第99話 心からの謝罪
皇宮は広いし、人も少ないためエデルを見つけるのは容易ではなかった。
それでも、どうしても、直接話し合ってほしいと思ってしまったわけだ。
ミランがしてきたことも、そのせいで自分の大切な義両親が死んだことも、この先一生許せない。
しかし、ミランの育った環境が良くなかったというのも事実だ。
あの話を聞いておいて何もしないなんてこと、ルーペアトには出来なかった。
階段を上っては下りたり、廊下を走ることを繰り返してようやく、ティハルトと一緒に歩いていたエデルを見つける。
「エデル…!」
「わぁ姉さんどうしたの?そんなに急いで」
「はぁ…、ミランと…話してほしいことがあるんだけど…エデルはどう?」
ルーペアトは息を切らしながらエデルにそう告げた。
「ミランと?う~ん、そうだなぁ…」
直接話し合ってほしいとルーペアトは思い、リヴェスもその意に賛同してくれているが、一番大事なのはエデルの気持ちだ。
エデルが話したくないと言うのならば、ルーペアトも直接話し合ってもらうことを諦める。
「僕は別に話すことなんてないんだけど」
「そうだよね…」
「でも、姉さんがそう言うってことは、聞いた方が良い話だと思うんだよね」
姉の言葉だからと、そこまで期待されても少し困るのだが。
「じゃあお義兄さん、エデルを借りて行きますね」
「うん、いってらっしゃい」
ティハルトに見送られ、エデルと一緒に客室へと向かう。
帰りはエデルが居るから、遠回りをすることもなく真っ直ぐ客室に向かうことが出来た。
扉を開けると、ルーペアトが客室を出る時に暴れていたミランも大人しくなっており、リヴェスも座っていた位置に戻っている。
「てっきりまだ騒いでるかと思ってた」
「俺は子供じゃねぇぞ」
(…最初は暴れてたのによく言うよ)
ルーペアトはリヴェスの隣に座り、その隣にエデルが腰を下ろした。
エデルも緊張しているのか、ミランと目を合わさず周りを見渡している。
「さっき言ってたこと、エデルに話して」
「……」
ミランはそっぽを向いたまま黙り込んでいた。
こうなることを予想していなかったわけではないが、このままミランが話し出すのを待ち続けるのは無理だ。
「…ミランはエデルを―」
だからと代わりに話し出したところで、ミランが割り込んでくる。
「俺はお前を殺そうとしてなかった」
(言えるなら私が言い出す前に言いなよ…)
心の中でミランに文句を言うルーペアトだったが、ミランが直接言えたことで少しは安堵する。
「で、何?姉さんを殺そうとはしてたじゃん。だからって僕は―」
「そんなことわかってんだよ!とりあえず最後まで話聞けって」
はいはい、とエデルは呆れたように曖昧な返事を返すも、ちゃんと話を聞こうという姿勢だった。
ミランは溜息をついてから静かに語りだす。
「…母上がお前を殺そうとしてたから、守ってたというか邪魔してたというか…。俺は普通に従兄としてお前と関係を築きたくて…。とにかく、俺がお前を殺そうとしてたっていうのは誤解だ」
「ふ~ん」
今更この話を聞いてエデルはどう思うだろう。
エデルの表情からはどんなことを思っているのか、考えるのは難しい。
それと、ミランが一つ言ってないことがあったから付け加えさせてもらう。
「後、ミランがエデルに皇太子の仕事をさせてたのは、エデルの顔を見るためだったんだって」
「おい!あえて言わなかったのに話すなよ…!」
「それは嬉しくないよ。仕事が増える僕と部下のこと考えるべきでしょ」
「うっ…」
正論を言われてミランは目を逸らしていた。
暫く沈黙が続いた後、エデルがほんの少しだけ恥ずかしそうにしながら口を開く。
「…まあ守ってくれてたことはありがとう。気持ちに気づけなかったのはごめん。話を聞けて良かったけど、やっぱり僕の気持ちは変わらないから」
「ああ、知ってる」
エデルの表情が柔らかくなっていたし、ミランも胸の内を伝えられたことで、気持ちも多少楽になっただろう。
これで話も終わりだと思っていたが、ミランが俯いた状態で独り言のように呟き始めた。
「…結局俺の願いが何一つ叶わないなら、俺が死ぬべきだったかもな。そしたら、必然的にエデルが即位してただろ」
自分を苦しめた両親を殺すことも出来ず、幸せになることも叶わなかった。
そんなミランにこの先待つのはこれまでの罰。
いっそ死にたいと思ってもおかしくない。
でもそれは絶対許さないに決まってる。
「義両親が殺された時、私だって死にたくて仕方なかった…!自分が死ねば良かったのにって何度も思ったけど、生きてたから今があるんだよ!今まで願いが叶わなかったくらいで、死ぬべきだったなんて軽いこと言わないで」
「俺が居なかったらお前は義両親と幸せに暮らせてただろ」
「そうだけど…、それならリヴェスとは出会えなかったよ…」
ミランの言う通り、義両親と幸せに暮らせたのは間違いない。
でもミランが居たからリヴェスと出会えたことだって、あながち間違いではないのだ。
口にはしないがそこだけはある意味感謝している。
「聞いてて思ってたんだけど、幸せを求めて自暴自棄になるくらいなら、何で人に助けを求めなかったのさ。自分でどうにも出来ないなら誰かに頼りなよ。もっと早く助けを求めてくれてたら、僕は手助けしたのに」
「助けを求める…か。…そうだな、エデルになら助けを求められたな…」
てっきり、ミランは傲慢だし誇りがあるから人に頼らなかったのかと思っていたが、周りに居た両親に用意された者達を信用出来なかったからなんだと、ミランの言葉を聞いて気づかされた。
誰も信用出来ないから自分でどうにかするしかなく、その結果人を殺めることで解決する強硬手段になったと。
客室の空気が静まっている中、ミランが立ち上がったためリヴェスも立ち上がる。
ミランは三人が座っていた長椅子の横で膝をつき、拘束された状態のまま土下座をした。
「…今まで本当にすまなかった」
その姿には三人共驚いて目を見開く。
まさかミランが土下座をしてまで謝罪をするとは思わなかったからだ。
それでも心からの謝罪であることは伝わった。
「顔上げて、反応に困るから」
謝罪したからといって罪が消えるわけでも軽くなるわけでもないのだから、なんて言葉を掛ければ良いのかよくわからない。
ルーペアトの言葉でミランは顔を上げて、再び立ち上がる。
「…ミランにどんな処罰が下るのかわからないけど、この先に少しの幸せでも見つかると良いね」
リヴェスがミランの元に近づいたということは、話すのはもうお終いなのだろう。
話したかったことは話せたし、聞きたかったことも聞けたからこれで良しとする。
「行くぞ」
「…お前らも幸せにな」
小さく微笑んだミランはリヴェスに連れられ、客室を出て行った。
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次回は木曜7時となります。




