第72話 協力を得るために
馬車の中でルーペアトはイルゼと話した時のことを思い出していた。
「そういえば、イルゼは皇室に忠誠心はないと言ってました。シュルツ家が貴族派の筆頭なら、イルゼの両親もその可能性は高いですよね」
「なるほどな…。ハインツに来たことを怪しんでいたが、杞憂だったのか」
考えてみればハインツの情報を探るにしても、堂々のヴィズィオネアの貴族だと言って入国はして来ないだろう。
あの一件があったことで、人を送り込めば警戒されることは馬鹿でもわかる。
「協力を得るために相応の対価を考えないとだな」
何の対価も無しに協力はしてくれないだろう。
求められた対価によっては、協力を得ることを断念しなくてはならないかもしれない。
(…金か、国での地位を上げてくれとかなら楽で良いが)
それからリヴェスは馬車の中で、シュルツ公爵と話す内容を考え込んでいた。
シュルツ家に着き目に入ったのは、ヴィズィオネアで今まで見たどの屋敷よりも豪華な家だ。
もちろんロダリオ家ほどではないが、それでも立派な家。さすが公爵家なだけある。
馬車から降りて門番へと声を掛けた。
「ハインツのリヴェス・ロダリオだ、そして彼女は俺の妻であり、シュルツ公爵令嬢の友人だ。話があるのだが、当主か令嬢のどちらかは屋敷に居るか?」
「お二人共いらっしゃいます。すぐに話をして参ります」
「ああ」
門番が屋敷の中に入って行った後、暫くして門番と執事が出て来て門の中へと通される。
「旦那様の元にご案内致します」
「よろしく頼む。妻は令嬢の方に案内してくれるか?」
「かしこまりました」
執事は近くに居た侍女に声を掛け、ルーペアトの元に近付いて来た。
「お嬢様のお部屋へ案内致します」
「ありがとう。ではリヴェス、お願いします。私も出来ることはして来ますね」
「任せてくれ。じゃあまた後で」
「はい」
リヴェスは執事の後をついて行き、シュルツ公爵の元へ向かった。
執事が声を掛け扉を開けてもらい、リヴェスは部屋へと入る。
「突然の訪問に誠に申し訳ない、対応して頂き感謝する。改めて、リヴェス・ロダリオだ」
「いえ、ハインツのロダリオ公爵に会えて光栄です。早速話を聞かせてもらえますか?」
「もちろんです」
席へと促されたリヴェスはシュルツ公爵の前に座った。
無駄な話をすることなく、すぐに本題に入ろうとしてくれるのは助かる。屋敷や仕事から考えるに、仕事が出来る人間なのだろう。
協力を得ることが出来たら、間違いなく強い協力者になる。
「私はヴィズィオネアを変えるべく、妻と皇帝と共にこの国へ訪れました。街で話を聞いていれば、あなたが貴族派の筆頭だと聞き、協力を得られないかと伺った次第です」
「話はわかりました。ですが、何故自分の国ではないこの国を変えようと?」
「私の妻がヴィズィオネア出身で、目的は妻の意思であり私の意思でもあります」
「なるほど、奥様がヴィズィオネア出身で…」
もう少しこちらの情報を開示する必要がありそうだ。
ルーペアトの母国だからという動機だけでは納得してもらえないだろう。
そう思い、リヴェスが情報を追加しようとしたところ、先に口を開いたのはシュルツ公爵だった。
「奥様は私の娘とハインツで仲良くなった方で間違いありませんか?」
「間違いありません。妻はルーペアト・ロダリオです」
「やはりそうでしたか、娘がお世話になってます。しかしそうなると、娘から奥様は金髪であると聞いていますが、ヴィズィオネア出身…というのはどういうことでしょう」
イルゼがシュルツ公爵にルーペアトの話をしているだろうとは思っていたものの、髪色まで伝えているとは思わなかった。
が、恐らくルーペアトはイルゼに正体を明かすつもりだろう。
だから知られても問題はないし、すぐに気づいてくれて好都合だ。
「あなたの想像通り、妻はヴィズィオネアの皇族。ですが、妻はそのことに気づいていません」
「気づいていない?」
「はい。あなたもヴィズィオネアの英雄は聞いたことがあるでしょう、妻が正にその英雄です。英雄は赤髪だと言われていますが、本当は金髪であり一緒に戦っていた者はそうであることを知っている。なのに、英雄が皇族だと言われることがなかった。あなたならどうしてか、わかりますよね」
察しの良い貴族派のシュルツ公爵ならわかってくれるだろう。
「皇室が英雄を皇族だと明かしたくなかった、ということですね。その方が都合が良い」
「そうです。そして数週間前、ミラン皇太子が妻を誘拐しようとし、私に対し騎士を連れて襲撃して来ました。そこで同じく戦いを起こすのではなく、根本的に皇室だけを排除するつもりです。民と街を傷つけることは絶対にしません」
リヴェスの話を聞いてシュルツ公爵は考え出す。
後一押しで協力を得られそうだ。
「皇室を排除した後は私が皇帝になり、ヴィズィオネアを良い方向へと導きます。ハインツの国政もあなたはよくご存知でしょう。それに、妻の両親が生きていれば任せることも出来ますし。どうか私達に協力してもらえませんか」
シュルツ公爵は暫く悩んだ後、頷いて口を開いた。
「…わかりました、協力致しましょう。ですが、一つお願いしてもよろしいですか?」
「ええ、何でも聞き入れます」
どんなお願いが来るだろうとリヴェスが構えたところ、お願いというのは予想していたものよりずっと簡単で驚くものだった。
「娘にハインツで良い結婚相手を見つけて欲しいのです」
「それだけで良いの…ですか?」
驚き過ぎて思わず素の口調が出てしまうところだった。
「はい。娘が家を継ぎたくないのは察していてね、ハインツに行ってからやりたいことも増えたみたいで…。これまでやりたいことをさせてあげられなかった分、この願いは叶えてあげたくてね。この国は本当に酷い有様ですから。あなたなら娘に良い人を見つけてくれそうだ」
「必ずあなたも納得のいく相手を見つけましょう」
「お願いします」
シュルツ公爵の協力が得られて一安心だ。
しかし、お願いを受けたは良いものの、結婚相手に最適なのは誰だろうか。
リヴェスからしたら周りに良い人間はほとんど居ない。居たとしてもわからない。
昔から貴族には陰で嘲笑され蔑まれていたからだ。
知っている人で良い人なんて…
(ハルト…は逆に駄目か…?)
ティハルトは喜んで勧められるほど良い人ではあるが、それだとイルゼのやりたいことというのが出来なくなってしまう。
(これはルーとハルトに相談した方が良いな)
一旦、リヴェスはイルゼの結婚相手を考えるのは止め、これからのことを考え始めた。
読んで頂きありがとうございました!
次回は木曜7時となります。