正しい猫の飼い方⑮
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『カイル・リード、どうして君の行動は想像の斜め上を行くのかね?』
カイルは苦笑した。
ロニオスは知らないことだが、同じ台詞をよくセオディア・メレ・エトゥールに言われたものだ。メレ・エトゥールとシルビアがこの場にいれば、大笑いして賛同していたに違いない。
事実、傍に控えている専属護衛のミナリオは、加護を持っているためにロニオスの思念を拾い、口元を思わず抑え、肩は笑いを耐えるために震えていた。彼は、メレ・エトゥールがそう言っていた現場にいたことがあるため、笑いのツボを刺激されたらしい。
カイルは、やや恨めしそうに専属護衛を睨んだ。
「え?そうかな?どこらへんが、斜め上にいっているの?」
『よく、そんな交渉と選択ができたものだな、あの修羅場で他者を気遣うなど……。一部のウールヴェを残留させる選択をしたのはなぜだ?』
「僕がトゥーラとの別れを選択したからだよ」
カイルは少し顔をゆがめた。今は再会できたとはいえ、大災厄時の選択の罪悪感は一生消えないだろう、とカイルは思った。
「多分、この選択の苦しさはウールヴェと絆を持った者にしか理解できないと思う。絆を得たウールヴェはどこか支援追跡者に似ている。最大の理解者であり、家族であり、兄弟姉妹であり、相棒であり、半身だ。失う苦しさと悲しさと空虚さは想像を絶するものだった。これを僕は、ファーレンシアや、メレ・エトゥールやリル達に味あわせたくなかったからだ。特にリルは、一度サイラスを失っている。世界を救うために個人にこんな喪失感を味あわせて、精神的な犠牲を強要するのは間違っている」
カイルは小さく息をついた。
「ウールヴェを愛玩動物や使役動物と思っている人間には理解できないと思う。ロニオス、貴方は違うでしょ?」
『もちろんだ』
「そう、よかった」
『だが、世界の滅亡がかかっているのに、個人を優先させたのか?』
「そこを責められるとは思わなかったな」
カイルは肩をすくめてみせた。
「僕は聖人君子じゃないんだ。非常に利己的な観点から、この惑星文明に関わっている。この結果は、僕に関わる非常に狭い範囲の人々の救済の結果に過ぎない」
『その利己的な観点と判断基準を教えてもらおうか』
「僕は居場所が欲しかった」
『――』
「ここはようやく見つけた僕の居場所だった。ファーレンシアがいる世界を守りたかった。彼女が死ぬまでの生活を守りたかった。ただそれだけだよ」
カイルは開き直ったように言った。
「だから、エトゥールに侵攻していたカスト軍も全滅させた。メレ・エトゥールに従わず避難しなかった王都周辺の民も切り捨てた。愚かしい彼等が生きていれば、それは害毒にしかならなかったから」
「カイル、もういい」
ディム・トゥーラはカイルの肩をつかむと、言葉を遮った。
「ディム、僕は――」
「もういい。大丈夫だ、この馬鹿親父はわかっている」
『…………馬鹿親父……』
「お前がその選択をしたことに傷ついていることを理解している」
「僕は別に――」
「そうか。ではなぜ泣きそうな顔をしているんだ?」
カイルは、ディム・トゥーラの言葉に虚を衝かれた。
ディム・トゥーラが大災厄後も、しばらく地上に滞在することを選んだ理由の一つが、カイルの不安定さだった。
あの不可思議な境界線の地から、エトゥールに帰還し、世間からの隔離に近い生活が始まった時から、ディム・トゥーラはカイル・リードの支援追跡者として、その心理的負荷を見守っていた。
エトゥールの関係者は、消滅した区域の犠牲者数をカイルには伝えていない。メレ・エトゥールが禁じたらしい。
恐らく数千程度は残留していたのでは、とディム・トゥーラは推察している。
それに王都に進軍していたはずの隣国カストの軍勢が数に加わる。
こちらは、カスト王に反旗を翻したガルース将軍からの情報で、かなり正確だった。カスト軍が生存したというその後の報はない。完全な自滅だった。
双方ともカイルが救済する義理もない存在だった。ロニオスだったら、歯牙にも掛けないだろう。
ロニオスとカイルの性格の差が、ここで明確に出ていた。
カイルが『切り捨てた』の発言は、無意識の成せる技だった。責任の範疇ではない存在を、なぜ気にかけるのか?
どうしようもないお人好しで、馬鹿だからだ――と、ディム・トゥーラは思う。
世界の番人と同化していてよかったのでは、と不本意ながら思わざるを得ない。
世界の番人は、多分ロニオスに近い思考形態の持主だろう。容赦なく判断を下し、切り捨てることができる審判者だ。その存在と同調しているから、カイルの精神ダメージは、この程度ですんでいるのでは、ないだろうか。




