第49話 本心
来た道を引き返し、リヴェスは頭を抱えながらティハルトの居る部屋に戻って行った。
「おかえり。話したいことは話せた?」
「いや…疑問が増えただけだった」
ずっとあの日から、リヴェスはノーヴァに嫌われたと思っていた。でもそれは勘違いだったかもしれない。
言われてみれば、嫌っているのならリヴェスの秘密を守ったりしないだろう。しかし、時々ノーヴァの態度がリヴェスに対して好意があると思えない時がある。
(…ハルトに頼まれたから黙ってるのか?)
ノーヴァは傭兵を雇ったり、色んな手を使って情報収集をしているが、決して愛国心がないわけでもなく、皇室に忠誠は誓っている。
「八年前の新聞はノーヴァに作ってもらってたんだな」
「そうだよ。しかも僕が頼む前から作ってたからね」
「は…?」
(頼む前から作ってた?確かノーヴァに両親が死んだのを伝えたのは俺だが…)
つまりリヴェスがノーヴァに会いに行った後にノーヴァは新聞を作り、それからティハルトが会いに行ったということだ。
しかも内容までティハルトが考えていたことと同じだったらしい。ティハルトが両親の死因を変えたのはリヴェスを守るためだ。
ならノーヴァは何故リヴェスを庇ったのか。その疑問がもう、ノーヴァがリヴェスを嫌っているわけではないという証拠だ。
「二人はお互いに思っていることを口に出すべきだよ」
「俺は思ったことを口にしてると思っているのだが…」
「僕はリヴェスが彼に嫌われてると思ってたって、初めて聞いたよ。それは彼も同じじゃないかな」
「俺も新聞の件は初めて知ったのに?」
「だからお互いに本心を言えてないわけでしょ」
確かにあれからちゃんと話していないし、ノーヴァの本心を知ろうとも思っていなかった。
怒らせてしまったあの日から嫌われたと思い続けてーー
『ー俺は…両親を自分の手で殺してしまった…」
『リヴェス…』
俯いて項垂れていた幼きリヴェスは、友人であるノーヴァに静かに告げた。
『あれは環境が悪かったよ』
『でも俺は…』
『皇族がそんな顔をしてどうするのさ。もっと堂々としてなよ』
『いや、皇族の身分は捨てることにしたんだ。俺には相応しくないし、兄上の足枷でしかないから…』
そこでノーヴァは黙って何も言わなくなったため、ようやくリヴェスは顔を上げた。ノーヴァは悲しそうな顔を浮かべた後、リヴェスの両肩を掴んで激しく揺さぶり声を荒げたのだ。
『何で…何でだよ!身分を捨てる必要はないじゃないか!これから…どうして生きていくんだ…!』
『…俺は兄上の影として生きるよ。だからもう…頻繁にここへは来れない』
激昂するノーヴァを見ていて、リヴェスは今後の説明の言葉しか出来なかった。
リヴェスが人を殺め罪を犯したことに怒っているのではないことはわかる。しかし何に対して怒っているのかわからなかったのだ。
でも怒られるということは自分に否があるのだろう。周りには蔑まれ、母親に罵詈雑言を浴びせられるのも、真っ黒な髪と血の様な瞳を持って生まれたからだ。この世に生まれて来たことが間違いだった。
『ごめん…』
だからリヴェスは怒っている相手には謝るしかなかった。
『ノーヴァ?どうしたの?』
『ー…っもういい!…行こうウィノラ』
『え?でも…』
その後ノーヴァはウィノラを連れて去ってしまった。街の中一人取り残されたリヴェスは俯いて皇宮へと戻る。
(嫌われただろうな…、でもこれで良かったんだ。ノーヴァはもう、俺と関わらない方が良い…)
それからのことだった。ノーヴァが傭兵を雇って色々なことに手を出し始めたのは。
何か問題がある毎にリヴェスはノーヴァの商会に押しかけた。いつも上手く躱されてしまっていたが。
「とにかく!リヴェスは彼のことをもっと知るべきだよ」
「…それはそうだが。ハルトは全部わかってそうだな」
「そうだよ。彼がリヴェスをどう思ってるかは知ってる。でも僕が話したら意味ないからね。弟の成長を温かく見守ってるよ」
本当にティハルトには敵わない。ノーヴァと話した時間は圧倒的にリヴェスの方が多いはずなのに、ティハルトはすぐに相手の考えを読み取ってしまう。
それほど観察力があるということだ。
逆にリヴェスは周りと深く関わることを避けていたせいで、人の気持ちを理解するのが難しく、自分にも相手にも疎い。
「リヴェスにあげた剣の話をしようと思ってたけど、時間も遅いし今度にするよ。今日はちゃんと休むようにね」
「わかった。ルーの所に行った後ちゃんと休む」
「よし!じゃあまた明日ね」
「ハルトも休まないと駄目だからな、じゃあ」
リヴェスは部屋を出てルーペアトの居る部屋へ向かって行く。
その間、リヴェスは考え事をしながら歩いていた。
(ルーがリオポルダ男爵令嬢と友人になったし、ノーヴァと会う頻度が増えるな。…そしたら少しは理解出来るようになるだろうか)
昔のようにとはいかなくても、せめて出来てしまった溝は埋めたい。
ルーペアトも何故だかノーヴァと親しくなってきているし、夫の友人が妻との方が仲が良いなんて大問題だ。ルーペアトは仲良くしている気はないだろうが、傍から見るとそう見えてしまう。
(仕方ないとはいえ、やっぱり同じ馬に乗っていたのは許せないな…)
こんなことを考えていたらノーヴァと仲直りなんて遠い未来になってしまう。
幸先不安でしかない。
部屋に着いたリヴェスが扉を開けようとすれば、扉が開き中からルーペアトが顔を出す。
「っ…どうした?」
「リヴェス!実はウィノラが寝てしまって…」
驚きつつも話を聞けば、ルーペアトは小さな声で状況を説明した。
食事を終え湯浴みをした後、話していればウィノラが眠ってしまったようだ。
「元々泊まってもらう予定だ、それに朝になればノーヴァが迎えに来るから」
「そうなんですね。なら良かった」
ウィノラも凄く疲れているだろうから、今夜はしっかり睡眠して休んでほしい。
皇宮の寝台はふかふかで柔らかかったし、最高の寝心地で気持ち良く寝られるだろう。
「寝室まで案内する」
「はい」
二人は静かに部屋を出た後、寝室へ向かう。
リヴェスはルーペアトと歩いている間、そんなにルーペアトが疲れている様子がないことに驚いていた。
「…ルーは疲れてないのか?」
「今はそれほど…、でも明日になれば全身筋肉痛になって一気に疲れが出そうです」
「それなら帰る日を遅らせよう」
「いえ、庭の手入れはしたいので出来れば予定通り帰りたいです」
「そ、そうか…わかった」
きっぱりと断られるとは思わず、かなり戸惑ってしまった。
ルーペアトは剣の素振りをしているのもあって毎日身体は動かしているし、体力も兵士だった頃と対して変わっていないのだ。
リヴェスはいつも仕事で忙しくしているし、あれくらいの戦闘だけで凄く疲れたりはしない。ルーペアトの疲れる基準は、リヴェスや騎士達とほぼ同じくらいだといっても過言ではないだろう。
「ここだ」
そんな話をしていれば寝室へと着き、リヴェスが扉を開け部屋を見れば、ルーペアトは声を出して驚いてしまった。
「広っ…!ここが私の寝室なんですか?」
「寝室というか、ここはルーの部屋だ。いつ使っても問題ない」
「ええ…良いんですか?」
「ハルトが張り切って用意してたから、使ってくれると俺も嬉しい」
(これは使わないと申し訳ない…)
こんなにも良い部屋が自分の部屋だなんて、不相応に感じてしまう。でも皇帝の弟の妻なのだから、こうじゃないと駄目なのかもしれない。
用意をしてくれた使用人達はルーペアトとリヴェスが契約結婚なのを知らないし、不審に思われないためにもここで寝なければ。
「…ではありがたく使わせて頂きますね」
「ああ。隣は俺の部屋だから何かあったら呼んでくれ。そこの扉が繋がってる」
「わ、わかりました」
繋がってるの!?と言いたい気持ちを抑え、もう全てを黙って受け入れることにした。
二人の関係を知りながらも、ティハルトは中々に大胆なことをする。
「それじゃあおやすみ」
「はい、おやすみなさい」
着替えていたルーペアトは恐る恐る寝台に横になると、あまりの心地良さに感動する。
(最高だ…)
広すぎて落ち着かないが、さすがにこの気持ち良さには抗えず、すぐに眠りについてしまった。
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次回は木曜7時となります。