第8話 それぞれの疑問
『悪いけど、死ぬのは私じゃなくてあなたたちの方だから』
その言葉に対して男が反応するよりも早く、ルーペアトは暗殺者たちを斬りつけ数を減らしていく。
本当は殺したくはないが、気絶させても人を呼んで戻って来る頃には目が覚めて逃げられてしまうだろう。
一人だけなら、馬車に繋がれている馬の紐で縛れるはずだ。
「な、なんて女だ…!」
「令嬢だからって見くびらないことね」
先程からルーペアトに話し掛けて来ている主導者と思わしき男は、あっという間に半分も減らしてしまったルーペアトに酷く驚いている様子だった。
それもそうだろう。男がどれくらい暗殺の依頼をされていたって、剣の扱える令嬢に出会える可能性はほとんどないに等しい。
彼らには運が悪かった、としか言いようがない。
ただの暗殺者達はルーペアトに傷を一つも付けることは出来ず、攻撃も全て避けられてしまう。
数で勝てると甘く見ていたかもしれないが、ルーペアトは両利きのためどちらの手でも剣を扱える。実質二人いるのと何ら変わらない。
(暗殺者の割には弱い…)
剣の扱いが力任せで太刀筋も悪く、やはりきちんと指導されている国の兵士の方が何倍も強い。
「残りはあなただけだね」
「何でだ!!こんな令嬢が乗っている何て聞いてない!俺は嵌められたのか…?」
残念だが嵌められたのではなく、依頼者がルーペアトがここまで剣術に優れていることを知らないだけだ。
「それで、依頼者を言う気になった?」
「こっちに来るな…!!」
近づいて来るルーペアトに対して男は酷く怯えていた。死んでもらうとか大口をたたいていたのに、味方が一瞬で殺されただけで人はここまで変わるのか。
「安心して、あなたは殺さないから」
「やめろ!あぁっ…!」
ルーペアトは男との距離を素早く縮め、剣の柄頭を男の鳩尾に入れ気絶させた。
「ふぅ…、もう人は殺したくなかったのにな…」
これまで多くの命を奪って来た暗殺者だから、まだ国のために戦っていた兵士を殺すよりはいいと思いたい。
それから馬に繋がれた紐を切り、男を近くの木に縛りつけた。固く縛っておいたから、目が覚めても逃げられないだろう。
後は馬車に積んでたあった膝掛けを護衛に被せ、手を合わせる。
(ごめんなさい…、ここまでありがとうございました)
護衛に対しては本当申し訳なさでいっぱいだった。来世では長く生きて幸せに暮らせることを祈る。
馭者に関してだが、最後の言葉で気になっていることがある。
殺される前、確かに『どうして』と言っていた。これはどうしてここに暗殺者が居るのかという疑問にも聞こえるが、本当はどうして自分も殺されるのかという言葉だったのではないか。そういった問いがルーペアトの中に生まれる。
馬車を用意したのはミアだったし、黒幕はやはり夫人かもしれない。とは言え、証拠もない今はどうすることも出来ない。
早く帰りたかったのにすっかり真っ暗になっていて、月の位置から考えると遅い時間になっているだろう。
馬車が乗れなくなったし、馬車用の馬だから背中に乗ることも出来ない。つまり歩いて帰るしかない。
(道を覚えていて良かったけど、まだかなり遠い…)
リヴェスが心配しているだろうから出来るだけ早く帰りたいが、夜が明ける前に着くだろうか。
ルーペアトが歩き始めてから数分後、不幸なことに雨が降って来た。
「今日はツイてない…!」
ドレスが濡れて走りにくいが、仕方ない。走らなければ身体が冷えて風邪を引いてしまう。
返り血で汚れていたドレスが泥と雨でわかりづらくなるのは不幸中の幸いだ。
暗い森の中を進み続けて数十分、何とか屋敷まで半分の道のりとなったがまだ遠い。
久しぶりにここまで体力を使ったから身体に疲労が現れるのも早く、暫くは走れなさそうだ。
少し休憩していれば前から馬の足音が聞こえて来る。
(まさか追手…?)
そう思ったが姿が見えた時、馬に乗っていたのはリヴェスだった。
「ルー!良かった…無事だったんだな」
「はい…。それよりどうしてここに」
「帰りが遅かったから迎えに来たんだ。一体何があった?護衛はどうした、何故一人なんだ」
「えぇと…」
早々の質問攻めに困惑していると、他にもこちらに近づいて来る足音が聞こえる。
「リヴェス飛ばし過ぎだよ…あっ!良かった見つかったんですね!」
リヴェスの後ろから現れたのはジェイだった。その他にもリヴェスの部下達が到着し、中々帰って来ないルーペアトを心配して皆で探してくれていたことがわかる。
「とりあえず話は後か。身体が冷え切る前に帰ろう」
「…はい」
それからリヴェスの馬に乗せてもらい、外套も貸してもらったが風が冷たく身体はどうしても冷えていき凍えてしまう。
すぐ後ろにリヴェスが居て体温が感じられるが、ドレスが濡れていて全然温まらない。
「大丈夫か?もうすぐ着くからな」
ルーペアトは返事が出来ないほど、体温が下がってしまっていた。きっと顔色も青白くなっていることだろう。
屋敷に着き、自分で歩くのもままならなかったため、リヴェスに横抱きにされたまま屋敷の中へと入って行く。
「お嬢様!無事だったんですね…」
入ってからすぐに出迎えて来たミアはルーペアトが見つかって良かったというように安堵した様子だったが、無事だったんですねと言った言葉には別の意味が籠もっているとルーペアトは思った。
しかしその意味も今は考えられる余裕がない。
「すぐに湯を用意しろ」
「はい!」
リヴェスに命じられ、ミアは部屋の浴室に向って行った。
それから浴室までリヴェスに連れて行ってもらい、身体を温めた後すぐに寝台に横になって眠る。
眠りにつくまでリヴェスが横で心配そうに見つめていたが、ルーペアトは何も声を掛けることが出来なかった。
「本当に無事で良かった…」
そう呟いたリヴェスの声は雨音にかき消され、ルーペアトの耳には届かなかった。
―ルーペアトが眠ってから時間が経ち雨が止んだ後、リヴェスはルーペアトと出会ったところより先に向かった。
そこで目にした光景に度肝を抜かれる。
(何だこれは…)
黒い格好をした男が十数人転がっており、死んでいることがわかる。
そして布を掛けられているのは自分の部下だ。
(ルーはやはり襲撃されたのか)
少し先に男の声がし向かってみれば、男が木に縛りつけられていたのだ。
ここまでしたのは一体誰なのか。
(まさかルーが?いや、さすがにそれはないか)
夜会での一件があるため、今回もルーペアトがしたのかと思ったが、剣を扱えるとは聞いていないし疑問は残りつつもその考えを否定する。
(この男に聞けばわかるか)
「おい、何があったか言え」
「あれは…ば、化け物だ…!」
「それは誰のことなんだ」
「殺される…殺される…」
男は酷く怯えていて全く話にならない。それでは拷問しても何も聞けないではないか。
(ルーに聞くしかないか)
こんな悲惨な現場を目の当たりにしたであろうルーペアトにそれを蒸し返すような話をしたくなかったが、目撃者がこれでは嫌でも仕方ない。
男を木から離して腕を縛り、他の者の達と一緒に連れて行ったりし、それが終わる頃にはもうすっかり明るくなっていた。
明るくなったことにより、辺りが見やすくなってリヴェスはあることに気づく。
それは亡くなってしまった部下を運ぼうと布を退けた時だった。
(剣を持っていない…)
探せば馬車の近くに剣が置いてある。ついでに馬が繋がれていた紐を切って男を縛りつけていたこともわかった。
(部下が死んだ後、誰かが部下の剣を使って他の奴を殺したのか?)
紐を切るだけならわざわざ護衛の剣を使わずとも、そこらに落ちている男達の剣を使えば良かっただろう。
しかし雨のせいで血が流れてしまっているため、この剣で殺したのかは断定出来ない。
(…もうそろそろ起きる頃か。戻らないとな)
目を覚ますであろうルーペアトの元に行くため、リヴェスは急いで屋敷へと帰って行った。
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次回は火曜7時となります。
皆様、良いお年を!