正しい猫の飼い方⑧
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ミオラスは、メレ・アイフェス達のふざけているような会話を聞いていた。
異国の言葉のはずの音声の意味は、すんなりと頭に入ってきた。おまけに純白の猫のウールヴェは喋っていない。
加護を持たない人間には聞こえない『心の言葉』で周囲のメレ・アイフェスに、この猫のウールヴェは話しかけていた。
それをミオラスも聞くことができた。
この『加護』は、メレ・アイフェス達と交流できることについては、この上なく便利だったが、日常だとなかなかやっかいだった。
問題は理解ができても、その言語をしゃべることや書くことができない点だった。
そういう特殊な能力を『精霊の加護』と人は呼ぶ。
王族や貴族がもつ能力とされている。ウールヴェを使役する単純なものから、未来を読む『先見』という貴重な能力まで、様々なものがあるらしい。
ミオラスは歌と『心の言葉』を聞くことができる加護を持っている。
ただ、エルネストとアードゥルは、これを別の名称でよんでいることを教えてくれた。心の声を聞いたり、話したりすることを『てれぱしー』といい、彼等の世界では珍しくない一般的な能力だという。
「ミオラスの場合、それが歌と強く結びついている」と解説したのはアードゥルとエルネストだった。
最初の頃は、彼等の説明がミオラスには理解出来なかった。
歌は娼婦のミオラスにとっての身体同様の商売道具で、必須な武器だった。
それに対して、エルネストが半分道楽に近い形で、ミオラスに楽譜の読み方、声の出し方、腹式呼吸の仕方、声量の鍛え方などを伝授して、ミオラスがなんなくその知識と技術を吸収した。場末の歌い手が、「東国の歌姫」に化けた原因でもあった。
鍛えられてしまった絶対的な歌唱力に『精霊の加護』が加わったのは、彼等も計算外だったのだろう。
事実、彼等は困惑し、慌てていたことをミオラスは知っている。
『加護』に目覚めたことの自覚がなかった頃は、相手が口に出した言葉か、心の本音を読み取ったものなのか区別がつかないことがあった。
当時、アードゥルとエルネストが『遮蔽』という訓練をしてくれなければ、当の昔に発狂していたか、『魔女』や『魔物憑き』として迫害されていただろう。
アードゥルはミオラスが言語の壁を超えられるのは、持っている能力のせいだと説明してくれた。
一方、導師達は独自の『言語習得』という特技を持っていて、異国の人間と交流する能力に長けていた。
それは羨ましい能力だった。
彼等なら大陸のどこへ行っても、生きていけるに違いない。
ミオラスは異人である相手の言うことを加護の力で理解できても、喋ることは難しい。意志の疎通は相手も加護を持っていることが条件だった。
読み書きも一から学ぶ必要がある。エトゥールの言語を学ぶには、アードゥルやエルネストから絵本などを借りた。
彼等はそういう努力とは一切無縁だった。
ただ知識を吸収することに関しては底知れぬほど貪欲だった。
暇さえあれば、書を入手し、それを読んでいた。
アドリー辺境伯に化けていたエルネストなど、所蔵する書が尋常じゃない量になったため、そちらの収集家としてエトゥール国内で有名になっていた。
その書を提供していたのは当時、風来坊だったアードゥルだったらしい。たまにアドリーの館に泊まる「宿泊料」だ、と言ってその「10倍」はする価格の書を数冊おいていくのが常だったという。
「彼は律儀なんだよ。昔から私に対して素直じゃないが、そういうところは律儀だ」
エルネストは笑いながら、ミオラスに言ったものだった。
確かにアードゥルは律儀だ。
金髪の賢者に頼まれて、この猫姿のウールヴェになっている人物を東国の造り酒屋から探し出したのだから。
猫姿とはいえ、このウールヴェを抱きしめてしまったことを、ミオラスは深く反省した。反省しながらも、アードゥルが嫉妬してくれたことをミオラスは密やかに喜んでしまって、さらに反省の材料を増やしてしまっている。
メレ・アイフェス達の再会の会合を、微笑みながら見守るミオラスのドレスの裾が、何かにひっぱられた。
「?」
足元に白い子犬がいた。子犬は前足でドレスの裾を器用に引っ張り、ミオラスの注意をひこうとしていた。
――犬じゃない
懐かしい声を聞いて、ミオラスは驚きに目を見開いた。
思わず、はしたなくも床にしゃがみこみ、子犬の正体を見極めようとした。
ダメだ。期待してはダメだ。
そう自分に言い聞かせながらも、子犬と視線をあわせる位置に顔をさげた。子犬は金色の瞳を持っていた。
――だから、犬じゃないってば
懐かしすぎる声だった。
「嘘……本当に……?」
ミオラスは声をつまらせた。