第85話 全ては守る為に
部屋は狭く、中には金髪に桃色の瞳をした女性と、黒髪で水色の瞳をした男性が、腕と足を縛られ床に座っていた。
皇族だというのに服も平民が着るような質素なもので、ちゃんと食事を取れていないのか痩せている。
(二人が私と血の繋がった両親…)
同じ金髪の母親と同じ瞳の父親。
見てすぐに両親なのだと確信が出来る容姿だ。
それは両親も同じで、部屋に入って来た二人を見て驚きの声をあげる。
「あなた達は…ルーペアトと…エデルよね…?」
「はい、そうです」
「良かった…本当に良かった…!生きていてくれてありがとう…」
「…大きくなったな」
母は服を濡らしてしまう程に涙を流し、父の瞳も潤んでいるのがわかる。
ルーペアトは戸惑いながらも両親に近づき、縛っていた紐を剣で切り落とす。
「えっと…二人…が、ここに居る理由はエデルから聞いたけど、これまでどういう経緯があったのか、聞いても良いのかな…?」
ルーペアトは両親と呼ぶことを躊躇ってしまい、言葉遣いも変になってしまった。
母は申し訳なさそうな顔を浮かべながら話を始める。
「…今の皇后は私の姉なのだけど、私が身籠った時に女児だったら姉の子の妻に、男児だったらこの世にいらないと言われたの。だから、私達は二人を守るためにとにかく隠そうとしたわ」
皇后はミランを皇帝にする上で邪魔な者は消して起きたかったのだろう。
そしてルーペアトを妻にすることで、貴族の血を交じ合わせないようにした。
そのことをエデルは何となく悟っていたはず。
ここに来る途中、命を狙われていたと話していたから。
「ルーペアトは何とか隠し通して死産ということに出来たの。そして信頼する二人に預けた。だけどエデルが産まれたことは隠し通せなくて、皇室が手を出せない貴族の元に預けたわ」
(信頼する二人…ね)
ルーペアトは握っていた拳を強く握りながら、母の話に耳を傾ける。
「その代わり、私達はこうして幽閉されることになったけど、後悔は全くないの。二人の姿を一生見ることが出来なくても、元気に育ってくれていれば良いと思っていたから」
「こうしてまた会えたのは…本当に奇跡だ」
強引な結婚から守るため、命を守るため預けたというのは理解出来る。
実際二人共生きているのだから、正しい判断だったと言えるだろう。
けれどそれは、義両親の犠牲の上で成り立っている。
「信頼している人に預けたって…、二人は私のせいで殺された!私が居なかったら…居なかったら…」
「…そう。亡くなってしまったのね…」
「どうして冷静でいられるの?!申し訳ないと思わないの?!」
義両親を亡くした時の悲しみと、自分のせいで死なせてしまった悲しみが一気に押し寄せ、初めてこんなにも感情を露わにして叫んだ。
「申し訳ないとずっと思っていたわ…本当にずっと。ルーペアトの言いたいこともわかる。でも、二人はそうなることを覚悟した上で引き取ってくれたの。だから本当に、申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいなのよ…」
『覚悟した上で引き取ってくれた』
その言葉がルーペアトを更に悲しませた。
(そんなのわかってる…わかってるよ…)
家にあった手紙は死ぬとわかっていないと書けない内容だったから。
そんな中、義両親が愛情をたっぷり注いで育ててくれたのは、いつ死ぬかわからない分、生きている内にたくさん愛するためだったのだろう。
ルーペアトは自分が皇族に生まれてしまったせいで、義両親を死なせてしまったと思うと本当に辛くて、自分なんて生まれて来なければ良かったのにと思いたい。
でも、ルーペアトが生きていなければ、ヴィズィオネアは戦争に勝てなかった。
国民は今よりも酷い生活を強いられ、義両親も生きていられるとは限らない。
そして自分を大切に想ってくれる人達にためにも、生まれて来なければ良かったなんて思っていては駄目だ。
(私がそんなことを少しでも考えてしまったと知ったら、皆悲しむだろうな…)
ルーペアトはこれまでお世話になった皆の顔を思い出し、深呼吸をして自分を落ち着かせる。
両親に真っ直ぐ向き合って、ルーペアトは口を開いた。
「私は二人をこれ以上責めない。私とエデルを守るためだったとわかったし、それが育ててくれた二人の…最後の願いだから」
「……そう、わかったわ」
母は責められても仕方がない、むしろ責めるべきだという言葉を飲み込み、責めないことに感謝しない対応を見て、ルーペアトは少し母の気持ちを知れた気がする。
「姉さんが納得出来たなら良かったよ。僕は予想通りって感じだったし」
「そっか」
これでルーペアトの心も少しは軽くなったし、もうミランに何を言われても動揺はしない。
後は会場に向かって、最後の計画を果たすだけなのだが。
「姉さんは会場に向かって。後は僕が何とかするから」
「わかった」
「―待ってくれ」
会場に向かおうとするルーペアトを引き止めたのは、母の話を黙って聞いていた父だ。
「今何が起きているのかちゃんと理解はしていないが、危ないことをしようとしているのはわかる。会場に行って本当に大丈夫なのか?」
「私はヴィズィオネアの英雄だから。それに、会場で私の大切な人が待ってるの」
「そうか…気をつけるようにな」
父は何か理解したような様子だった。
恐らく父は剣術に優れた人だったのだろう。変な感じがするため、まだあまり深く考えたくはないが、ルーペアトは父に似ているのだろう。
(まあ、お義父さんも剣術に優れた人だったけど)
ルーペアトは小さく微笑み、今度こそ部屋を後にした。
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次回は木曜7時となります。