第75話 叶えられない願い
日が昇り始めた頃、ルーペアトは部屋を出て朝食を食べに向かう。
食堂に着くと、もうすでに二人は席についていた。
「おはようございます。早いですね」
挨拶をしながらルーペアトも席に座る。
「おはよう。あまり眠れなくてな」
「そう。早く起きてしまったんだよ。君は休めたかい?」
「はい、休めました」
「なら良かった」
二人はルーペアトより頭を使って、かなり疲れているはずなのに、自分だけしっかり休めていることが凄く申し訳なくなった。
でも、しっかり休息を取って万全に備えることがルーペアトのすべきことでもあるため、どれだけ申し訳なくても休むしかない。
もちろん二人にも休んでほしいが、どちらも休んではくれなさそうだ。
「昨夜わかったんだが、フードを被った男はエデルという名のようだ」
「エデル…ですか?…やっぱり知らないですね」
「作戦を遂行しながら彼のことも調べないとだね」
ルーペアトは本当に心当たりがなかった。
けれど家の掃除や庭の管理、それから協力までしてくれているなら、ルーペアトは忘れているだけなのかもしれないとまで思えてきた。
今思い返してみても、両親との思い出はたくさん思い出せるのに、両親を失う前と失ってすぐの記憶はかなり曖昧だ。
その時に会っていた可能性は否定出来ない。
(私…全然役に立ててないな…)
人を守る兵士だったけど、今は守られてばかりで何もしていない。
街で聞き込みをしていた時だってリヴェスが居なかったら、英雄の話が出て来た時にルーペアトは何も言えなくなっていただろう。
「…力になれてなくてごめんなさい」
「そんなことはない。シュルツ家の協力が得られたのだって、ルーが令嬢と関係を持っていたおかげだ。それに、ルーが居るから俺達はここまで出来るんだ」
「リヴェスの言う通りだよ。僕らは君が力になれてないなんて、全く思ってないからね」
「…ありがとうございます。そう言ってもらえて安心しました」
「逆に僕はこれぐらいしか出来ないからね。作戦の後半は二人に任せきりになってしまうし、僕は少しでも二人の負担を減らすために動くのが第一だから」
ティハルトも剣術を習っているため戦うことは出来るが、本当に必要な時以外は安全な場所に居なければならない立場だ。
ルーペアトに限らず、誰しもそのように出来ることが限られているのが当たり前だから、出来ないことを悔やむのではなく、出来ることを精一杯すれば良い。
(…まだ作戦は始まったばかりだもんね。頑張ろう…!)
「今日はハルトも連れてシュルツ家に行こうと思う。エデルという男について聞きたいのと、パーティーでの動きを決めたいからな」
「わかりました」
朝食を食べ終えた三人は早速馬車に乗ってシュルツ家へと向かった。
その道中でリヴェスは協力を得る条件だった、イルゼの結婚相手探しについてまだ言ってなかったことを思い出す。
「そうだ、シュルツ公爵から条件で令嬢の結婚相手をハインツの貴族から探してほしいと言われたんだが、ハルトはどう思う?」
「結婚相手かぁ…、紹介出来る人は何人か居るけど、彼女の理想がわからないと何とも言えないね」
「ハルト自身はどうなんだ?」
「それも会ってみないとわからないよ。でも結婚ね…」
リヴェスの真剣な問いにティハルトは笑いながら答えるも、自身の結婚について考え始めたのか遠い目をしている。
「お義兄さんは結婚したくないんですか?」
「いや、したくないわけじゃないんだけど、しないとなって思いながら良い相手が見つかってなくてね。それは僕が本気で探してないのもあるけど」
二人の両親が酷い人間性であったからこそ、自分が将来結婚して後継ぎを育てるというのに対し、あまり実感も出来ないし想像も出来ないのだろう。
ティハルトは両親のようになりたくないと強く思っているだろうし、未来の皇后選びにはかなり慎重になっていそうだ。
「私が今日イルゼに何となく聞いてみます」
「助かる。一応言っておくと、俺とは真逆の者が良いらしい」
「真逆?リヴェスは良い相手だと思うけど…、そう思ってるのは親しい僕らだけなのかな?」
「そう、かもしれないですね…」
ルーペアトからしてもリヴェスはやりたいことをやらせてくれるし、優しい人だから契約結婚の相手がリヴェスで良かったと本当に思っている。
だからこそリヴェスと真逆の人と言われれば、ルーペアトの知っている人だとノーヴァが頭に浮かぶのだが。
でもノーヴァの様な人が好みというわけでもないような気もする。
(全然わからない…)
恋愛に疎い三人ではイルゼの結婚相手を探すのは無理だ。
皇室の件が片付いてからでも問題ないそうだが、出来る限り早く候補は見つけないと信用に関わるだろう。
三人が頭を抱えている中、ハインツではノーヴァがある準備をしていた。
「ノーヴァ何してるの?」
「僕もヴィズィオネアに行くんだよ」
「え?!頼まれたことはどうするの!」
ティハルトに不在の間は国のことを頼まれているのにと、ウィノラはヴィズィオネアに行こうとするノーヴァを慌てて止めようとする。
「大丈夫さ。始めから僕らに頼まなくても国は何ともないよ。僕は何を言われても行くつもりだったし、あの人もそれをわかって僕が後で来れるようにしているんだ」
「そうだったの?じゃあ私も行って大丈夫だよね?」
「いや、ウィノラはここに残って」
「何で?!危ないのはもちろんわかってるよ、でも…!」
「絶対に駄目」
ウィノラは初めてこんなに真剣なノーヴァの顔を見た。
いつもお願いすれば叶えてくれていたノーヴァから、これだけは何が何でも叶えられないという意思を感じる。
「僕だってウィノラと離れたくないさ!でも…、皇太子がどんなことをしてくるかわからない。今回だけは…ウィノラを絶対に守れる自信がないんだよ…」
ウィノラの願いを拒むのはノーヴァも苦しい。
どんなことでも叶えてあげたいのが本音だ。
ヴィズィオネアに行きたいウィノラの気持ちもよくわかる。
それでも、今回だけはどうしても叶えてあげられない。
「僕の唯一の弱点は安全な場所にいないとだから」
「弱点?」
「…とにかく、僕のためにここに残って」
「……わかった」
ウィノラは残ることを渋々受け入れた。
(やっぱり私が行くのは足手まといだよね…)
ノーヴァは自分の気持ちに全く気づいていないウィノラを見て決心する。
「…ウィノラ、僕が帰って来たら聞いてほしいことがある」
「うん…待ってる」
「絶対帰って来るから、商会よろしく頼んだよ」
「…いってらっしゃい」
商会を出て行くノーヴァの姿に寂しさを感じながら、ウィノラは見送った。
(…話聞かせてね。何の話かわからないけど)
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次回は日曜7時となります。