第74話 ルーペアトの悩み
ルーペアトは馬車でリヴェスを待っている間、何故か複雑な気持ちになっていた。
(イルゼと何を話してるんだろう…)
二人は今日が初対面で関わりは一切なかったはずなのに、ルーペアトに聞かせられない話があるのが不思議だった。
リヴェスがシュルツ公爵と何か話していて、それに関する話だったとしてもルーペアトに隠す理由は何なのか。
ルーペアトの胸にあるモヤモヤとした気持ちは、ただ自分に対して隠される話が多いことに不満があるだけではなく、別の気持ちもあるような気がする。
その正体を突き止めようと考えていたが答えは見つからないまま、リヴェスが馬車へ戻って来た。
「待たせてすまない」
「大丈夫です、おかえりなさい」
リヴェスが戻って来てから、馬車はすぐに動き出した。
街の人達から話を聞けたし、貴族派のシュルツ家の協力も得られたことで今日はもう宿に戻るのだろう。
「イルゼと何を話していたんですか?」
きっと自分に言えない話がたくさんある。でも、聞かずにはいられなかった。
「シュルツ公爵の協力を得る代わりに、令嬢の結婚相手をハインツの貴族から相応しい人を選んでほしいと言われたんだ。それで一応好みを聞いてみたのだが、よくわからなかった」
「結婚相手…」
思っていた話と全然違い、ルーペアトは呆然としてしまった。
だってそれならルーペアトが居たって話が出来たじゃないか。
「だからルーも一緒に探してくれないか?俺の力だけでは無理そうだ」
「それは全然大丈夫です。ウィノラにも話してみます」
「助かる。リオポルダ男爵令嬢もこの手の話は詳しそうだな」
これ以上リヴェスからイルゼと話した内容は出てこないのだと、ルーペアトは悟った。
リヴェスは初めからイルゼの結婚相手を探すのに、ルーペアトやティハルトなど人に頼るつもりだったはず。
ハインツで他の貴族から邪険にされてきて、信頼出来る貴族の知り合いが少ないリヴェスは、自分の力だけでは探せないとわかっている。
だから、わざわざイルゼに直接好みを聞いたのはルーペアトに話せることを作っておくためだろう。
(私は契約妻だし、リヴェスと違って平民だったから、話せないことが多いのは仕方ないことなのかな…)
ルーペアトはリヴェスとの間に大きな壁を感じた。
身分という大きな壁が。
元々皇族だったリヴェスと平民だったルーペアト、本来ならこうして一緒に馬車に乗っているのだってあり得ないことなのだから。
(私より相応しい相手はたくさんいるよね…。イルゼだって、身分的にもお似合いだし…)
公爵家同士で身分も問題ないし、リヴェスが相手ならイルゼもしたいと言っていた花の世話も出来るだろう。
ルーペアトが離婚した後、イルゼがリヴェスと結婚したら、ルーペアトが育てていた花もイルゼが引き継いでくれると思うし、安心出来る。
一度離婚したリヴェスとの結婚をシュルツ公爵がどう思うかはわからないけども。
(…それが一番良いんじゃないかな。良いはず、なのに…)
胸にあったモヤモヤが大きくなって、酷く苦しいと感じる。
どうしてリヴェスと離婚した後のことを考えると苦しくなってしまうのだろうか。
リヴェスはルーペアトが暗い表情をしていることに気づいていたが、こんな時何もしてあげられない自分に嫌気が差して唇を噛んでいた。
(隠し事が多くて申し訳ない…。全部ルーの自由のためなんだ、どうか許してくれ…)
お互い悩みのせいでなかなか話し出せず、宿に着くまで馬車の中はとても静かだった。
宿着けば、ちょうど先程ティハルトも帰って来たところだったようで、部屋に行く前の廊下でばったり出会う。
「ただいま」
「おかえり、ちょうど良かった。今から部屋に行こうと思ってたんだけど…、何かあったの?二人共暗くないかい?」
「そうか?そんなつもりはなかったんだが」
「私も大丈夫です。何かあったわけではないので…」
「なら良いんだけど…、とりあえず部屋に入ろうか」
さすがティハルトだ。ルーペアトは気づかれないように取り繕っていたのにも関わらず、すぐに見破られてしまった。
自分の悩みにティハルトの手を煩わせるわけにはいかないと、気を引き締めて部屋に入る。
いつも通りの位置に座り、早速会議の時間だ。
「二人の話から聞くよ」
ティハルトはさっきの二人の表情を気にしてか、先に話すよう促した。
リヴェスが街でのことやシュルツ家での話を伝え、ルーペアトは黙ってリヴェスの話に耳を傾ける。
「貴族派か…、僕の方はその話聞かなかったね」
「そうなのか」
「僕が行った所は皇宮に近かったし、貴族派の話はしづらかったのかもしれないね」
リヴェスとルーペアトが集めた情報をティハルトに伝え終わり、今度はティハルトの話を聞く番だ。
皇宮に近かったのなら英雄に関する話がより出てくるのではないかと、ルーペアトは少し緊張してしまう。
「僕も最初は街の人達に話を聞くのは苦労したよ。身分を明かすわけにいかなかったからね。そんな中、手を貸してくれた人物がいたんだ」
ティハルトの良い情報を掴んだと言わんばかりの表情に、二人は固唾を呑んで次の言葉を待つ。
「フードを被った男だよ。恐らく、昨日話していた男と同じ人物だね」
「会ったのか…?!」
「本当に若い男だったよ。多分十六くらいじゃないかな?」
「十六…」
「ルーはやっぱり心当たりはないか?」
「はい…、ないですね…」
歳が近いなら会っていたら覚えているはずなのに、全く記憶にないということは、一方的にルーペアトを知っていると断言して良いだろう。
「彼は街で信頼されている人物みたいで、街の人達に声を掛けてくれて、それから話が聞きやすくなったよ」
「男から話は聞けたか?」
「それが、お礼を言おうと思ったらもう居なくなってて、話を聞きそびれたんだよ…。街の人達に聞いても彼のことは教えてくれないし、僕としたことが…ごめん」
「いや、会えただけでも十分だ」
ハインツの味方のように装っているのに素性を知られたくないとは、信用して良いのか駄目なのか判断がしづらい。
味方だと断定出来る根拠でも知れたら良いのだが、街の人も教えてくれないのなら、かなり難しいだろう。
「今日はこれくらいにしておこうか。二人の様子もやっぱり気になるからね」
「心配を掛けてしまってごめんなさい」
「謝らないで良いよ。母国に帰って来て色々考えてしまうのは当たり前だから」
「…そうですよね。ちゃんと気持ちの整理をしてきます」
そうしてルーペアトは先に部屋で休むことにした。
リヴェスも部屋を出て行ったからもう話すことはないのだろう。
てっきりルーペアトが部屋を出た後二人で話をすると思っていたのだが、予想は外れたようだ。
ルーペアトが眠りにつき、深夜に近い時間にティハルトとリヴェスは再び部屋で集まっていた。
この時間に話す理由は、ルーペアトの故郷に行かせていた部下が帰って来るのを待っていたからだ。
「どうだった?」
「リヴェス様が訪れた日の夜、男も訪れたそうです」
「何だと…?」
リヴェスは大きな溜息をついて頭を抱える。
まさか同じ日に訪れるとは。もう少し遅い時間に行っていたら、リヴェスも出会えていたと思うとかなり悔しい。
「それから、目の悪い者は男について詳しいようでしたが何も語ってくれず、唯一教えてもらえたのはフードを被った男はエデル、という名前であることだけです」
「エデル…、全く聞いたことがないな。わかった、もう休んでいいぞ」
「失礼致します」
部下を退室させ、二人はエデルという男について話し始める。
「エデルね…、ヴィズィオネアの貴族にその名はなかったよ。でも身なりが綺麗だったから平民ではないだろうね」
「名前を偽っている可能性が高いということか」
「今のところ考えられるのは、シュルツ家と同じく貴族派の者で、尚且つ彼女の血筋を知っていて、接触するために故郷を訪れ掃除をしている、って感じかな」
とりあえず平民ではないことと、名前がエデルであることがわかっただけでも良かった。
エデルは絶対に何か重要な情報を持っている。今度見かけた時には必ず話を聞かなければ。
読んで頂きありがとうございました!
次回は木曜7時となります。