第62話 どうしてこんなことに
会議が終わり退席しようとしていたところ、リヴェスは席から立ったまま動かずルーペアトに声を掛ける。
「すぐに行くから先に行っててくれ」
「…わかりました。行こう、ウィノラ」
「うん」
ルーペアトはリヴェスがティハルトと話をするからだと察した。
イルゼに会いに行った日、ティハルトがお忍びで街に行っていたことについて聞くのだろう。
二人は客室を後にして、話しながらそれぞれの馬車へと向かった。
残ったリヴェスは椅子に座り直し、少し不満気にティハルトを問い質す。
「何で街に行くことを事前に話してくれなかったんだ?」
「街に行くくらいだし、言う程じゃないかと思って……ごめん」
「それだけなら大丈夫だし良いけど、本当にそれだけのためだったのか?」
「…商会には行ったよ。彼に会議のことを伝えるためにね」
(…ノーヴァか)
ティハルトは基本的にリヴェスに隠し事をしたりしないのだが、ノーヴァに関することだけは何か隠している気がする。
両親の死亡理由を偽った記事など、リヴェスが知らないところで二人の間に何があったのか。何故それを自分に話してくれないのか、わからない。
(ノーヴァがよく考えるよう言っていたことには、このことも含まれているのだろうな…)
「彼に言われたことの答えはまだ出てなさそうだね」
「っ…!…そうだな」
まさかあの時話したことまで知られているとは思わず、大きく目を見開いて驚いた。
ノーヴァはそのことまでティハルトに話しているのかと溜息が出る。リヴェスの友人だったのに、もはやティハルトの友人のようになってしまっている。
「二人のことだから、僕は見守るつもりだよ。でも、どうしようもなくなった時は助言するから、ね?」
「ああ、ちゃんと自分で答えは出すよ」
「応援してる!」
ヴィズィオネアのこともあるし、ノーヴァのこともあるし、問題は山積みだ。
暫くは身体を動かすよりも頭を使うことになるだろう。
「じゃあ明日」
「うん、またね」
リヴェスも客室を後にして、ルーペアトの待つ馬車へと向かった。
「待たせて悪い」
「いえ、お義兄さんとの時間は大事ですから」
ハインツがこんなに良い国なのも、ルーペアトが自由に生きていられることだって、リヴェスとティハルトのおかげだ。
その二人が話し合う時間を邪魔してはいけない。一応ルーペアトも家族とはいえ、話せないことは多々あるだろう。
「そういえばお義兄さんが街に行っていた日、人と会ってたと言ってたんですけど、相手はノーヴァでしたか?」
「ああ、そうだ。何でわかったんだ?」
「ノーヴァは会議の内容を知ってるみたいだし、お義兄さんもノーヴァが来ないとわかっていた様子だったから、そうなのかなって」
「なるほどな」
会っていたのがノーヴァだとわかったが、より街に行っていたことをリヴェスに黙っていた理由が考えつかない。
でもノーヴァと会っていたことまで話したということは、それほど深い理由はなかったのだろう。隠すつもりはなくて、言う必要もないと判断していたんだと思う。
「ノーヴァって自分の本音をあまり口にしないですよね。絶対ウィノラに好意を持ってるのに、それをちゃんと言葉にして伝えないのが本当にもどかしい…」
「自分の本音を口にしない、か…」
確かにノーヴァは質問してくるばかりで自分の気持ちを話そうとはしない。だからこそリヴェスはノーヴァが何を考えているのか全くわからないのだ。
リヴェスの秘密を守っている理由だって考えても見当がつかない。
「リヴェスはどうしてノーヴァと犬猿の仲になったんですか?昔は仲が良かったけど、言い争いをしてから会わなくなったとウィノラに聞いて…」
「…俺が皇族の身分じゃなくなったことを伝えた時、ノーヴァはかなり怒ったんだ。あの時の俺は自分が悪いことをしたから怒られていると思って、ただ謝ることしかしなかった。それでノーヴァは呆れて去っていったんだ」
(そっか…リヴェスは冷遇されてたから…)
リヴェスは悪いことをしたことに怒っているのと、リヴェスを想って怒っていることの区別がつかないのだとルーペアトは気づいた。
だからノーヴァはリヴェスが両親を手に掛け、皇族という良い身分を手放したことが悪いと怒ったんじゃなく、本当はー
「ノーヴァはリヴェスに皇族のままでいてほしかったんじゃないですか?」
リヴェスはルーペアトの言葉に気づかされた。ノーヴァが怒っていた時、確かに『身分まで捨てる必要はないじゃないか』と言われいたのだ。
その後にはこれからどうやって生きていくのかと。
ノーヴァはリヴェスの今後を心配してくれていたのだと、ようやく理解した。
「そうか…そうだったのか…」
リヴェスはノーヴァに嫌われたと思っていたが、それも間違いだったと気づく。
だからノーヴァはリヴェスの秘密を守っている、それが答えだ。
「…ノーヴァとちゃんと話してみるよ」
「はい。元の関係に戻れると良いですね」
誤解が解けたのだから、もう二人のことは心配なさそうだ。
ルーペアトは二人の仲が昔のように戻ればと思っていたから、仲直りが出来る兆しが見えて嬉しい。
ウィノラも喜ぶことだろう。
ーそう思っていたのに
翌日の朝、リヴェスとルーペアトが執務室で今後について話していた中、ジェイが一枚の紙を持って大慌てで部屋に入って来た。
「慌ててどうした?」
「リヴェス!この記事を見て下さい!」
そう言ってジェイが差し出した記事を見たリヴェスは眉をひそめて記事を強く握った後、リヴェスは掛けてあった外套を取り部屋を飛び出してしまった。
「リヴェス?!」
ルーペアトはくしゃくしゃになった記事を広げ、書かれていた内容に驚いた。
ハインツの皇帝がヴィズィオネアに招待されたと大々的に書かれていたのだ。
昨日の会議でこのことは内密にしておくと話し合ったというのに。こんなことをするのは一人しかいない。
(何で…?どうしてノーヴァはこんなことを?)
ルーペアトも急いでリヴェスの後を追いかける。
しかし、外に出てもリヴェスはもう行った後で姿が見えない。
リヴェスは馬で行ったはずだ。けれどルーペアトは一人で馬に乗れないし、でも馬車で行くのは遅すぎる。
「どうしよう…早く行かないとなのに」
こうなったら走るしかないのかと悩んでいたところ後から馬の足音が聞こえ、ルーペアトは振り向く。
まだリヴェスが行ってなかったのかと思いきや、乗っていたのは以外な人物だった。
「お嬢様、乗って下さい」
「ハンナ?!」
ハンナも馬に乗れたのかと驚きつつ、今はそれどころではないため、馬に乗るのは二度目だが上手く飛び乗れた。
「しっかり手綱を握ってて下さいね。かなり飛ばしますので」
「わかった」
ハンナの合図で馬が走り出す。前に乗った時とは比べ物にならない程に速く、手綱を本当にちゃんと握っておかなければ振り落とされてしまう。
少し怖くはあるが、この速さならリヴェスの元にすぐ行けるだろう。
そうして商会に着き、急いで中へと入ればリヴェスがノーヴァの胸ぐらを掴んでいた。
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次回は土曜7時となります。




