第73話 イルゼの気遣い
ルーペアトは侍女に案内され、イルゼの部屋へと向かった。
「お嬢様、お客様がいらっしゃいました」
「入って」
扉を開けてもらい中に入ったルーペアトはイルゼに対し、謝罪の言葉を口にする。
「突然ごめんなさい。次会う時はちゃんと約束して会いたかったんだけど、あまり時間がなくて」
「全然気にしないわ。でも、せめてヴィズィオネアに来ていたなら先に言ってくれても良かったのに」
「そうだね、ごめん」
「良いわよ。ほら、座って」
「ありがとう」
イルゼがルーペアトに席へと座るよう促した後、侍女にお菓子とお茶を持って来るように指示していた。
家ではあまりお菓子を食べないと行っていたが、ルーペアトが来たから気を遣ってくれたのだろうか。
「本当に急だったのに、お菓子までありがとう」
「お客様だし、と、友達だから当たり前でしょう?」
「ふふ、ありがとう」
照れながら友達と言うイルゼを見て、ルーペアトは自然と笑みを浮かべていた。
少し緊張していたが、おかげで気が楽になる。
「それで、時間がないって言ってたけど帰るわけじゃないのでしょう?あなたの夫はお父様と話しているようだし」
「実は私はリヴェスとハインツの皇帝陛下と一緒にこの国に来たの。理由はヴィズィオネアを変えるために皇室をどうにかしようと思って」
「そうなのね。確かに家は貴族派だから、それを聞いて家に来た、ということかしら」
「うん、そうだよ」
イルゼはお茶を飲みながら何か考えている様子だった。
ハインツの人間が国を変えるために隣国にやって来るなんて、普通は考えられない話だ。
国の領土を奪うわけでも、協定を結ぶわけでもないのに。
「私は協力するわよ。きっとお父様もそう言うわ」
「あ、ありがとう。何でわかったの?私達が協力を求めて来たことを」
「さっき家に来たのは貴族派だからということにあなたは頷いたじゃない。後は何となくよ」
「何となく…」
「私の勘は当たるのよ」
イルゼは誇らしげな表情をしていた。
最初はヴィズィオネアの内情を探るために近づいたのに、こんなに心強い味方になってくれて本当に頼もしい。
目的があって近づいたこと、今回の件が終わったらちゃんと謝罪をしなければ。
「イルゼの家はどうして貴族派なの?皇室に忠誠心はないって言ってたけど」
「それはお父様の意思、というのもあるけど、私は公爵令嬢だから皇太子殿下の婚約者の最有力候補になってるのよ。貴族派を取り込む狙いもあるでしょうし」
「その皇太子殿下って、やっぱり人柄が良くないの?」
ヴィズィオネアの皇太子についてルーペアトは全く知らない。
もちろんそれはリヴェスとティハルトが話をしないようにしているからだが。
「良くないどころじゃないわ。不敬だけど、本当に最低な男よ!」
「やっぱりそうなんだ」
イルゼが声を大きくして強く言葉を放った。
その姿を見て、余程性格が悪い男なのだとルーペアトは理解する。
何だかんだ言って誰にでも優しくしてそうなイルゼがここまで嫌うとは。
「婚約者候補だから、どうしても会わないといけない時があって、その時の私を見下す態度とか。とにかく、ぞんざいな扱いをいつもされるのよ…!」
「それは酷い…」
「あんな男の妻になんてなりたくないわ。私が殿下を悪く言ったのは内緒よ?」
「わかった」
ルーペアトは強く頷いた。
イルゼが皇太子に不敬を働いたなんて密告をするつもりはもちろんない。
「私も皇室は好きじゃないから」
そう前置きを言った後、実は…とルーペアトは自分の秘密を話し始める。
「私、本当はヴィズィオネア出身なの」
「ヴィズィオネア出身…」
それを聞いてイルゼは目を見開いて驚いているようだったが、それから何も言わず次の言葉を待っている。
「英雄というのも私で…、どういうわけかそれを知られてしまって、イルゼに出会う前に私はヴィズィオネアの者に連れられて。そこから私も過去と向き合って、ヴィズィオネアを変えようという流れになって今に至るの」
「ああ、確かに私がハインツに行く前、殿下が騎士を連れてハインツに行っていたわね」
「そうなの?!それは…知らなかった…」
皇太子が来ていたなんて知らない。
小屋に閉じ込められていた時、私を人に会わせると言っていたが、それが皇太子だったのだろうか。
もしかしたらリヴェスの方に皇太子が居たのかもしれない。ルーペアトがリヴェスの元に着いた時、それらしき人物は見当たらなかったが、その時に居た可能性は全然ある。
(もし会っていたなら、どうしてリヴェスは何も言ってくれなかったんだろう…?)
ルーペアトがそのことを考えていると、イルゼが小さく「そういうことね」と呟いていた。
そう言ったのは、ルーペアトが来た理由に納得したからだろうと思い込んだ。
別の理由があるとは思わずに。
それから色々な話をしていると、侍女からリヴェスの話が終わったと報告を受けた。
「そろそろ行かないと」
「見送るわ。行きましょう」
イルゼと共に部屋を後にし、リヴェスの元へと向かった。
リヴェスの表情から察するに、イルゼの父親からも協力を得られることになったとわかる。
「どちらも目的を果たせたようね。何かあったらすぐに連絡するわ」
「うん。今日はありがとう」
このまま屋敷を出るのかと思いきや、リヴェスが歩き出さないため不思議に思い振り返ると、リヴェスが口を開いた。
「悪い、先に行っていてくれないか?彼女に話がある」
「え?はい、わかりました…」
何を話すのだろうと思いながらも、イルゼにお辞儀をしてルーペアトは外に出て馬車へ向かった。
「話、というのは彼女についてでしょう?」
「そうだ」
イルゼはリヴェスから話があるだろうとわかっていたのだ。
だから部屋でルーペアトを見送るのではなく、わざわざ玄関まで見送りに来た。
「正体は気づいたんだろう?それでどうした」
「あなたが心配するようなことは何も言ってませんわ」
「そうか。意外だな。皇太子の婚約者候補から外れるにはルーが必要だから、令嬢にルーが心を許していても俺は警戒していたが」
「酷いですわね。あんな皇太子に友達を渡すわけにいかないでしょう。そもそもあなたたち夫婦じゃない。仲を割くはずないわ」
公爵令嬢のイルゼが最有力候補から外れるには、皇太子の妻としてもっと最適な人物が現れる必要がある。
それが皇族の血筋を持つルーペアトというわけだか。
ミランはルーペアトは従兄にあたるが、ヴィズィオネアの皇室はそんなことを気にしなさそうだ。
「ルーが皇族だと知ってしまう様なことも言ってないんだな?」
「言ってないわ。明らかに知らなそうだもの。知ってて隠したいならヴィズィオネア出身だなんて言わないわ。髪色でわかってしまうもの」
イルゼはルーペアトの事情を完全に理解していた。
ルーペアトが自分の本当の身分を知らないことも、リヴェスが皇太子であるミランのことを教えていないのも。
「なら良かった。シュルツ家は信用しても大丈夫そうだ」
「あ、でも一つあなたに謝らないといけないわね」
「何だ?」
その言葉にリヴェスは眉を顰めた。
「皇太子がハインツに行っていたことを話してしまったわ。そこまで知らないとは思わなくて」
「それなら謝る必要はない。むしろ謝るのは俺の方だ。気を遣わせてしまったな、すまない」
「べ、別にあなたのためじゃないですし、謝罪なんていりませんわ」
「そうだな、ルーのためだったな」
イルゼの言葉にリヴェスは面白そう笑っていた。
「あ、あなた…!彼女と同じく、私を面白がっているでしょう…!」
「悪い。ルーが令嬢と仲良くなったわけがよくわかった」
「なっ…!も、もういいでしょう!話は終わりですわ!」
イルゼは耳まで真っ赤に染まっている。
早く帰れと言わんばかりにリヴェスを睨んだ。
「ああ、戻る。ルーをこれ以上待たせるわけにはいかないからな」
「はいはい、惚気はいりませんわ」
「そうだ、最後に令嬢の好みはどんな男だ?」
協力の条件を忘れてはいけない。
せっかくの機会だから聞いておかなければ。
「いきなり何ですの?!早く帰りなさいよ!」
「シュルツ公爵と約束した」
「意味がわかりませんわ!…まあ、あなたとは正反対な人が良いですわね。後は私のやりたいことをさせてくれるとか…って!私の好みはいいでしょう…!」
「参考にさせてもらう。では失礼する」
「本当に何なんですの…?」
リヴェスと話終えたイルゼは叫び過ぎて息を切らし、完全に疲れきっていた。
聞きたかったことも聞き終わり、リヴェスは急いでルーペアトの元に戻る。
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次回は日曜7時となります。