第5話 契約結婚はどうですか?
それから公爵がいつ訪れるのかわからないため、仕事をしながらそわそわして待ち続けていた。
夜会から数日経って、今日も仕事に行こうと準備していたところで、ミアが慌てた様子で部屋に入って来る。
「お嬢様に来客が来てます!」
「え?…公爵かな」
それは突然のことでルーペアトもさすがに驚いた。
普通は事前に連絡してくるはずだろうに、そういったこともなく突然来たからだ。でもよく考えてみれば、手紙が仮に届いていたとしてもそれがルーペアトの手元に来るとは限らない。
実はこれまでにも何通か来ていて、夫人が捨てているという可能性もあるだろう。
ルーペアトは仕事着から急いで街に出かける様な服装に着替え、公爵を迎えに行く。
予想通り来ていたのは公爵で、ルーペアトが近くまで行くと夫人と話しているのがわかった。
「公爵様、お待ちしておりました!デヴィン伯爵家に来て頂けるなんてとても光栄です」
「……」
夫人が人が変わったように笑顔で話しかけているが、それに対してロダリオ公爵は不機嫌そうに夫人を見つめている。
それからルーペアトの視線に気づいたのか、すぐにルーペアトの元へ駆け寄って来た。
「今日は彼女に用があって来たのだ。貴方と話すことは何もない」
「公爵様?ですが彼女は…」
「案内してくれ」
公爵は引き留めようとする夫人の言葉を遮り、案内するように促して来た。
ルーペアトは戸惑いながらも、頷いて客室へと公爵を連れて行く。その時視線を少し夫人に向ければ、何かを企んでいそうな顔を浮かべていた。
「こちらにお掛けになって下さい」
「ああ」
ルーペアトも滅多に来ることのない客室でとりあえず椅子に公爵を座らせ、机を挟んで向かいにルーペアトも座る。
先ほどの夫人のこともあって少し気まずかったが、そんなことを気にしていないかの様に公爵はすぐに話を切り出した。
「改めて夜会では助かった、感謝する。靴は新しい物を用意して、部下に君の部屋まで運んでもらっている」
「え…?!そんな…この前持って来て下さった靴もあるのに」
「あれも返さなくていい。貰ってくれ」
「…ありがとうございます」
夜会で履かしてもらった靴も、今回持って来てくれた靴も部屋にあるため、わざわざ持って来て返すのは気が引けて、渋々と受け取ることにした。
また盗まれたりしてないといいのだが。
「それから、助けてもらった分困ったことがあったら言ってくれ。出来る限りは手助けする」
「靴まで頂いたのに?」
「君にあそこまでさせてしまったのは俺たちの失態だ。前にも言ったように君が動く前に俺たちが動かなければいけなかった。だから靴ぐらいでは足りない」
(私が勝手にしたことでこんなにも困らせるなんて…)
でも確かに公爵が言うことにも一理はあるのだ。いくら戦場を経験していた令嬢であっても、国の治安を守る仕事をしている者がルーペアトに劣ってしまえば家門の信用に大きく関わる。
だからこれはある意味口封じの意味合いもあるのかもしれない。ここまで手厚くお礼をしておけば、社交界で広めたりしないだろう、という考えを公爵はしているのではないだろうか。
元からルーペアトも話を公にするつもりもないし、どうせもう夜会にだって出席しないのだから、本当にここまでしてもらう必要はなかったのだが。
とは言え、貰えるものは貰っておくべきかもしれない。さすがに貰った靴を売ってお金に換金したりはしないが、手助けしてくれるというのはルーペアトにとっても都合がいい。
(手助け…、手助けと言えば…あ)
「実は困っていることがありまして」
「何だ?」
「私はこの家を出たいんです。街で働いて資金を貯めていたら盗まれたり、監視が居たりで抜け出せず、手伝って頂けませんか」
「なるほどな…。それなら手助け出来そうだ」
「ありがとうございます」
これでようやく出られると胸が嬉しい気持ちでいっぱいになった。やっぱり公爵と出会えたことで良い方向に向かっている。
そんなに公爵の手も煩わせないだろうし、お互いの悩みが無くなるし良い提案だったと思う。
「ただ、本気で逃げるならデヴィン伯爵家の名義を変えなければいけない」
「養子じゃなくなるだけではいけないのですか?」
「それは契約した者でないと出来ない」
「そんな…」
つまり家を出たとしてもデヴィン伯爵家の令嬢ということは変わらず、探されて連れ戻される可能性があるということだ。
ルーペアトはわかりやすい見目をしているし、きっとすぐに見つかってしまう。
名義を変えるなら、結婚が一番簡単な方法だと思うがそれは難しいだろうか。
(結婚…)
そう考えた時、夜会で令嬢たちが話していたことを思い出した。
『―公爵様の婚約、破談になったんですって』
『―何回目なのかしら?』
公爵は最近婚約が破談になったばかりだ。それに何度も婚約しているということは、相手が居ないと困るということ。
それなら公爵と普通の婚約ではなく、契約など何か条件を付けて結婚すればお互いに利得があるのでは、と思いついた。
「公爵様は結婚相手に困っていますか?」
「まあ…困っていないと言えば嘘になる。俺としては結婚したくないが、周りがうるさくて仕方なく婚約していただけだ。どうせ破談になるのにな」
「それなら私と契約結婚はどうですか?」
「契約結婚…それはどういうものだ?」
ルーペアトは思いついた契約内容を公爵に詳しく説明した。
まずルーペアトが資金を貯めたりするのも許可し、自由に過ごすことを許してくれるのなら、結婚してずっと公爵家の名義でも良いということだ。
これなら公爵は破談になったりしない結婚相手が手に入る。
政略結婚のように愛のない結婚もあるのだから、契約結婚もしたっていいだろう。
「君が良いならその提案に賛成だ。加えるなら、君の資金が貯まったあと離婚したって構わない」
「どうしてですか?」
「婚約が破談になるよりも、離婚になった方が次の相手が見つかりにくくなって、周りも結婚を勧めて来なくなるからだ」
「その方がお互いに得ということですね」
「そうだ」
すんなりと提案を受け入れてくれ、更に離婚しても良いという好条件まで付けてくれた。こんなに良い契約はそうそうない。
本当にここまでしてくれて、公爵には感謝しかない。
「では契約成立ですね」
「書くものを持って来てくれるか?ここで契約書を作る」
「わかりました」
客室のどこに書くものが閉まってあるかわからなかったが、部屋に一つだけある引き出しの一番上の棚に入っていて、すぐに見つかって良かった。
家を出たいと言っている時点で変に思われているかもしれないが、客室のこともよくわかっていないことに気付かれると、この家でどんな風に過ごして来たのかも露見してしまいそうだったから。
「そういえば言い忘れていました。私は元々平民ですが大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ。それは気にしない」
渡した紙にすらすらと迷うことなくペンを走らせ、あっという間に契約書が出来上がった。
自分の名前を書く時に、まだ名前を聞いていなかったことと、名前を名乗っていなかったことを思い出す。
「まだ名前を聞いていなかったですね」
「そうだったな。俺はリヴェス・ロダリオだ」
「私はルーペアトです。リヴェス様これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼む。後…様は要らない、夫婦になるんだからな」
「…そうですね。じゃあリヴェス、私のこともルーと呼んで下さい」
「わかった」
リヴェスとの話も終わり、これでようやくこの家を出られる目処が立った。準備が出来次第、リヴェスがまた迎えに来てくれるそうだ。
その後に結婚の手続きを済ませ、夫婦となる。
(お父さんとお母さんが私の結婚の事情を知ったら怒るかな)
両親は愛し合っていたらから、ルーペアトが愛のない契約結婚をしていたら反対したかもしれない。それかルーペアトの意見を尊重して応援してくれるのかなと思い耽っていた。
読んで頂きありがとうございました!
メリークリスマス!
暖かくなる地域と寒い地域があると思いますが、皆様身体に気をつけてクリスマスを楽しんで下さいね^^
次回は水曜7時となります。