第98話 ただ幸せになりたかった
皇宮に着き、馬車から下りてきたルーペアトとエデルを迎えたのはジェイだった。
「おはようございます、お待ちしておりました」
「おはよう」
「ルーペアト様は僕と一緒にリヴェスの元に向かいましょう。エデル様は陛下がお待ちです」
「わかった。じゃあ姉さんまた後で」
「うん、後でね」
エデルはティハルトに呼ばれ、先に皇宮の中へと入って行った。
きっと皇宮についてエデルに色々説明してもらうのだろう。
「僕らも行きましょう」
「そうだね」
ジェイは名前を出さなかったが、リヴェスの元ということはミランが居る場所でもあるはず。
(何だか変に緊張するな…)
昨日はあんなに暴れていたし、自分に対してかなりの恨みを持っていることをわかったから、ちゃんと話すとなると少し不安もある。
リヴェスも居るし大丈夫だと思うが、義両親について何か言われるとルーペアトは怒りを抑えられないかもしれない。
出来る限り落ち着いて話をしたいところだ。
着いたのか、ジェイが立ち止まって扉を軽く叩き声を掛けた。
「ルーペアト様が到着されました」
「ああ、入ってくれ」
「では僕はこれで」
「案内してくれてありがとう」
ジェイはルーペアトにお辞儀をしてその場を離れていった。
ルーペアトは扉の持ち手を握り深呼吸をした後、ゆっくりと扉を開ける。
「え、何をしているんですか…?」
視界に入ってきた光景にルーペアトは固まった。
「おい、起きろ」
「ん…ルーペアトが来たのか…」
長椅子で横になっていたミランをリヴェスが叩き起こしていたのだ。
(寝てたの?この状況で?)
なんて呑気で自由な人なんだと、ルーペアトは自分が緊張していたのが馬鹿らしくなる。
「俺と話し終わった後から寝ていたんだ」
「そうなんですね…」
呆れながらミランに目を向けると、瞼を擦りながら欠伸をしまだ眠たそうにしていた。
やがてルーペアトの視線に気づいたのか、ミランは口を開く。
「何だよ、文句でもあるのか」
「いや、別に何も」
「そうかよ」
リヴェスの隣に腰を下ろしたルーペアトは、まずリヴェスに話を振った。
「朝、先に行ったと聞いて驚きました」
「悪い、部屋までは行ったんだが、ゆっくり寝かしてあげたかったから起こさなかったんだ」
「謝らないで下さい。そうなんじゃないかと思ってたので」
気づかなかっただけで、やっぱりリヴェスはルーペアトに声を掛けようと来てくれていたのだと、安心と言うより嬉しかった。
「おいお前ら、俺が居るのにいちゃついてんなよ」
そんなミランの言葉を無視して、ルーペアトはリヴェスに話し掛け続ける。
「私が来る前は何を話してたんですか?」
「そうだな…、簡潔に言うとあいつは幸せになりたかったそうだ」
「幸せになりたかった?」
「簡潔過ぎるだろ!?リヴェスを恨んでた理由とか、お互いに過去の話もしたじゃねぇか!」
「ちょっとうるさいから黙って」
色々考えるまでにミランが騒ぐから、リヴェスの話に集中出来なかった。
(ミランも両親に冷たくされていたみたいだし、幼い頃から愛されたいとか幸せになりたい、って思うのは普通のことだよね)
その羨望の気持ちが恨みや嫉妬に変わってしまっただけで、そうなる前は普通の子供だっただろう。
「リヴェスと似たような境遇だったのに、自分より幸せだったから恨んでいたのなら、私のことは同じ皇族なのに幸せに暮らしてたから恨んでたの?」
話を聞いてくれないことに拗ねていたミランに、ようやくルーペアトは話を振った。
「…それもある。だが一番の理由はお前が俺の婚約者だったからだ。俺に冷たい父親が愛した女の子供だ、俺の周りに居る奴らの中で最もまともな人間になると思ったし、唯一の希望だった」
確かに婚約者になったら行動を共にすることも多いわけだし、皇宮で両親に育てられたとしてもルーペアトはミランを蔑ろにするような子に育たないだろう。
皇族だったことから、ミランと同等に接することが出来るのもルーペアトだけだ。
孤独だったミランにとって、ルーペアトの存在はかなり大きなものだっただろう。
そこの話だけを聞くと少し胸が痛くなる。
「なのに死産だと聞いて絶望した。その数年後、実は逃がされていて幸せに暮らしているなんて、許せなかった。だからそれ以降、監視させていた奴にお前に剣の才能がありそうだと聞いた時、兵士にしてこき使ってやろうと思ったんだ。そしていっそのこと戦場で死んでくれ、ってな」
「でも私は死ななかった…」
自分が兵士になることを勧められた背景を知れて良かった。
でも一つ疑問が残る。
許せなかったのなら、何故監視をさせていたのだろうか。
見つけた時点で殺せば良かっただろうに。
ミランが続きを話す前に、ルーペアトはそのことについて問う。
「私をすぐに殺さなかったのは何で?」
「あぁ…それはまだお前を探ってる段階だったからだ。あの時はお前が生きているのを知ってからそんなに経ってない」
「なるほどね」
つまりルーペアトが義父に剣を教えてもらっていなかったら、後に殺されていたかもしれないということだ。
ミランはルーペアトに戦場で死んでほしかったみたいだが、ルーペアトはおかげで自分の身を守る術を得られて殺されずに済んだのだから、兵士になることを決めた判断は正しかったと言える。
「で、お前は結局、剣の才能があり過ぎて死ななかっただろ。だからやっぱり死なせるのは勿体ないし、連れ戻したかったんだよ。それも失敗したけどな」
「それが義両親を殺した理由…」
ルーペアトがハインツに逃げなければ、ミランの計画は上手くいっていたことだろう。
英雄となったルーペアトを迎え入れ、その英雄が実は皇族だったと感動の再会を演出する。
そして今まで裏で何が行われていたのか知らないまま、ルーペアトはミランと生きることになったはずだ。
「ついでだからエデルの話もしておく。あいつは俺の話を真面目に聞いてくれなさそうだからな」
「聞くけど、エデルのことも殺そうとしてたんだし、それは仕方ないでしょ」
「いや、違うんだ。俺はエデルを殺したいと思ってない」
「どういうこと?」
「俺は普通に従兄弟として仲良くするつもりだった。母上が殺そうとしているから、今回もエデルを逃がそうとすると思ってその手助けもしたし、母上からエデルを守ってたんだよ。俺が母上を殺した後で皇宮に迎え入れるつもりで」
まさかミランにそんな人としての心が残っていたことに驚いた。
散々自分のために人を殺していたミランから、手助けとか守ってたなんて言葉が出てくるとは。
「それやっぱりエデルに直接話すべきだよ。ね、リヴェス」
「ああ、その方が良い」
「話したって無駄に決まってるだろ。話したとしても、エデルにとって大事な姉を傷つけた俺への気持ちは変わらない」
(そうだね…)
ミランにしては真っ当な意見で、ルーペアトとリヴェスは何も言えなかった。
守っていたのに気づいてもらえず嫌われたのは、ミランがこれまでしてきた行いのせいだ。
自業自得で許されることではないが、ミランもかなり辛かったのだとわかった。
ミランが両親を殺したがっている理由もだ。
母親がミランに冷たかったとしても、ルーペアトとエデルの両親が子供を逃がそうとする程でもなかったのなら、ミランは二人に対して好意的だったことだろう。
それならミランがここまで恨みと孤独を抱え、多くの命を奪うことはなかったはずなのに。
こうなってしまったのが環境のせいだと思うと、何だか強く言えなくなってしまった。
行いを許せるわけではないのに。
「…そうだったんだね。じゃあ皇太子としての仕事を放棄してエデルにさせてたのも…」
「ちょっとでも接点がほしかったんだよ。たまには顔も見たいだろ」
「うん、今すぐエデルを呼びに行こう」
「おい止めろ!呼ばなくていい!」
立ち上がったルーペアトを止めようとミランが暴れ出すもリヴェスが抑え、呼びに行くようルーペアトに合図を送った。
ミランが叫んでいるのが聞こえるが、振り返らずにルーペアトは部屋を飛び出しエデルを呼びに行く。
(ミランの言う通りエデルの気持ちは変わらないかもしれない。でも、やっぱり直接話してほしい)
暴れるほど直接話すことを嫌がっているミランだが、心の底では話したいと思っているに違いない。
エデルと話すことで、ミランの過去も少しは報われるだろう。
読んで頂きありがとうございました!
次回は土曜7時となります。




