第77話 大切で、大切だから
昨日の今日だったため、ルーペアトは自分だけでイルゼの部屋へと向かった。
「…状況的に時間がないのはわかっているけど、まさか今日も来るとは思わなかったわ」
「イルゼも忙しいだろうにごめんね」
「別に忙しくはないわ。それに…むしろ…、〜っ私だって休みたいもの…!」
イルゼの頬が紅く染まっていた。
反応から察するに、ルーペアトが来たことに嬉しいと思ってくれているのだろう。
「笑っていないで早く座りなさいよ!」
「ふふ…、ごめん」
最近考えることも悩みも多くて、ずっと気を張っていたからか、イルゼのいつもの調子に何だか元気をもらった。
すでに机にはお菓子とお茶が準備してあり、椅子に座ったルーペアトは軽く食べながら話を進めていく。
「まず色々聞きたいんだけど、ヴィズィオネアのパーティーってどんな感じなの?」
「一度ハインツの夜会に出席したことがあるけれど、基本的にハインツと変わらないわよ。違うと言えば、皇室に媚びる貴族が目障りなくらいね」
「ハインツの夜会に出たことあったんだ」
「二年前にね」
ヴィズィオネアが戦勝して一年後だから、貴族が夜会などに出席し始めたのがその頃だと思われる。
イルゼはルーペアトとウィノラの二つ上の歳のため、二年前はちょうど成人の年だ。
だからハインツの夜会に出席していたのだろう。
「ハインツの皇帝陛下は、巨下にちゃんと尊敬されている人だったわ。あなたもそれは知っていると思うけど」
「うん、お義兄さんは本当に凄い人だよ」
「おにいさん?」
「っ…!」
(言ってしまった…!リヴェス…ごめんなさい…)
もうお義兄さんと呼ぶのにすっかり慣れてしまったようだ。
ここ最近はずっと近くで過ごしていたのもあるだろう。
「…実は―」
「言わなくていいわよ!私の言い方が悪かったわ…」
「いや、私がイルゼは知ってると思ってしまったのが悪いよ。イルゼは私がお義兄さんと一緒に来ているからそう言っただけでしょ?」
「ええ…、でも本当に…私のせいにしてくれて構わないわよ」
イルゼはルーペアトが皇族であることを知っているため、ルーペアトは知らなくても皇族同士で交流があると思っていたのだ。
だからそう言ってしまったのだが、まさか兄弟である話が出てくるとは思わなかった。
「…うーん、まあ前向きに考えるよ」
「そ、そう?よくわからないけど」
ルーペアトはイルゼがハインツの貴族と結婚するなら、この先知ることになってもおかしくないし、もしかしたらティハルトと…、なんてこともあるかもしれないから、大丈夫だと思いたい。
「話を戻して、イルゼにねヴィズィオネアの作法とか、パーティーに必要なことを教えてほしい」
「わかったわ。その代わり、三日しかないのだから厳しいわよ」
「大丈夫、厳しいのは慣れてるから」
「…そう。無理はしないことよ」
剣ばかり握ってきていたルーペアトが、女性らしく振る舞うのは少し難しい。
元々平民だったし、その後もちゃんと作法を教えてもらうことが出来ず、ハンナに少し教えてもらったくらいだ。
でも真の公爵令嬢であるイルゼなら学べることは多い。
イルゼの所作はとても綺麗だからだ。
「イルゼもやっぱり夜会で他の令嬢と一緒に居るの?」
「私はあんまり…。公爵令嬢だからって仲良くしておこうみたいな気持ちが伝わってきて、気持ちのいいものではないのよね…。友人がいないわけじゃないわよ…!」
「何も言ってないよ」
確かにイルゼは他の令嬢達と気が合わなそうではある。
イルゼは素直じゃないし、令嬢らしくないことをしたいみたいだから、他の令嬢達とお茶ばかりはしてられないのだろう。
「…まあとにかく、夜会のことは任せて」
「うん、ありがとう。頼りにしてる」
「なっ、そんなこと言っても何も出ないわよ…!」
イルゼは再び頬を紅く染めていた。
(好き嫌い別れるだろうけど、私はイルゼ好きだなぁ)
ルーペアトはイルゼの本心に気づけるから良いが、人の気持ちに気づけない人はイルゼを冷たい人間だと思うだろう。
素直じゃないイルゼは可愛くて面白いと、ルーペアトは思う。
それをわかってくれる殿方を見つけたい。
「ねえ、イルゼはどんな人が好み?」
「あなたもその質問するのね?!」
「ちょっと気になって…」
「お父様に何か言われたんでしょう?教えなさい」
イルゼに問い詰められ、言わずにはいられなかった。
「…協力の条件が、ハインツの貴族からイルゼの結婚相手を探すことで…」
「そんなことだと思ったわ」
「気づいてたんだ」
「じゃないと、ロダリオ公爵が私の好みを聞いてくるわけないでしょう?」
「…確かに」
リヴェスは滅多に令嬢と話すことはない。
今回イルゼと話したのはあくまで条件だったからだ。
それ以外の理由はきっとない。
「私の好みね…、役目を放棄するつもりはないの。でも、やっぱり花を育てたい気持ちはあるわ」
「それとリヴェス真反対の人が良いんだよね?」
「ええ、でもロダリオ公爵は関係ないでしょう」
「私とリヴェスは契約結婚だから…、一応離婚した後にっていう…」
「え、契約結婚なの?本気で言ってますの?」
「うん」
イルゼは信じられないといった顔でルーペアトを見てきた。
本当の夫婦に見えていたならそれはそれで計画通りなのだが、それほど驚くことだろうか。
「恋愛結婚だと思っていたわ…」
「そう見えるの?」
「むしろ気づいてないの?ロダリオ公爵はあなたのことを契約妻として見てないわよ」
「大切にしてくれてるのは凄くわかってるよ」
「全然わかってないわ。あれは大切なんてものじゃないわよ。私から詳しく言うのは止めておくけど、尋常じゃないわ」
「何が?」
ルーペアトは更に問い掛けたが、イルゼは首を横に振り答えなかった。
(契約妻として見てないは…友人に近いのかな?尋常じゃないって……どういうこと?)
暗闇にいたルーペアトを照らしてくれた光で、ヴィズィオネアまで来て、故郷を一緒に探してくれて。
ルーペアトのやりたいことをさせてくれる、リヴェスに凄く大切にされているのはわかっている。
なのに、リヴェスと関係が浅いイルゼから全然わかっていないと言われてしまった。
(私の方がリヴェスを知ってるはずなのに…)
昨日みたいに、またルーペアトの胸がモヤモヤし始める。
(…私はリヴェスの何に気づけてないんだろう)
「…考えさせてしまったわね。でも、そのうちわかるわ。逆にあなたはどうなの?彼のことどう思ってるのよ」
「え?それは…、始めは私が自由に過ごすために協力してくれてて、それから…」
リヴェスにも、ハインツに来てから優しくしてくれた皆にも本当に感謝している。
でもそれだけじゃなくて。
ロダリオ家で過ごすのは心地が良くて、幸せで…
「だから…」
「本当は離婚したくないんでしょう?離れたくないって気持ちが顔に出てるわよ」
「え?」
ルーペアトは感情が表に出ることが少ないのに、イルゼに指摘され思わず驚いた。
(そんなに出てたかな…)
「…私は平民出身だし、そう思って良いのか不安…で…。リヴェスはどう思ってるのかわからないし…」
「それは彼に聞くしかないわね。私は身分関係なく、二人はお似合いだと思うわよ。誰かが入る隙もないくらい、お互いを想ってるもの。自信を持ちなさい」
これからも一緒に居たいと思っていても良いだろうか。
イルゼの言う通り、リヴェスの気持ちは本人に聞かないとわからない。
(全部終わったら…、いや、その前に話そう)
パーティーで何が起こるか予想出来ないのだから。
これ以上、大切な人を失いたくない。
(同じ過ちを犯さないように、絶対守らないと)
昔よりも力があるし、あの時とは違う。
今なら大丈夫だ。
「ありがとう。イルゼのおかげで決心がついたよ」
「それなら良かったわ。あと、ついでに言っておくけど、私はロダリオ公爵とあなたの話しかしてないわよ。というか、それ以外話すことがないわ」
「それがどうかしたの?」
「気になってたんでしょう。私が昨日、ロダリオ公爵と話したこと。今の私の話を聞いて安堵してるんじゃなくて?」
確かにリヴェスとはルーペアトの話しかしてないと言われて、胸にあったモヤモヤがなくなってスッキリしている。
そこまで見透かされていたなんて。
「…イルゼって、ちょっとお義兄さんに似てるね」
「え、陛下と?それは恐れ多いわ…」
色んな気持ちが相まって、ルーペアトは思わず笑みを溢す。
それを見たイルゼも笑みを溢し、何だかイルゼと一段と仲良くなれた気がする。
読んで頂きありがとうございました!
次回は日曜7時となります。