第51話 抱える罪悪感
食事を終えた後、リヴェスはティハルトに頼まれてどこかに行ってしまい食堂にティハルトと二人になる。ルーペアトはこれからどうしようかと悩んでいれば、君に見せたいものがあるんだ、とティハルトに案内されついて行くことに。
「ここは僕の部屋だよ」
「し、失礼します」
まさかティハルトの部屋に案内されるとは思わず、かなり動揺してしまった。
どうしてここに案内されたのか不思議で仕方ないが、とりあえず中へ入る。皇帝の部屋なのだからルーペアトが貰った部屋より広いのだろうと思いきや、意外と狭かった。
部屋に置かれた本棚にはびっしりと本が仕舞われ、机には何枚もの書類が積まれている。
(ここに私が来て本当に大丈夫なのかな…?)
いくらティハルトの義妹になったといっても、一人の男性の部屋に令嬢一人で入るのはあまり良くないのではないかと心配になる。
そうは思っても皇帝であるティハルトの意向なのだから、ルーペアトにはどうしようもない。唯一意見が言えるリヴェスもどこかへ行ってしまったのだから。
「こっちだよ」
更に部屋の中にあった扉の前まで連れられ、ルーペアトの心配は大きくなる。
今いるこの部屋に寝台がない。つまりここは執務室で、この扉の先は間違いなく寝室だ。
執務室はまだしも、寝室はさすがにまずいのではないだろうか。
ティハルトが扉を開け、ルーペアトは恐る恐る部屋に入る。
そして視界に飛び込んで来たのは、リヴェスの大きな肖像画だった。
そこでルーペアトは思い出す。
(そういえば初めてお義兄さんにお会いした時、今度肖像画を見せてあげるよって言われてたな…)
別にティハルトが何かをすると思ってもないし、皇宮の警備も問題ないだろうから、始めから何も心配は要らなかったかもしれない。
皇宮は人の出入りが激しくて他の貴族に見られる可能性があるとはいえ、人払いはしているだろう。
「八年前でもやっぱり幼い感じがしますね」
「可愛いでしょ?」
「はい」
「しかもこの頃は僕以外の人には素っ気なくしてた頃でね、ツンツンしてるのが更に可愛かったんだよ」
この肖像画が描かれたのは両親が亡き後であり、リヴェスが皇宮で住むようになった頃だ。
元々居た使用人のほとんどを一掃し、信頼出来る者以外入れ替えた。残った者と新しく来た者達はリヴェスを蔑むことはなかったが、どう接すればいいのか迷っていた時期があり、リヴェスも素っ気ない態度になってしまっていたのだ。
でもティハルトと接している時のリヴェスを見て、使用人達はまだ信頼を得られていないだけで、本当は優しい人だと気づいてからは次第に打ち解けていった。
「そうだったんですね」
「こっそり描いてもらったからリヴェスは知らなかったんだよね。今度リヴェスにも見せないとね」
その言葉を聞いてルーペアトは悟る。ティハルトに連れられ二人きりになったのは肖像画を見せるためだけではないことに。
肖像画を見せるだけならリヴェスが居ても、何も問題がなかったはずだ。ならばリヴェスに聞かれたくない話があるのだろう。
「…私だけに話があるんですね」
「よくわかったね!さすがリヴェスに契約結婚を申し込んだだけあるよ」
(やっぱりそうなんだ…)
何の話かは少しだけ予想がついている。リヴェスの剣に関することか、二人の両親のことだろう。
剣を受け取った時は時間が泣くてゆっくり話せなかったから。
「君はリヴェスから両親のことを聞いたよね」
「はい」
「良かったら僕の話も聞いてくれるかな?」
「ぜひ聞かせて下さい」
リヴェスが当時のことを語った時、ティハルトに罪悪感を与えてしまったと言っていた。その心境を直接ティハルトから聞くことになるのだろう。
きっとそれはリヴェスも知らないティハルトの心の内だ。
「僕はリヴェスに本当に申し訳ないと思っているんだ。あんなことをさせてしまったのもそうだけど、一番はもっと早く僕が行動出来なかったことが」
「でもお母様からの束縛が強かったと聞きましたよ」
「それでもだよ。もっとリヴェスに早く会いに行けていたらこんなことにはならなかった」
リヴェスが生まれてからティハルトが会いに行くまでの空白の十四年間。この間にリヴェスに会いたいと思ったのは一度だけじゃなく、何度も思った。
でも母に止められ圧を強く掛けられ、抜け出しても騎士に止められる度に、行くことを躊躇ってしまったのだ。
幼かった頃に母へ恐怖心を持ち始め歯向かえなくなり、十八の成人の歳になり即位出来るようにまでなった。権力を振りかざせるようになったものの、母に色んな政務をやらされ会いに行く時間が取れないまま二年。
二十歳になりやっと母が落ち着き始めた頃、その時会いに行ったリヴェスはもう傷つき過ぎてしまった少年の姿だった。
長年の望みだった弟に会えたことの嬉しさと、警戒して鋭い視線で強く突き放す言葉に涙が溢れ―
「リヴェスと初めて会った時のことは今でも鮮明に覚えているよ」
その時の光景を思い出しているのか、辛そうな顔を浮かべるティハルトを見て、ルーペアトは涙を流してしまいそうだった。
酷い環境で育ったリヴェスも辛かっただろうし、それをわかってて助けてあげられなかったティハルトも辛かっただろう。
「その先は君の知っている通り、リヴェスに頻繁に会いに行くようになって打ち解けられた。だから後は僕が外出禁止になってから、事件が起こった日までだね」
リヴェスと会っていることが母に知られてから、部屋を出ることを許されなくなったティハルトは政務をこなしながら、ひたすら両親をどうするかを考えていた。
一番良い方法は両親を投獄することだ。そしてティハルトが皇帝なること。
しかし騎士達がティハルトに協力してくれるかわからなかった。作戦を思いついても、それを騎士に話して母に筒抜けになってしまったら何の意味もなくなる。
周りは監視だらけで、信用出来る人が誰一人居なかった。
だから謹慎が解けた後に動こうと考えていたのだ。そうすればティハルトが信頼出来る部隊に協力を要請出来る。
しかし、謹慎が解ける前にリヴェスが皇宮へ来てしまった。そしてリヴェスが両親を手に掛けることを許可してしまったのだ。
リヴェスは一人でここまでしたのに、ティハルトは一人で何も出来なかった無力さと、自分の判断の遅さに自己嫌悪した。
それに加えて、リヴェスへの罪悪感は更に大きくなり、ただ謝ることしか出来ずに―
「僕が無理やり部屋を出て味方を呼び、母を拘束すれば良かったんだ。でもリヴェスを助けたかったのに僕は恐怖にも勝てず、良い判断も出来なくて、結局リヴェスに助けられてしまった…」
「でも今のリヴェスがあるのはお義兄さんが居たからですよ。リヴェスはお義兄さんに救われています」
「…ありがとう。君がそう自信を持って言えるほど、リヴェスのことを知っててくれて嬉しいよ」
ティハルトは辛そうな表情をしならがらも、ルーペアトに対して笑顔を向けた。
リヴェスがティハルトをどれだけ大切に思い信頼しているのか、出会ってから約半年でもよく伝わっている。
「あれから僕はすぐに行動するようになったんだ。リヴェスの手を借りながらだけどね」
「私から見て二人が作って来たハインツはとても良い国だと思いましたし、ハインツが大好きですよ」
「そう言われると僕達がしてきた政治が間違ってなかったと思えて嬉しいよ、本当にありがとう」
「いえ、そんな…!」
深々と頭を下げられルーペアトは困惑した。皇帝はそう簡単に頭を下げてはいけないだろうに、ルーペアトが思ったことをただ言っただけでここまで感謝されるなんて。
元は隣国ヴィズィオネアの平民なのに。
「大事なものは遠ざけるのではなく、自分の手で守らないとね。僕もリヴェスも君を守るし、君の大切なものも守るよ。だから君の大事なものをこれ以上失わないように、助けて欲しい時はいつでも言ってね」
「ありがとうございます」
「そろそろリヴェスの所に戻ろうか、きっと待ってるね。今日は聞いてくれてありがとう」
「こちらこそ聞けて良かったです」
ルーペアトはリヴェスとティハルトの固く結ばれた強い絆をより感じた。
この二人が居れば、今回の件も絶対に何とか出来る。
読んで頂きありがとうございました!
次回は火曜7時となります。




