第58話 ハインツに来た理由とは
イルゼは今日も花屋を訪れているそうで、ウィノラと街を散策しながら花屋に向かう。
「シュルツ公爵令嬢はハインツに来てからずっと花屋に行ってるの?」
「そうみたいです。色んな花屋に行ってるので探してる花があるのかもしれないですね!」
「確かにそれはあるかも。私もブルースターを買うのに色んな店に行ったから」
いくつもの花屋を巡るということは、それほど花が好きか探している花があるかのどちらかだろう。
イルゼは自分で花を育てられないことが残念な様子だったし、花を育てたいという憧れと羨望の気持ちが強そうだ。
「私はシュルツ公爵令嬢がどんな方か知らないんだけど、ルーは話してみてどうだった?」
「そうだね……、正に令嬢って感じだったかな。後、悪い人には見えなかったね」
「なるほど…じゃあそこまで心配しなくても大丈夫だね!」
ウィノラの言う通り、イルゼをそこまで警戒する必要はないかもしれないとルーペアトも考えていた。
以前話した時、あれが演技だとは思えないし、そもそも花の話をしただけだ。それに、様子を伺ってても、ただ花を愛でている一人の令嬢にしか見えないだろう。
花屋を見てもハインツの国勢はわからない。わかるのはどんな花が育っていて、仕入れられているのかということぐらいだ。
それらに対してヴィズィオネアが得られるものは何もない。
「気になるのは訪れた時期だけだよね。あの件があってから一ヶ月も経たない内に来たのが意外だった」
「普通暫くはハインツに行かないように言われそうだもんね!」
「そう。だからこの時期に来た理由は絶対に聞いておきたいね」
その後も街の話や、イルゼに聞きたいことを話し合いつつ、目的の花屋へと向かう。
向かっている花屋にイルゼが居るという情報はウィノラがルーペアトを迎えに行く前の話で、今もその場所に居るかは定かではないが居ると信じたい。
「この花屋です」
「中に居る?」
「うーん…あ、居ました!」
幸いにもまだ店に滞在していてすぐ姿を確認することが出来た。
店の外から様子を見ていても、やはりただ花を見ているようにしか見えない。
「じゃあ自然に店に入ろう」
「うん!」
周りにイルゼの護衛などが居るかもしれないため、小声で話し偶然を装って店に入って行く。
そうすればイルゼはすぐにルーペアトに気づいた。
「…あれ、あなた確か前にも会ったわよね?」
「はい、また花屋で会いましたね」
「今日はお友達となのね。彼女も花を育ててるの?」
「あ、いえ!私は育てているわけではなくて…」
「そう、付き添いね」
花を育てている令嬢が珍しかったからか、やはりルーペアトと会ったことは覚えているようだ。しかも、前はハンナと一緒だったことまで。
「そういえば名乗ってもいないのに色々聞いてしまって失礼したわね。私はイルゼ、あなた達は?」
「私は…ルーペアトです」
「え、名乗っ!?わ、私はウィノラです!」
ルーペアトは少し悩んだが隠さず名前を告げた。それに対しウィノラがかなり驚いていたが、それが不審に思われていないことを祈る。
「知っていると思うけど私はこの国の者じゃないの。だからあなた達のことをよく知らないから、気軽に接してくれて構わないわ」
それはつまり、ルーペアトとウィノラの爵位がわからないから、身分は気にせず話してくれて良いということだろう。
最初に名乗ったイルゼが家門を名乗らなかったため、続いてルーペアトも名乗らなかった。イルゼが名乗っていたならルーペアトも同じくそうしたが、例え家門を言ってもイルゼはわからなさそうだ。
「わかった。ところで探してる花でもあるの?」
「探しているものがあるわけではないわ。買っても花瓶に挿すくらいしか出来ないし」
「じゃあよっぽど花が好きなんですね!」
「べ、別にそういうわけじゃ…」
イルゼの発言にルーペアトとウィノラは目を丸くした。数日の間花屋を巡っている令嬢から、そんな言葉が出てくるとは。
でも目を逸らしたイルゼの頬は少し赤くなっている。
「この前も今日も花屋に居るのに?しかも育てないのに来てるなら花が好きじゃないと来ないでしょ」
「あなた…素直ね…」
「逆にあなたは素直じゃないですね」
「思ったこと全部口に出すじゃない…!」
ルーペアトはイルゼを見ていて思ったことを包み隠さず言えば、イルゼは更に顔が赤く染まった。
内心を突かれたのが余程恥ずかしかったようだ。
話についていけなかったウィノラだが、来る途中で考えていた作戦を思い出す。
「あの、ここで会ったのも何かの縁ですし、三人で甘いものでも食べませんか?」
「私は賛成だよ」
作戦通りルーペアトは同意し、後はイルゼの返答次第だ。
とはいえ、ここでついて来てくれないと色々聞くことが出来ないのだが。
「ま、まあ、行ってあげても良いわよ」
人差し指で髪の毛をくるくるしながら答えたイルゼは嬉しそうに見える。
だけど、嬉しそうだなと思ったことをルーペアトは口に出さないであげることにした。
「決まりですね!情報通の私が二人に良いお店を紹介します!」
「それは楽しみだね」
三人は花屋を離れ、ウィノラのおすすめのお店へと向かう。
ルーペアトがハインツに来てから甘いものを外で食べるのは初めてのため、かなり楽しみだ。
(どんなお菓子が出てくるのかな)
移動している間は花の話をしたり、ウィノラに街を紹介してもらいながら歩いて行き、ついにお店に着いた。
しかし、店の前には行列が出来ている。
「凄い人気ですわね…」
「待つことになりそう…?」
色々な店を知っているであろうウィノラのおすすめなだけある。
こんなに人が並んでいるのは初めて見た。
長い間待つことになるのではと危惧する二人にウィノラは満円の笑みを向ける。
「全く問題ないですよ。何故ならここは名義上私のお店なので!」
「「えぇ!?」」
ルーペアトとイルゼは口を揃えて驚いた。おすすめの店がまさかウィノラのお店だったとは。
そういえば、確かにウィノラは成金貴族だ。これほどの人気の店を持っているなら爵位も買えるだろう。
「凄いね。でも名義上…?」
「そう、買ったのはノーヴァ、私の幼馴染なんだよね…。私がこのお店を気に入ったって話をしたら、私がいつでも行けるように買収しちゃったんだよ。私の名義で…」
「だから名義上…」
「それで収益も私の家に…」
(…いや、ウィノラのこと好きすぎでしょ)
ウィノラが気に入った店を買収して更に収益まであげるとは、高額な贈り物過ぎるだろう。
贈れる程ノーヴァの商会が稼いでいるのも驚きではあるが。
「凄い友達が居るのね」
「私も初めて知ったけど…」
「まあまあ、とにかく入りましょう!」
それからウィノラに案内されたのは個室だった。明らかに店の会長が使う部屋だ。
机と椅子も置いてあり、景色まで良い。ここでウィノラはいつも食べていることが窺える。
「好きなだけ食べて下さいね!」
「じゃあ遠慮なく頂くわ」
「遠慮しないんだ」
「だってせっかくハインツに来たもの。食べられるものは食べておかないとでしょう」
「それはそうですね」
ルーペアトもヴィズィオネア出身だからその気持ちはよくわかる。ハインツに居る間はハインツのものをたくさん食べたい。
特にルーペアトはヴィズィオネアで母が作ってくれたお菓子しか食べて来なかったため、ハインツに来てからリヴェスの屋敷で出してくれたお菓子には驚いた。
全部初めて見るもので未知なお菓子だったが、どれも美味して感動したのを覚えている。
「イルゼは母国でお菓子は食べるの?」
「家ではあまり食べないわ。夜会に出た時くらいね」
「厳しい家なんだね」
「本当に厳しいわよ。ハインツに来た理由だって、家の事業を良くするため勉強するように言われて来たのよ。でも気乗りしなくて全然してないわ」
「それで花屋に」
ルーペアトは母国でお菓子を食べるのか聞いただけだったが、ハインツに来た理由を聞かずともイルゼ自ら話してくれた。
どうやらルーペアトとウィノラに対して警戒心は全く無いようだ。
イルゼの家業は治安判事だから、勉強するなら警備している者を観察したり、裁判所へ出向くべきなのだろう。
でもイルゼがそういった場所に訪れていないということはノーヴァの調査でわかっている。
だからイルゼは嘘をついていない。
「親の目がない今なら好き放題ですね!」
「さすがに好き放題はしないわよ。でもそれも楽しそうね」
イルゼは楽しそうに微笑んでいた。
その様子を見てルーペアトは一つ思ったことがある。
(…これはイルゼを調べるというより、ただ仲良くなっただけでは?)
三人で話していて楽しいと思ってしまった。イルゼを通してヴィズィオネアについて調べるはずが、友達が出来ただけな気がする。
それはそれで良いことではあるが、最初の目的とは程遠くなっているような。
(まあ、イルゼは良い人だと思うし、楽しいからこれで良いのかな)
何でも話せるような仲になって色々話を聞くのも良いだろう。
むしろその方が良いまである。
仲良くなっておけばヴィズィオネアとまた何かあった時に、イルゼは味方になってくれるかもしれないから。
読んで頂きありがとうございました!
次回は5月18日土曜7時となります。
楽しみにして下さっていた皆様、本当にお待たせしました!
仕事が落ち着くまで週に1回の投稿になってしまいますが、引き続き良い作品を届けられるように、仕事も執筆も頑張っていきます^^