第97話 似て非なるもの
エデルの屋敷を早朝に発ったリヴェスとティハルトは、別の場所で拘束していたミランと合流しに向かう。
馬車の中でリヴェスは、ティハルトにノーヴァのことについて話を聞いていた。
「ハルトはどこまでノーヴァの計画を知っていたんだ?」
「全部知ってたよ。聞いたのは、彼がヴィズィオネアに招待されたことを新聞にした日だね」
「あの時か」
リヴェスが商会に乗り込んだ日のことだ。
ということは、ヴィズィオネアの計画の中に、ノーヴァの目的を達成させる計画も含まれていたのだろう。
ノーヴァがヴィズィオネアに来れるよう、ティハルトが手配していたのが一つの証拠だ。
「ハルトが俺達を想って、あまり介入し過ぎないようにしていたのはわかっていたが、まさかそこまでノーヴァと打ち解けているとは思ってなかった」
「そっか。僕からすれば、彼はかなりわかりやすいって思ってるよ」
「俺だけが気づいていなかったのか…」
生まれた環境の影響が多いと思うが、それにしても自分が鈍感過ぎることに少し落ち込んだ。
ルーペアトに好意を抱いていたことに気づいたのもかなり後だった。
壁を作らずに、もっと始めから相手のことを知ろうとする努力が必要なようだ。
これからミランと話すことになるわけだが、ルーペアトを苦しめた元凶だからと、憎悪や怒り任せに話を聞くのではなく、先入観を捨てミラン自身とちゃんと向き合って話を試みてみることにする。
ミランが居る場所へ辿り着き、拘束されているミランを部屋から出して馬車へと乗せる。
「体調などに問題はないか?」
「…何でそんなことを聞くんだよ」
「聞いたら駄目なのか?」
「……別に。拘束のせいで身体が痛いくらいだ」
ミランは無愛想にとげとげしながら返答した。
それでも逃げ出したりせず、大人しく従って馬車に乗り込んで行く。
リヴェスとティハルトも乗って来た馬車に乗り、ミランと別々で皇宮へと向かって行った。
皇宮着きミランを馬車から下ろしたリヴェスは、皇宮の間取りについて問う。
「客室はどこにある?」
「二階に上がってすぐ右の部屋だ」
少し疑っていたが、教えてもらった場所はきちんとした客室だった。
何かあるかもしれないと、多少の警戒はするに越したことはないが。
「僕は皇宮内を見て回ってるから二人で話しなよ。その方が彼も話しやすいだろうし」
「わかった」
ティハルトはリヴェスとミランを客室に残し出て行った。
ミランが不思議そうにこちらを見ていたため、リヴェスは気になって問い掛ける。
「何だ」
「客室で話すのか?牢屋ではなく」
「後でルーペアトがここに来るのに、そんな場所で話をさせるわけにいかないからな」
「あぁそう」
ミランは聞くんじゃなかったと後悔した。
自分のことを気遣って客室を選んでくれたなんて微塵も思っていなかったが、ルーペアトとの惚気話を聞かされたような感じがして気に食わなかったのだ。
「とりあえず座って話をするぞ」
ミランを長椅子に座らせ、自分も向かい側に腰を下ろす。
リヴェスは一息をつき、どこから話をしようか考える。ルーペアトが聞くであろうことを、リヴェスが聞く必要はない。
とはいえ今回のミランの計画について話すにしても、事を起こした経緯は知っているし、何を聞くべきか。
「…俺に言いたいことはあるか?」
考えた結果、一番に出たのはその言葉だった。
「ある、山ほどな」
「そうか。全部聞くから話せ」
「なんなんだよ本当に…」
ミランは枷の着いた手で髪を搔き上げ、苛立っているような仕草だったが、怒っているというより困惑に近いのかもしれない。
リヴェスがしようとしているのは尋問ではなく、ただの対話だったからだ。
「まず、何で両親を殺させてくれないんだ。どうせあいつらも罰せられるし、お前も俺の気持ちはわかるだろ」
「酷い扱いに両親を憎む気持ちはわかる。だが、俺とお前では両親を殺す動機が違う」
「動機だと?」
「お前は両親にも愛されなかったし、両親のせいで愛を受けれなかった。自分のことを想ってくれない者は殺してしまおうと思ったんだろ」
「おい、俺は愛されたいとか想ってな―」
「幸せになりたかったんじゃないのか」
「…っ!」
ミランがルーペアトと話していた時、幸せで良いよなと羨んでいた。
自分は一度も幸せだったことがないのにと。
同じ皇族であるルーペアトとエデルは、血の繋がっていない両親に育てられたにも関わらず、大事にされて幸せな子供時代を過ごしていた。
だから幸せを奪ってやろうと思って育ての親を殺してやったのに、結局どちらも幸せに今を過ごしている。
「…そうだ。両親を殺して、ルーペアトを幸せにしているお前を殺せば、俺は幸せになれると思った」
「俺が両親を殺したのは自分のためじゃない、ハルトのためだ。俺は何をされても良かったが、ハルトまで両親に苦しんでいると知り、両親を殺せば二人で幸せに暮らせると思った。だがそれは間違いだったんだ」
ミランが計画を企てた理由を知り、リヴェスは自分が両親を殺した動機について話を始めた。
意外にも、ミランは真面目にリヴェスの話に耳を傾けている。
「結局、ハルトは俺に殺させてしまった罪悪感を抱き、何も出来なかった自分は無力だったと、そう思わせてしまった」
「後悔…しているのか」
「別の方法があったはずだと、今でも考える。俺の行動は正しくなかった。それ以降どれだけ良いことをしていても過去の過ちは消えないし、どんな理由があっても正当化して良いものでもない」
「…だから何だ」
「お前は両親を殺して本当に幸せになれるのか?」
リヴェスの言葉にミランは目を大きく見開き、その後俯いてしまった。
何か考え事をしているであろうミランを見つめ、返答を静かに待つ。
「……なれない、だろうな。俺は悪いことをしている自覚はある。そんな俺を想う奴が居ないってこともな」
「そうだな。お前がもっと早く改まっていたら見つかったかもしれない。探せば一人くらい居たはずだ、お前を想う者も」
多くの部下にも見放されていたミランだが、中には忠実な部下も居ただろう。
しかし、誰も自分を想っていないと決めつけ、突き放し続けてきたのはミランだ。幸せになりたかったはずが、いつしか自ら幸せを遠ざけていた。
「あーあ、お前は俺と同じ人間だと思ってたのにな」
「俺と一緒にするなと言ってなかったか?」
「言ったがあれは、誰かのために人を殺しているお前と一緒にするなという意味だ。俺はそんな風に人を殺したくないからな」
「そうか」
「境遇だけは同じだろ」
「まあ…」
「同じって言えよ!」
境遇は似ていると言えば似ているが、リヴェスにはティハルトも友人も居た。
両親からの冷遇以外、同じことはない。
「……はあ、なんか拍子抜けだな」
「聞きたいことが山ほどあるんだろ」
「もういい、ルーペアトが来てから話す。疲れたから俺は寝る」
「お前…」
ミランは長椅子で横になり、目を瞑って本当に寝始めた。
(何がしたいんだか…)
仕方がないからリヴェスはこれからのことを考えながら、ルーペアトを待つことにした。
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次回は木曜7時となります。