第69話 三年ぶりの我が家
適度に休憩を挟みながら移動していき、始めは見たことがない景色ばかりが続いていたが、次第に見覚えのある場所まで行くことが出来た。
「…この辺りは来たことがあると思います。まだ兵士になったばかりの頃、練習に来ていた場所と似ているので」
「なら、この街の近くということだな」
かなり前の話のため、当時と比べれば街並みは変わってしまっているが、ヴィズィオネアが家の造り方をほとんど変えないおかげで気づけた。
その後、また数十分と馬を走らせ森を抜ければ、ルーペアトがはっきりと覚えている街が現れる。
「っここです!」
ルーペアトが街を見つけた嬉しさに叫べば、リヴェスは馬を止めた。
「ここか」
「はい」
リヴェスの手を借りて馬から降り、ここから先は歩いて道を進んで行く。
街へ近づいていく程、昔の記憶が蘇る。
(私…帰って来たんだ…故郷に)
街並みは全くと言って良い程変わっていない。それだけ皇室の手が回らない街だったのだろうか。
幼い頃はこの街がとても大きい街だと思っていたのに、大人になった今来てみればとても小さく見える。
そんなことを考えていたが、街に近づけば近づく程違和感を覚えた。
もうすぐ昼の時間だというのに、人の姿がないのだ。
「どうしてこんなに静かなの…」
「街並みが変わっていないのは同じ造りだからではなく、昔のままだから、だったんだな」
ルーペアトは街へと駆けて、詳しい状況を把握しようとした。
が、住宅の前まで来ても人の姿は見られない。
「なんで…なんで誰も居ないの…?」
家が無事なことを考えると襲撃されたわけではなさそうだ。
ルーペアトが最後に戦っていた場所もこの近くではないし、戦争の影響は街になかったはずなのだが。
「誰か一人は居るかもしれない。探してみよう」
「…そうですね」
街中を歩き始めるもやはり人の姿はなく、商売をしていた店は閉められ、農業をしていた地も長らく放置されているのか雑草が生い茂っている。
結局、誰とも出会えないまま自分が住んでいた家に辿り着いてしまった。
「ここが私の家です」
自分の家も変わっていなかった。
色んな気持ちが込み上げてくるが、ひとまず落ち着いて一歩を踏み出す。
家の中も気になるが、ルーペアトは先に庭へと向かった。何故ならそこには、母が育てていたはずの花たちがあるから。
「え…」
ルーペアトは目の前の光景に言葉を失った。
それは何かが変わっていたからじゃない、何も変わらず花が咲いていたからだ。
「花が咲いているな…。他の場所は野花しか咲いていなかったのに」
リヴェスも庭の光景に驚いている様子だった。
「…不思議ですね」
ロダリオ家で庭の手入れをしているルーペアトにはわかる。
庭の花は何もしないと枯れてしまうだけで花は咲かない。だから誰かが義母の庭を手入れしている。
街に人が居るというのは明らかだ。
「誰も居なくなったわけじゃなくて良かった」
そのことに安心してホッと胸を撫で下ろした。
庭を一通り見終えて、後は家の中だけだ。庭が手入れされていたことから、家の中も綺麗にされているかもしれない。
そんなことを考えながら恐る恐る扉を開ければ、思った通り中は掃除がされていた。
「家の中まで掃除されてるなんて、誰がしてるのだろう」
「他の家は手入れされているようには見えなかった。ルーの家だけ、というのが気になるな」
いつも三人で食事をしていた机を指で撫でるも、埃一つ手につかない。
それだけ頻繁に掃除がされている。
「街に繋がりの深い人物が居たのか?」
「…私は兵士のことで忙しかったし、両親が近所の人とどのくらい親しかったのか、あまりわからないかな」
「そうか」
リヴェスが考えごとをしている間、ルーペアトは他の部屋を見始めた。
どの部屋も同じく掃除がされており、ますます誰が掃除をしてくれているのか気になってくる。
最後に自分が使っていた部屋へと入れば、机の上に知らない手紙が置いてあった。
(なにこれ…こんなの知らない…!)
あの日、ルーペアトが家を出る前に手紙は置かれていなかったし、義両親もルーペアトより先に家を出ていた。
義両親が殺される前に家に帰っていなければ、この部屋を片づけていた誰かが見つけ、ここに置いてくれたのだろう。
ルーペアトは早速手に取った手紙の封を開け読み出す。
『ルーがこの手紙を読んでいるということは、私達はもう死んでいるでしょう。
今は辛いかもしれないけれど、私達はこれまでの幸せな思い出と共にルーの傍にいます。例え血が繫っていなくても、私達はルーのことが本当に大好きだし、これからも幸せでいて欲しい。
この先ルーに困難が待ち受けていると思うけれど、ルーなら絶対大丈夫。私達が信じてるわ。
頑張って! ルーを愛する母、父より
追記 両親が生きていても、どうか責めないであげてね。二人も本当にルーを愛しているから。』
「…お母さん、お父さん…私も大好きだよ」
ルーペアトの目には自然と涙が溢れていた。
手紙という義両親の想いを胸に抱き、思い出を噛み締める。
(…二人はこうなることをわかっていたんだ)
この先ある困難とは、ヴィズィオネアの皇室に異を唱えようとしていることだろう。
それと、本当の両親のことをわざわざ追記してまで書いたのにも理由があるはずだ。
本当の両親はルーペアトが生まれた後すぐに預け、今生きているかわからないと聞かされていた。
義両親の書き方を考えれば、本当の両親が誰でどこに居るのかもしかして知っているのではないだろうか。
本当の両親を探すには手掛かりがなさすぎるため一旦考えることは止めて、街で再び人を探すために部屋を出れば、扉の近くにリヴェスが待機していた。
「待たせてしまってごめんなさい」
「全然構わない。ルーのために来ているからな」
「ありがとうございます。もう大丈夫なので街に行きましょう」
「わかった」
ルーペアトは手紙を仕舞い、三年ぶりの我が家を後にした。
家を出て数分後、やっと人の姿が見える。
「すみません、話を聞いてもいいですか?」
「…もしかして、兵士になった嬢ちゃんじゃないか?」
「私のことを知っているんですね」
「俺は目が悪いが、嬢ちゃんは金髪だったからよく覚えてる」
誰にも金髪のことには触れられなかったものの、皆金髪なのは気になっていたようだ。
「街の人達はどこに行ってしまったんですか?」
「二年程前だったか…戦勝して暫く経ってから兵士だったもんは皆、都心まで連れて行かれて人が減っちまったんだ。家族が居たもんは一緒に都心に行き、それ以外のやつも別の街に行って、残ったのは俺だけだ」
「そんなことが…」
家が昔のまま残されていたのはそういうことだったのかと納得した。
同時に国のために戦った結果がこれなのかと落胆する。
「どうして街に残ろうと?」
「目が悪い俺が行ったって邪魔になるだけさ。一人で気楽に過ごす方が良い」
「寂しくないですか…?」
孤立している街に一人で、しかも目が悪いとなれば、不自由で誰にも頼れない。
そんな生活が苦しくはないのだろうか。
「…昔はそう思った時期もあったな。今は時々人が来て話し相手になってくれてるさ」
「どんな人なんですか?」
「フードを深く被っていてな、どんなやつかわからんが若い男だ。嬢ちゃんより背も低い」
「そんな人が何で街に…」
「そうだ嬢ちゃん、家は見たか?綺麗だっただろう。掃除しているのもその男だ。大切な場所だから何とか言ってたはずだ。お前の家じゃないだろうに」
(私より背が低い若い男?兵士の時の知り合いかな?でも親しかった人は居ないし、私の知り合いじゃないのかな…?)
全く見当がつかない。今はルーペアト以外にあの家が大切な人なんて居ないはずなのに。
本当の両親ならルーペアトより背が低いはずがないし、若いと思われないだろう。
歳もルーペアトより下だと考えると、謎すぎる。
「教えてくれてありがとう。長生きしてね」
「ああ、嬢ちゃんも元気でな。旦那も出来たみてぇだしよ」
「え、ええ」
リヴェスのことを旦那と呼ばれ、間違ってはないのだがルーペアトは少し動揺してしまった。
(やっぱりそう見えるんだ…)
目が悪くてもそう見えるなら、ヴィズィオネアに来てからずっと新婚旅行に来た夫婦とでも思われていると思うと、何だか恥ずかしい。
でも嬉しいような気もする。
男と別れ目的を果たせた二人は、ティハルトの元に帰るために止めて置いた馬まで戻る。
「街の皆が居なくなってしまったのは悲しいけど、良い話が聞けて良かったですね。連れて来てくれて本当にありがとうございました」
「俺の方こそありがとう」
もう道を覚えたから、これからはいつでも行けそうだ。
やることが終わったらまた戻って来たい。
読んで頂きありがとうございました!
次回は日曜7時となります。




