88話 潜んでいる危険
両親が囚われていた部屋に着いたルーペアトとリヴェスは、扉を勢い良く開けて部屋へと入る。
そこには予想通りミランの姿があり、酷く苛立っている様子だ。
ミランが来る前に逃げれたのか、エデルと両親の姿はなく、ルーペアトは安堵した。
「ここに来れたということは、既に会ったのか。あの野郎…いつも俺の邪魔をしやがる!」
「両親を私の前で殺せなくて残念ですね」
その言葉にミランは歯を食いしばり、悔しそうな表情を見せた。
自分勝手で我儘だし、すぐに頭に血がのぼりやすいなんて、子供かと言いたくなる。
むしろ、子供の方がもっと賢い気がしてならない。
見ていて呆れてしまうくらいだ。
「ロダリオまでここに来ているし、あいつらは何をやっているんだ」
「ああ、あの弱い騎士達ならもう片づけたが」
「皇室を護るためだけの騎士と、幾度となく戦争に参加していた私と国一番の実力者リヴェス、どちらが勝つかなんて誰でもわかるよ」
ミランがどれだけ騎士を連れて来ても、ルーペアトとリヴェスには敵わない。
せいぜい少し時間を稼げる程度にしかならないだろう。
それがわからないとは言わせない。
「予想していたに決まっているだろ。だから俺はお前らより先にここに着いているんじゃないか!」
(…、当たり前でしょ。何言ってるの?)
ルーペアトもリヴェスも、ミランの馬鹿さに呆れて何も言えなかった。
自分はテラスから飛び降りて真っ直ぐここに来たのだから、騎士を片づけてから来た二人より早くて当然だ。
騎士で足止めすれば、先に辿り着けるという作戦が間違っているわけではない。
ただエデルによって両親は助け出され、室内に誰も居なくなったため、その作戦は何の意味もなくなってしまったわけだ。
「ほら、何も言い返せないだろ?」
「いやあなたの馬鹿さに呆れてただけなんだけど」
「何だと…!?」
「結局無駄足になっただけじゃない。ここは窓も無いし、扉も一つ。騎士も呼べないでしょ」
「うるせぇ!あいつらなら必ず連れ戻すはずだ」
「お前の部下がそれほど優秀だとは思わないがな」
リヴェスが横で小さく呟いていたが、その言葉には同感だ。
しかし、そういえばルーペアトが連れて行かれた地で出会った、幹部らしき人達は見ていない。
あの時戦った騎士達は会場で戦った騎士より遥かに強かった。
(彼らが最後の手札なのかな…?)
ミランの言葉からエデルと両親を探させに行っているようだから、戻ってき次第また戦うことになるだろう。
勿論、その前に終わらせられるのが一番良いのだが。
「両親は見つけられないと思うよ。エデルはそんな失態はしない」
「会って間もないくせに、よくそこまで信頼出来るものだ」
「だってあなたより賢いし」
「お前どこまで俺を馬鹿にする気だ!?妻になる女だからって容赦はしないぞ!」
「どうぞご勝手に」
「言ったな?だったらお望み通りにしてやるよ」
ミランはルーペアトとリヴェスに馬鹿にされて煽られたことにより、怒りが頂点に達しようやく剣を抜いて飛び掛かって来る。
ルーペアトも剣を抜いて構えるが、リヴェスが前に出てミランの剣を弾く。
その行動にルーペアトは少し驚いた。あれくらい余裕で弾けるし避けれる。
庇ってもらう必要はなかったのだが。
「大切な人に剣を向けられて、見ているだけというのは出来ないからな」
ルーペアトが考えていたことを察したのか、リヴェスはルーペアトに視線を合わせ、微笑んでそう言った。
「ちょうどいいし、お前はここで殺してやる」
ミランはルーペアトを狙うことを止め、リヴェスにだけ剣を向け始めた。
リヴェスの方が実力も上で優勢だが、ルーペアトは見ていて不安になる。
(私だって見ているだけなんて出来ないよ…)
ルーペアトが動こうと足を一歩踏み出した。
「まだ何もしなくて良い。気持ちはわかっているが、俺はこいつに怒っているんだ。こうでもしないと気が済まない」
「奇遇だな。俺もお前に怒ってるんだ。俺の妻を奪ったお前が気に入らない…!」
「元からお前のでもないし、国のための道具でもない」
リヴェスはルーペアトを悲しませ酷く傷つけたことに憤慨していた。
ルーペアトとならすぐにミランを押さえつけられるし、今すぐにでも殺したいくらいだが、まだそうするわけにはいかない。
何故なら貴族派と皇室派、そして現皇帝と皇后に実態を晒し、これまでしてきた悪しき行いを認めてもらわなければいけないからだ。
ただ殺してしまえばリヴェスが両親を殺した時と何も変わらないし、ヴィズィオネアの国民から信頼も得ることが出来ない。
彼らには法や裁判を通して正しく制裁を下し、命が尽きるまで反省してもらわなければ。
リヴェスがミランと剣を交えている間、ルーペアトの両親を安全な場所に連れ出すことに成功したエデルは、ティハルトとイルゼに出くわした。
「ちょうど良かった!姉さんは先に行ったんですか?」
「君がエデル君だね、また会えて嬉しいよ。君の言う通り彼女はリヴェスと一緒に先に行って、僕らも合流しようとしていたところだね」
「それなら会場の外に出た方が良いです」
エデルは会場の外に出ていたため会場内で起こったことは想像でしかないが、両親の見張りが少なく弱いことや、来るまでに見た騎士がミランがいつも連れている騎士ではないことを疑問に思っていた。
会場内の騎士は精鋭である必要がない理由があるはずだ。
それを出来るだけ早く探すには人手が必要だが、ティハルトを会場内に残しておくのは危険過ぎる。
「わかった、僕達は外に出るよ。だからリヴェスの部下を君に貸しておくね」
「ありがとうございます。あそこから出ると安全に行けます」
「気をつけてね」
ティハルトはリヴェスの部下達をその場に残し、イルゼを連れエデルに言われた通りの道へと進んだ。
「護衛を貸して大丈夫ですの?」
「さすがに自分と令嬢一人を守れないほど、僕も弱くないよ」
「それはわかっていますわよ。陛下の傍にいるのが安全だと言ったあなたの言葉を疑ってはいません」
「心配してくれてありがとう。信頼してくれて嬉しいよ」
「ななな何をどうしたらそういう解釈になるんですの?!」
「真っ直ぐ解釈しただけだよ」
さっきまで作戦のことばかり考えて緊迫していたが、今の会話で気持ちが解れて楽になった。
作戦や目先のことだけに囚われず、一度落ち着いて物事を俯瞰的に見て柔軟に考えることも必要だ。
そうすれば、更に良い最適解が見つかるだろう。
読んで頂きありがとうございました!
次回は日曜7時となります。