第59話 イルゼとの別れ
「ふぅ…もう食べられないわ」
「かなり食べたね」
「いつもこんなに食べるわけじゃないわよ!た、ただここのが美味しかったから食べれただけなんだから…!」
「喜んで貰えたなら良かったです!」
イルゼは一人で店のメニューの半分を完食していた。一つ一つのお菓子が小さいとはいえ、ルーペアトは三つでお腹がいっぱいになるくらいだ。
その三倍以上イルゼは食べている。
(私も見習わないとな…)
別に甘いものである必要はないが、ルーペアトも食事はたくさん取らなければいけない。
剣を扱う者としては食事の栄養も考えつつ量を増やし、運動をして筋肉と体力をつける必要があるからだ。
ヴィズィオネアに居た頃は戦闘や訓練に成長期も相まってよく食べていたが、両親を亡くしてからストレスのせいか食べる量が減っていた。
ロダリオ家で過ごすようになってから少しは食べる量が増えたが、まだまだ全然足りない。
「そろそろ私は母国に帰らないとね…」
イルゼは憂鬱そうに呟いた。
その姿を見ていたルーペアトは一つ提案をする。
「私とウィノラがイルゼの母国に行った時は、イルゼが案内してくれない?」
「それ良いですね!是非お願いしたいです!」
最初は目を見開いて驚いていたイルゼは次第に顔が赤くなっていき、顔を背け表情がわからないようにしているが、嬉しさが抑えられていないのが見てわかる。
「わ、私は隣のヴィズィオネアの出身よ。来た時はシュルツ家を訪ねるといいわ」
「ありがとう」
これでヴィズィオネアに行った際にイルゼを訪ねることが出来るようになった。イルゼを通してヴィズィオネアの状況を聞くことも出来るだろう。
三人とも立ち上がったところで、ルーペアトは最後に聞いておいた方が良いことを思いついた。
「そういえばイルゼは皇室に忠誠心ってある?」
「急な質問ね。まあ、そうね…、正直に言って私はないわ。私は家業も継ぎたいと思っていないし…」
「それはなんで?」
「元々不満があったのだけど、ハインツに来てこの国の良さを知ったら、より母国が嫌になったわ…」
「…そっか」
(やっぱりイルゼも、ヴィズィオネアの皇族も政治のやり方も好きじゃないんだ)
イルゼの話を聞いていると、色々制限されて自由がないことがわかった。ハインツに来ればイルゼのやりたいことは叶えられると思う。
ルーペアトとウィノラもイルゼとは打ち解けて仲良くなったし、イルゼが望むならハインツにいてほしいが、事はそう上手くいかないだろう。
(英雄の私がヴィズィオネアとの件を片づけないと…)
全て片づいたらイルゼはハインツに来やすくなるはずだ。
「頑張ってね」
「え?頑張るけど…」
「私も頑張るから」
「…何を?」
「まあ、それはいいでしょ」
それから三人は店を出て、少し歩いたところでイルゼとはお別れだ。
「私はここで失礼するわね」
「またね」
「次会った時もまた甘いもの食べましょうね!」
「ええ、じゃあ」
イルゼは淑女らしくお辞儀をし、背を向けて宿の方へと帰って行く。
ヴィズィオネアの情報を聞き出すために近づいたのに、まさかここまで仲良くなるなんて思っていなかった。
「今日のことをリヴェスに報告したらかなり驚かれそう」
「私もノーヴァに話したら頭を抱えると思う」
何も問題は起きなかったし、むしろ良いことしか起きていないから大丈夫だろう。
「私たちも馬車に戻ろうか」
「そうだね!」
イルゼの姿が見えなくなり、二人も乗って来た馬車を停めていた場合まで向かう。
店でかなり話し込んでいたため、もうすっかり日落ちが近づいてきている。
「ウィノラはさ、ノーヴァのことどう思ってるの?」
「ノーヴァ?」
「うん。幼馴染だけじゃなくて他の感情とか」
「うーん…、ずっと一緒に居たから家族みたいな存在かな…?」
「そうなんだ」
(ノーヴァ…頑張れ…)
こればかりはノーヴァは可哀想に思えてくる。でも家族のように見られているなら、もっとウィノラに愛情表現しても良いと思うのだが。
ウィノラのために店を買収しても、それで愛が伝わるわけじゃない。
「ノーヴァはそう思ってなさそ―」
ルーペアトは話している途中で、見知らぬ男がこちらを見ていることに気がついた。
「どうしたの?」
「ウィノラ、走るよ」
「えぇ?!」
ルーペアトはウィノラの手を取り、急いで馬車へ向かう。
目線だけを動かして男を見れば追いかけて来ている。
(ヴィズィオネアの人間?)
服装は平民が着ているものより綺麗だし、帽子も被っていることから変装しているに違いない。
しかし、外出用とはいえドレスで走るのはかなり大変だ。ルーペアトは良いとしても、ウィノラが辛いだろう。
男の方が歩幅もあって動きやすい分、簡単に追いつかれてしまいそうだ。
(…剣でどうにかするしかないか)
ルーペアトはウィノラを誘導して、人気の少ない路地に入る。
そしてウィノラを守るために前に立ち、入って来た方を向いて柄に手を掛けた。男が入って来たら剣を抜いて正体を聞く。
ルーペアトが集中して前を見ていたら、やはり男はルーペアトに気づき路地に入って来ようとしたため、剣を抜こうとしたその時。
「待って待って、怪しくてごめんね」
男がそう話し掛けて来て、ルーペアトは剣を抜くのを止めた。
その声に聞き覚えがあるからだ。
「もしかして…お義兄さん?」
「そうだよ。お忍びで街に出かけたら君を見つけたから声を掛けようと思ったんだけど、さすがにわからなかったよね」
ティハルトは申し訳ないと落ち込んでいた。きっとリヴェスなら気づいていただろうから、その感覚でルーペアトに声を掛けたのだろう。
近くで見たら確かにティハルトなのに、気づけなかったのも申し訳ない。
「大丈夫ですよ」
「リオポルダ男爵令嬢も怖がらせてしまったよね、申し訳ない」
「いえ!ルーが居るので怖くなかったです!」
「確かにそうだね」
ウィノラが居ても男一人くらいどうにか出来るため、ルーペアトが一緒に居る限りウィノラが危ない目にあうことはない。
読んで頂きありがとうございました!
次回は25日土曜7時となります。




