第53話 ルーペアトが兵士になった理由
屋敷に戻った日はゆっくりと一日を過ごして身体を休め、明日から庭の手入れを再開することにした。
日が指して朝になると天気も良く庭の手入れをするのに最適だ。
朝ご飯を食べ、着替え終わったルーペアト早速庭へと向かう。
「少しずつ伸びてる…!」
種を植えてから約三ヶ月が経っている。茎が伸びて葉も増えてきた。
開花まで後二ヶ月というところだろう。
ヴィズィオネアとの件が片づく頃にはきっと咲いている。
「もうすぐ温室も完成するそうです。これから忙しくなりますね」
「そうなんだ。でもそれは全部片づいてからになりそうだね」
温室が完成したらすぐにでも植物を育てたいが、完成する時期とヴィズィオネアの件の時期がおそらく被る。
出来ることならブルースターが開花してからそれを持ってヴィズィオネアに行き、両親の元に届けたかったのだが、それも叶わなそうだ。
(あ、両親に持って行きたい花がもう一つあるかも)
ルーペアトは母を手伝っていただけで、花に詳しいわけではないが、少しは花の種類や花言葉を覚えている。
両親に他にどんな花を持って行くか考えて思いついたのは白いダリア。ダリアもブルースターと近い地域で育てられているはずだ。
だからブルースターの種を買った店に行けば、ダリアの種も手に入るだろう。今から種を植えてもブルースターと同じ時期に花が開くはずだ。
「今街に出るのは良くない…?」
「リヴェス様に報告だけすれば全然出られると思います。ルーペアト様の強さは十分に理解しているので」
「そ、そう?」
今まであんなに護衛をつけるよう勧められていたのが嘘みたいだ。
リヴェスには相手が大人数で来た時のために護衛は三人居れば良いと言ったが、人通りの多い街に行くくらいならハンナと二人で良い気がする。
「ですが、リヴェス様は本日屋敷にいらっしゃらないので、街に行くなら明日以降になると思います」
「それは大丈夫。急ぐわけじゃないから」
両親に挨拶に行くなら、片づいてから会いに行った方が良いだろう。
あれから両親がどこに運ばれて、どうなったのかはわからないが、お墓はどこにあるはずだ。例えばルーペアトが住んでいた場所や、命を落とした兵士が埋葬される場所など。
(あれ?そういえば…)
両親のことを考えていてふと思い出した。昨日、皇宮に向かっている時に馬車の中で、どうして英雄と気づいたのに黙っていたのかを聞いて、リヴェスが昔使っている剣を持っているのか聞かれたのに、ルーペアトが兵士になった経緯や両親の本当の死因を話していない。
(私大事なこと話し忘れてる…!)
ティハルトも一緒に居た昨日の内に話した方が良かっただろうに、すっかり忘れてしまっていた。
二人の過去をあれだけ聞いておいて、結局自分の過去に関して何も話してないではないか。
「…私、自分の過去についてどれだけ話してたっけ?」
「え?そうですね…、八歳の時に父から剣術を教えてもらった、ということくらいでしょうか」
「だよね…」
やっぱりちゃんと説明しておかなければならない。リヴェスはルーペアトの過去を知っても、ルーペアトが聞くまで黙っていたくらいだし、兵士になった経緯もルーペアトが言い出すまで聞いて来ないはすだ。
つまり、ルーペアトが言わなければ一生知ることもないだろう。
知っていた方がヴィズィオネアを調べるのに役立つだろうし、何より知っていてほしいと思う。
「リヴェスに話さないと。ハンナも一緒に聞いてくれる?」
「はい、勿論です」
「ありがとう」
庭の手入れを終え夕方になった頃、リヴェスが帰って来たためハンナと共に執務室へと向かった。
軽く扉を叩いて中に入ると、ジェイも一緒だ。
「失礼します。今話す時間ありますか?」
「大丈夫だ、どうした?」
「ここに居る皆に話しておきたいことがあるんです」
「わかった。とりあえず座ろう」
ルーペアトはハンナと長椅子に座り、向かいにリヴェスとジェイが腰を下ろす。
皆が座ったところでルーペアトは話し始める。
「私の過去を話していなかったので、ちゃんと説明しますね」
「ああ」
「私が八歳から剣を習い始めたのはご存知だと思いますが、兵士になったのはそのすぐ後なんです」
ヴィズィオネアでは十二歳まで勉学に励み、それまで戦場に出ることはないと説明した上で、ルーペアトは八歳の時父に教えてもらっていたところを軍人に見られ、兵士になったことを話した。
「兵士になってからすぐに戦場に出され、前線で戦う日々を十五歳まで続けて来ました」
皆は頷きながら真剣に話を聞いてくれている。
これから話すのが、ルーペアトが一番口に出すのを躊躇う話だ。
「まず、私はリヴェスに嘘をついていました。両親は事故死ではないんです、ごめんなさい」
「大丈夫だ、気にする必要はない」
「…本当は敵兵に殺されたんです。お父さんは味方を庇って怪我を負い、治療所まで連れて行こうと思いましたが出血が多く間に合いませんでした。そしてお母さんは、治療所で働いていましたが敵兵に襲撃され、私の目の前で殺されました…」
皆一言も話すことなく静かに俯いていた。それも無理はない。自分がルーペアトの立場になったと考えたら辛くて何も言えないだろう。
「悲しみに暮れ自我を失った私は…気づけば敵兵を全て殺していました。…これが後に英雄になったわけですね」
「…だからあんなに自分を英雄だと思いたくなかったんだな」
「はい」
今あの時のことを振り返ると思う。自我を失っていなくても、自分は同じ選択をしていたのではないかと。
殺すのではなく捕らえることも出来たのにと悔やんでいたが、きっと許せなくて自我があっても全員殺していたと思った。何故ならルーペアトはそれが出来るほどの力があるとわかっていたから。
「自我を取り戻した後、その場から去りたい一心で走り続けました。力尽きたところでデヴィン伯爵夫人に拾われ、後は皆の知っている通りです」
「そうか…。話すのは辛かっただろうに、話してくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ聞いてくれてありがとうございます」
これでルーペアトが過去のことで話していないことは何もない。
ずっと一人で抱えていたことを話せて楽になった。
聞いてもらったのもそうだが、話せるほど信頼している相手が居ることも、気持ちが楽になったことに関係しているだろう。
「…うぅ、ルーペアト様がロダリオ家に来られて本当に良かったです…!これからはここでたくさん幸せになって下さい!」
「あ、ありがとう。大丈夫?」
「っはい!大丈夫です」
ジェイは感情移入しやすいのか、ルーペアトが話し終わると号泣してしまった。
そこまで泣かれてしまうと、少し申し訳なく思ってしまうが。
「ジェイの言う通り、ルーペアト様はこれからたくさん幸せになるべきです。私も精一杯支えて行きます」
「皆…本当にありがとう」
皆が温かい言葉を掛けてくれ、目の前ではジェイがないているわけだから、ルーペアトももらい泣きして泣いてしまいそうだ。
天を仰いで涙を引っ込めた後、ルーペアトは微笑みながら口を開いた。
「じゃあ食事にしましょうか」
「そうだな」
そう言って皆で席を立った時ちょうどジェイのお腹が鳴り、執務室で幸せそうな笑い声が響いていた。
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次回は日曜7時となります。




