第56話 停滞した状況
イルゼと出会ってから数日が経ったものの、未だにヴィズィオネア側からの動きは一切ない。
もうあの件から一週間も経つというのに。
諦めたわけではないだろうから、長い時間を掛けて準備をするつもりなのか、本当に音沙汰がない。ウィノラに聞いてもわからないみたいだし、リヴェスもまだヴィズィオネアの内部情報を知らないようで、こうも動きがないと情報を得ることすら出来なくて困る。
(こうなったら動くしかないよね)
ただじっと待っているだけなんて性に合わないし、自分に出来ることはしなければ。
その中でルーペアトが出来ることといえば、イルゼに近づくことだ。ほぼ毎日色んな花屋を巡っていると教えてもらったから、街の花屋をあたっていけば見つかるだろう。
一番問題なのは、リヴェスから許可を得ること。とはいえ、なんだかんだリヴェスなら許可してくれるだろう、とルーペアトは思ってしまっているところがある。
というわけで、今日もルーペアトはリヴェスが仕事をしている執務室にやって来た。
もうこの扉を開けるのには慣れてきて緊張することもない。
「お仕事中失礼します」
「どうしたんだ?」
「提案しに来ました」
「提案?」
「はい、この停滞した状況を促進させる提案です」
ルーペアトが考えた提案とはイルゼと話し、情報を得ることだ。イルゼは公爵令嬢で家業が治安判事なら、イルゼも頭が良く中々口を割らなさそうではあるが、上手く聞き出せれば得られる情報は多いとみた。
「シュルツ公爵令嬢に話を聞きたいんです」
「…そう言ってくると思ってたよ」
リヴェスはルーペアトがその提案をしてくることをわかっていたようだ。
でも言ってくると予想していても、リヴェスからは言い出さないところがルーペアトを危険に曝したくないという気持ちの現れだろう。
また、わかっていたということは言われた時にどう答えるか、すでに考えてあるはずだ。
「彼女に近づいてもらっても構わない。ただ、彼女について調べるにあたって、リオポルダ男爵令嬢と一緒に調べてくれないか?」
「ウィノラとですか?それはどうして…」
ここでウィノラの名前が出るとは思わなかった。確かにウィノラにはイルゼについて調べてもらったし、ルーペアトよりも情報を持っているだろう。
それにノーヴァの商会を手伝っているのなら、この手のことは得意だと思う。
けれども、ハンナや護衛ではなくウィノラと一緒に行くことで何があるのか。
「もう一人居た方が話しやすいと思ってな。それに、ノーヴァは常にシュルツ公爵令嬢がどこに居るか把握しているだろうから、探しやすいというのもある。後はリオポルダ男爵令嬢と行くことで、自然と護衛もついてくるしな」
「なるほど…、わかりました」
ウィノラはノーヴァに教えてもらったからか、イルゼがハインツに来てから訪れた所を全て知っているようだった。
護衛については、ノーヴァなら絶対にウィノラにつけているからだろう。
リヴェスのウィノラと一緒に行ってほしいという頼みについて、ルーペアトはむしろありがたかった。
気の知れた人が一緒に居てくれるのは心強いし、ウィノラも一緒に行けることを喜んでくれるだろうから。
「すでに話はしてあるから、日を決めればここまで迎えに来るはずだ」
リヴェスの行動の早さと推察には、まだ驚かされてばかりだ。
「もうそこまで…ありがとうございます」
話を終え、ルーペアトは執務室を出て行った。
「許可して良かったんですか?」
話している間、黙って静かに会話を聞いていたジェイが口を開いた。
「ああ。ヴィズィオネアから来た者はここ最近彼女しか居ない。自分の身は守れるだろうしな」
「それもそうですけど、もしルーペアト様が皇族だと気づいてしまったりしたら…」
「そのためにリオポルダ男爵令嬢と行かせるんだ。シュルツ公爵令嬢が、ヴィズィオネアの皇族に関することを話しそうなら止められるように。ミラン皇太子殿下のことを知られないためという体でな」
実はウィノラがルーペアトに送った手紙の内容はリヴェスも把握済みである。何故なら、ウィノラの手紙がルーペアトの元に届く前に、ノーヴァからリヴェス宛に手紙が届いていたからだ。
ノーヴァからの手紙には、教えられることだけ教えて書いたと。それから、ウィノラにはイルゼがミランの婚約者候補であることは伝えたということも。
手紙のおかげで、この件についてすぐに話がまとまった。
「じゃあ心配は要らなさそうですね」
「そうだと良いな」
ヴィズィオネアに送った部下から手紙はまだなく、いつも通りの仕事をしていたリヴェスの元に、新たな一通の手紙が。
読んで頂きありがとうございました!
次回は日曜7時となります。