第55話 二人の苦悩
一週間が経過し、作ってもらっていた剣とウィノラからの返事が届いた。
剣が収められている箱をゆっくりと開け、ルーペアトは驚く。
「これって…」
剣も鞘も漆黒で、赤い宝石が付けられている。つまり、ティハルトがリヴェスに贈った剣と同じデザインだ。
ルーペアトの片方の剣がリヴェスの剣だったため、それに合わせてくれたのだろう。
箱から剣を取り出し、早速軽く剣を振ってみる。柄はルーペアトの手と正確に合い、重さも丁度いい。
「凄い…これを一週間で作ったなんて」
これほど精巧で良い代物を作るのに、毎日どれだけの時間を掛けて作ってくれたのだろう。
今度改めてお礼をするために伺いたい。
「これでルーペアト様も本領を発揮出来ますね」
「そうだね」
次また彼らと戦うことがあれば、相手も強くなっているかもしれないが、こっちだって更に強くなっている。
この二つの剣さえあれば守りたいものが守れるはずだ。
「ウィノラからの手紙も読まないとね」
剣を仕舞い、机に置いていたウィノラの手紙を手に取り封を開ける。
書いてある内容は意外にも簡素なものだった。
イルゼに関する情報はリヴェスから聞いたことに加えて、ハインツに訪れた理由のみだ。
どうやらイルゼがハインツに来ていたのはノーヴァも把握していたようで、入国時から人をつけていたと。この一週間の間にイルゼが訪れたのは泊まっている宿舎と、カフェに花屋のみで怪しい動きはないそうだ。
「うーん…、やっぱり隣国の情報を得るのは難しいのかな」
「…調べるのに時間が掛かるのだと思います。人を送って帰って来てもらわなければいけませんから」
「確かにそうだよね」
ノーヴァが英雄について知っていたのは調べてほしいと頼まれていたからだし、自らヴィズィオネアに赴くことがなければ他国の令嬢を調べたりしないだろう。
イルゼがヴィズィオネアではどのように暮らしているのかを知りたかったのだが、こればっかりは仕方ない。
(私も何か調べられたら良いんだけど…)
自分の国の皇族になんて全く興味がなかったから、今まで知らべることなく過ごして来たせいで、自分が母国に対してかなり無知なのだと思い知る。
もっとちゃんと勉強しておけば良かったと後悔した。
ルーペアトが頭を悩ます一方で、ウィノラもまた頭を悩ませていた。
それはルーペアトの手紙が届いてからだ。
イルゼ・シュルツ公爵令嬢について調べてほしいと頼まれ、ウィノラはイルゼが誰なのかわからなかった。
ハインツの公爵令嬢は把握しているつもりだったが、イルゼという名どころかシュルツ家すら聞いたことがない。
だからすぐにノーヴァの元へウィノラは向かった。
「ノーヴァ!ルーからイルゼ・シュルツ公爵令嬢について調べてほしいと頼まれたの。誰か知ってる?」
問われたノーヴァはウィノラの口から出た名前に驚いて目を見開いた。
それから少し眉をひそめてそっぽを向いたノーヴァは、珍しい態度をとる。
「それは話せないよ」
「どうして!?その様子だと知ってるんでしょ?」
「知ってるさ。でもそれが彼女に話せる内容じゃない。僕は構わないけど、それを許さない人が居るからね」
「……つまりどういうこと?」
考えてみたが、ウィノラはノーヴァが発した言葉の意味を上手く理解出来なかった。
ただ令嬢について知りたいだけなのに、話せない事情が何なのか、全く検討がつかない。
「ウィノラはイルゼ・シュルツの名を聞いたことある?」
「ないよ」
「だからこの国の人間じゃない。となればその令嬢はどこの令嬢だと思う?」
「…あ!ヴィズィオネアの令嬢なんだ!」
「そういうこと」
イルゼの正体がわかったところで、ウィノラには新たに疑問が浮かぶ。
「それが教えられない理由なの?」
ノーヴァは悩んだ。真実を、ルーペアトの正体を知っているのは出来るだけ少数派の方が良い。
だが、ここでノーヴァがあやふやな態度を取ってしまえばウィノラは疑い、自分の手で調べてルーペアトに話してしまうかもしれなかった。
彼を目撃したウィノラには話しても構わない、むしろ話した方が良い内容ではある。
しかしそれではまた、ウィノラのルーペアトに対する隠し事を増やしてしまう。
「はぁ…」
「ルーには言わないから話して、お願い」
「…わかったよ」
本当にウィノラには敵わない。好きな子に目を潤ませてお願いされてしまったら断れるわけがなかった。
ウィノラを甘やかし過ぎていると我ながら思っているが、甘やかすことは止められない。
「シュルツ公爵令嬢はミラン皇太子の婚約者候補なんだよ。しかも、一番なる可能性が高いと言われている」
「ミラン皇太子といえば、リヴェス様と戦っていたあの人ね!」
「彼と出会ったことは口外しないよう言われなかった?」
「言われたよ。そっか…だからルーに言っちゃいけないんだね…」
ウィノラがルーペアトの力になれないからか、落ち込んだのが見てわかる。
好きな子の悲しい顔を見るのは一番辛い。
「…シュルツ公爵令嬢がハインツに来てからの動向なら彼女に教えられるよ。大して得られる情報はないけどね」
「本当?!良かったぁ…!」
満面の笑みになったウィノラの顔を直視出来ず、ノーヴァは思わず顔を背けた。
きっと頬が赤くなっているに違いない。
それから書類を探す振りをしながらイルゼの動向について話し、ウィノラはそれを手紙にまとめた。
ただしまだイルゼはハインツに来たばかりのため、もう少し経ってもっと情報を得られてから手紙は送ることに。
「ありがとノーヴァ、これでルーに良い報告が出来るよ!」
「良かったね」
ウィノラが元気良く手を振りながら商会を手だ後、一人ノーヴァは呟く。
「…僕は僕の計画を進めないとね」
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次回は木曜7時となります。