、しかし自身が分からなくなる状況というのは非常に恐怖感を感じてしまうことだ。僕はとてもこの状況が怖かった。
「と、とりあえず歩こう。何か知ってる人がいるかもしれない」
こんな大森林に人がいないなんて考えればすぐわかる。本当は怖さを紛らわすためだったのかもしれない。とにかく、僕はどれだけ歩いても景色が全く変わらないこの森をひたすら歩き続けた。
歩き始めからしばらく経った。
「それにしても……この森、なんか見たことある気がするなぁ」
こんな大森林をいつ見たのだろうか。何故か懐かしい感じがした。記憶がない僕にとって、それは希望の光のようなものだった。
「そう思うと何か元気出てきたー!」
喜びのあまり飛び上がった僕は、漲る力のまま足を前へ動かした。そうして走り始め数分後のことだった。
「うぉぉぉぉ……って何か開けた場所がある!?」
その時、僕は木が少ない場所を見つけた。この大森林は光を通しにくい。それなのに光で眩しく感じるような場所があるのだ。きっと開けた場所に違いない、その場所へ僕は向かうことにした。
「ん?おんな……のこ……?」
開けた場所には切り株一つ、そして絵本を大事そうに抱え持つ少女が座っていた。少女は黒服でいかにも怪しげな雰囲気だったが、僕は話しかけに行く。
「あのー!ちょっといーい?」
僕は大声で少女に声を掛けた。
「……」
少女はこちらに気付くも何も返事をせず、こちらを見つめていた。数秒間経った後、少女がやっと返事をした。
「どうしたのかしら、こんな森に子供がいるだなんて」
大人びた口調で少女はこう返した。
「実は僕……」
今僕に起こっている状況を話そうとした時だった。
「記憶を失くしたって言いたいんでしょ?」
僕が言おうとしたことを先に言い当てられてしまったのだ。
「何を知ってるの!?」
僕の疑問は当然だ。何故この少女は僕のことを知ってるのか、もしかすると何か情報を持っていると思ったからだ。
「あなたの全て……ね。何故あなたがこの森にいるのかも、何故あなたの記憶がないのかも、私は知っているわ」
「ほんとっ!?」
普通なら自分の全てを知っていると言われたら警戒するだろう。しかしこの少女から感じる懐かしさと自身の記憶を知れるかもしれないという機会に興奮していた。
「そしてこの森から出る方法も知っているわ」
「じゃあ早速っ……」
「でも……」
自身のことを聞こうとした時だった。
「一つ条件があるわ」
そう言いながら少女はニヤリと笑った。
「条件……僕ができることなら何でもするよ!」
何が何でも知りたかった、自身の記憶を。だが言い渡された条件は、意外なものだった。
「この絵本を一緒に読むことよ」
「え?」
思わず困惑が口に漏れてしまう。
「この絵本を全て読んだ後、あなたの質問に答えるわ。記憶もこの森から出る方法も全て教えるわ」
かなり分厚い絵本だ。絵本といえば子供が読むイメージなのだが、ここまで分厚い絵本は見たことがない。しかし絵本を読むだけで大事な情報が知れるなら大したことはない、そう思った。
「隣の切り株に座りなさい」
そう少女が言うとなかったはずの場所に切り株が生まれた。言われるがままに僕はその切り株に腰を掛けた。
「あれ、この本……」
僕はよく本を見るとあることに気付く。
「題名がないよ?」
本には必ず題名があるものだ。この本の表紙には題名を書く欄があるのに何も書いていなかった。
「本来は作られるはずだった、いや作られなきゃいけなかったのよ」
少し少女の表情が暗くなった気がした。何か辛い過去を思い出しているようにも見えた。この本に関係がある人物なのかもしれない。
「この本には筆者がいてね。その筆者が経験した様々なことを絵日記のようにしたのがこの本なの」
「筆者はいなくなっちゃったの?」
「いいえ、筆者はまだ生きているわ。でも書くことができなくなってしまったの……彼の冒険はもう終わりを迎えようとしていたから」
筆者と仲が良いのか筆者のことを話す時は表情が柔らかくなった。
「その書いた人を助ける方法はないの?こんな絵本を書くってことはその冒険に誇りを持ってたってことじゃないの?中途半端に終わった冒険なんて面白くないよ」
僕は記憶がないと分かった時から焦っていた。だからつい、本音を零してしまった。でも少女の顔は朗らかだった。
「そんなの読んでみなくちゃ分からないでしょ。彼の冒険を知ればあなたもきっと私と同じ気持ちになるわ」
そう言って少女はこの分厚い絵本を開いた。
「これは人族と魔族、そして神をも巻き込んだ大きな戦争のお話。ヘルダー家の当主だったトイズが引き起こした大戦争から10年、サーガラドは平和そのものだった。しかしとある事件をきっかけに、また人族と魔族間での戦争が始まる。だがその戦争が始まる前、とある二人の少年がサーガラド王国へ入国していた。一人は過去を引きずる少年でもう一人は過去を失くしてしまう少年だった」
これから僕は長い長い冒険譚を聞くこととなる。でも聞いていて苦にはならなかった。聞いていると何故か嬉しく感じたから……。
2024年12/22にお話を改造しました。メモリー1も改造する予定なので、よろしくお願いします。