第78話 二人の初会話
イルゼとの話が終わったため、ルーペアトは立ち上がり声を掛ける。
「今日はこれくらいで終わりにして、下に降りよう」
「え?今日はあなた以外からの話がないと思って、ここで見送ろうと思っていたのだけど…」
「昨日はそうだったんだ。今日はリヴェスじゃなくて、お義兄さんから話があると思う」
「はい?!どうゆうこと?こ、皇帝陛下と話すの?」
「うん」
ハインツの皇帝であるティハルトと話すことになると聞いて、イルゼはわなわなと震え出した。
驚きもありつつ、どこか諦めた様子だ。
「あなた…陛下を結婚相手の候補に入れてるの?」
「…まあ、一応」
「本当に…」
イルゼは溜息をついて頭を抱えていた。
しかし、これは仕方のないことなのだ。
シュルツ家の協力を得るにはイルゼの結婚相手をハインツの貴族から探すのが条件だし、その相手として相応しそうな人をルーペアトはティハルトしか知らない。
ウィノラが居ない今は他に紹介出来る貴族もいないのだ。
「…わかったわ。行けば良いのでしょ」
「ありがとう」
イルゼも席を立ち、ルーペアトと一緒に玄関へと向かった。
降りてくれば下でリヴェスとティハルトが二人で話をしているところだ。
「待たせてしまいましたね。ごめんなさい」
「大丈夫だ。それほど待ってない」
リヴェスはそう言ってくれているが、本当は結構待っていたのではないかと思ってしまう。
こういう時、リヴェスはルーペアトが気負わないように気を遣ってくれるからだ。
「じゃあ俺とルーは先に戻ってる」
「うん。二人もゆっくり話をすると良いよ。話したいことあるでしょ?」
ルーペアトともちょうどリヴェスと話がしたいと思っていたところだ。
そんなところまでティハルトに察されている気がして、改めて凄い人だと感心させられる。
「そうだな。じゃあ」
「今日もありがとう。またね」
「ええ。こちらこそ…あ、ありがとう…!」
イルゼに別れを告げ、リヴェスと一緒に屋敷を後にした。
残されたイルゼは表情は落ち着いているが、内心は緊張で脈も速くおかしくなってしまいそうになっている。
「ええと、初めましてイルゼ・シュルツと申します。今回はよろしくお願いします」
「ハインツの皇帝、ティハルトです。今回は協力ありがとう、よろしくね」
「とりあえず…客席に案内した方が良いでしょうか?」
「部屋に二人きりなのはまずいかな?」
「そ、そうですわね…!そこまで考えられず申し訳ありません…!」
お互い独り身で、しかも皇帝と部屋で二人きりとなれば大問題だ。
ティハルトと玄関で立ち話はどうかと思い、客室を提案しただけで他意はない。
それはティハルトもわかってくれるだろう。
「気にしないで。むしろ立ち話になってしまうのが申し訳ない」
「陛下が申し訳なく思う必要はありませんわよ」
ティハルトと話すのが初めてのイルゼは緊張しながらも、いつも通りの調子に戻ってきていた。
「実は君に一つお願いがあるんだ」
「私に拒否権はないのではなくて?」
「お願いだから断ってもらっても大丈夫だよ」
「なら良いのですけど…」
イルゼは結婚に関する話だったらどうしようかと、心の中で慌てていた。
ルーペアトがティハルトも候補に入れているなんて言うから、話している間も意識してしまう。
「パーティーに僕のパートナーとして一緒に出席してもらえないかな?」
「パートナーですか?どうして私に…」
「君は彼女の友人だし、公爵令嬢だから最適のパートナーなんだよ。それに、僕と一緒にいる方が安全だからというのもあるね」
リヴェスはルーペアトが居るから良いものの、ティハルトにはパートナーが居ない。
ヴィズィオネアの令嬢から選ぶとなれば、確かにイルゼが一番最適な選択だ。
自分の身の安全も保証されるのだから、イルゼにとって損はない。
皇帝のパートナーに選ばれたという肩書きまで手に入る。
「…お受け致しますわ。協力すると約束しましたし。というか、お願いと言いつつも断らないことをわかっていたのではなくて?」
「ありがとう。ただ、君の意見を聞きたかっただけだよ」
「そ、そう…」
イルゼは調子が狂っていた。
なぜなら、ティハルトがこれまで相手にしたことのない人間だからだ。
本心をわかっていながら、出方を見るためにわざわざ聞いてくる。
どちらかといえばイルゼの苦手なタイプだ。
イルゼがいくら誤魔化そうとしてもお見通しだろう。
「話はこれだけなんだけど、二人はまだ話してる途中かな?もう少しここに残っていても良いかな?」
「陛下を追い出せるはずがないでしょう。気が済むまでいてください」
「ありがとう」
そこで会話は終わったものの、ティハルトはあることに気づいた。
残ってもいいか聞いたのは、話が終わってイルゼが戻ると思っていたからだったのだが。
イルゼは部屋に戻ることなく玄関に残っている。
「部屋に戻ってくれても良いんだよ」
「べ、別に勝手に居るだけですわ。一人が良いなら戻りますけど…」
「君は優しいんだね」
「優しくしてるつもりはありませんが…」
そう言いながらもイルゼの視線は泳いていた。
本当は皇帝を玄関に取り残すのもどうかと思うし、一人じゃ寂しいかと思って残っている。
「せっかくだから何か話して待っていようか」
「良い話相手になれるかわかりませんが、お付き合いします」
ティハルトはルーペアトがイルゼと仲良くなったのもわかるし、リヴェスが同じことを思っていた理由がよくわかった。
いつも皇后の座や見た目ですり寄ってくる令嬢ばかり相手にしていたから、イルゼのような令嬢と接するのはかなり久しぶりだ。
ティハルトは新鮮な気持ちでその後、数十分の会話を楽しんでいた。
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次回は木曜7時となります。