第43話 去る黒影
一方でリヴェスはミラン率いる騎士達と激闘を繰り返していた。
リヴェスと数人の傭兵では中々に不利な状況だ。こんなにも大勢の騎士をハインツに連れて来れたのは、ここがハインツの端だからだろう。それに出入国を管理している者は始末されてしまっているかもしれない。
(…くっ!こんなに戦えるやつが居たなら、何故ルーが全て背負わなければいけなかったんだ…!)
リヴェスは戦いながらヴィズィオネアの皇族に対して怒りを露わにしていた。
兵士になった理由をリヴェスは知らない。しかし、ルーペアトが望んで兵士になったとしても、一人で敵兵を皆殺しにすることになるとは思っていなかったはずだ。
だからルーペアトは街で子供が英雄に憧れていると言った時、ただの人殺しだと呟いたのだろう。本当はルーペアトも殺したくはなかったと思うし、そうしなければいけない状況だったと推察する。
ずっとその時のことを誰にも言わず、一人で抱えるのはどれほど辛かっただろう。
一番頼れる存在だったはずの義両親すら事故で亡くしてしまったというのに。
ヴィズィオネアの皇族は自分達の周りに訓練された騎士を置き、敵兵とは国民を戦わせて優雅に見物でもしているのか。
それで勝戦したからと英雄に目を向けて、また国に呼び戻し戦わせ続けるつもりなのだとしたら、相当性根が腐っている。
「…早く諦めるんだ。無駄な争いは起こしたくない」
「これは無駄な争いなんかじゃないだろう」
「勝てない相手に挑むことの何が無駄じゃないんだ」
「数で押されているくせによく言うよ」
ミランと剣だけでなく、口でも言い争いながら剣を交えていた。
ハインツが負けることは勿論ないが、今ここに居る部隊では実力が足りない。傭兵達もそろそろ限界だ。
その時、ようやくティハルトに報告に言っていたジェイが帰って来た。
「リヴェス戻ったよ!すぐに向かうって、後もうすぐルーペアト様も到着すると思います」
「わかった」
ルーペアトがもうすぐ着くと聞いて、リヴェスは手加減することを止める。
今まではミランに対して怪我を負わせないように戦っていた。怪我を負わせてしまえば本当に国同士争うことになるからだ。
しかしもう着くというなら、怪我を負わせる勢いで剣を振って脅すしかない。
「去らないなら本気で狙うぞ」
「なっ…!」
リヴェスがミランの剣に強い衝撃を与えれば、真っ二つに折れた。ここまで剣を何回も交えて脆くなって来ていたからだ。
特に大国の発展したハインツの剣はかなり頑丈なものであり、戦争ばかり起こして簡単な武器を量産しているヴィズィオネアの剣に勝てるわけがない。
「チッ…、今回はこれで勘弁してやるよ。次はこっちも本気で行かせてもらう。これは宣戦布告だからな!」
そう言い残し、ミランは馬車に乗ってヴィズィオネアの方に向かって行った。
わかってはいたが、騎士達はミランについて行かずここに残ったままだ。その騎士を処理する前に大事なことがある。
「リオポルダ男爵令嬢」
「あっはい!」
「ミラン皇太子に会ったことはルーに言わないようにしてくれ」
「わかりました…!」
リヴェスに呼ばれ物陰に隠れていたウィノラは顔出し、何度も首を縦に振った。
「お前達傭兵もだ」
「俺達はお前の言うことなんか―」
「わわわ私が言い聞かせておきますから…!」
傭兵が反抗しようとしていたため冷たく鋭い視線を向ければ、ウィノラが慌てて間に入った。
「そうしてくれ」
これでルーペアトが来る前にしたかったことは終えれた。
そして騎士達を処理しようと再び剣を構えたところで、リヴェスの名を呼ぶ声が聞こえる。
「…リヴェス!ウィノラ!」
聞こえた方に目を向ければ、ノーヴァとルーペアトが同じ馬に乗ってこちらに向かって来ていた。
それを見たリヴェスは眉をひそめる。
(何で同じ馬に乗っているんだ)
しかも距離も近い。今はそんなことを考えている場合ではないのに、どうしても気になってしまった。
馬が止まってルーペアトが下りると、ウィノラがすぐに抱き着きに行く。
「ルーペアト様ぁ!!良かった…本当に良かったぁ!!」
ウィノラは怪我のないルーペアトの姿を見て安堵したのか、まだ騎士達が居るというのに大声で泣き出した。
その姿にルーペアトも困惑する。
「私は大丈夫だから…」
「僕の心配はしてくれないの?」
「ノーヴァは心配するだけ損だもん」
「えぇー」
呑気なノーヴァにルーペアトは冷たく言い放つ。
「今はそれどころじゃないでしょ」
そうしてルーペアトはティハルトに託された剣を構える。勿論リヴェスはその剣に反応しないわけにはいかない。
「どうしてルーがその剣を…」
「お義兄さんに託され――…っ!」
説明しようとしたが、騎士が話すのを待ってくれるはずがなく、すぐにルーペアトを狙って来た。
彼らの目的はルーペアトをヴィズィオネアに連れて帰ること。ルーペアトが現れたなら、一番に狙われるだろう。
「説明する暇がないですね。私とリヴェスで半分担当するから、ノーヴァ達はもう半分よろしくね」
ルーペアトは剣を振りながら皆に指示を出した。
その姿はまさに兵士を導く英雄で、リヴェスはルーペアトに剣士としての素質を感じてしまう。
(こうして今まで戦って来たのか…)
ルーペアトが兵士として欠かせない人材であることが良く伝わり、ヴィズィオネアがすぐに取り戻したいと思う気持ちがわかった。
リヴェスも尊敬の念を抱いていた英雄が、今こうして隣で共に戦っているのが夢みたいだ。
更に驚いたのが、ルーペアトが双剣使いだったこと。ジェイと手合わせした時は一本だったからだ。
ルーペアトが手合わせで二本使っていたら、ジェイとは引き分けにならなかっただろう。
(…聞きたいことが色々あるな。でもそれはお互い様か)
ルーペアトが何故、リヴェスが両親を殺した剣を持っているのか気になって仕方なかった。
だから早く聞くためには、目の前のことを片付けるしかない。
片付けると言っても、怪我を負わせるだけだ。殺すことはリヴェスも望んでいないし、ルーペアトも望んでいないだろう。
怪我を負ったら、残った人間が怪我人を連れて帰ってくれれば良い。
(もうこんなことはこの先ないと思ってたのに…)
ルーペアトは戦いながら、兵士として毎日過ごしていた日々を思い出していた。
その時は一日の半日を戦闘に費していたのだ。今日はそれと変わらないくらいに戦っている。
日を増すごとに戦う頻度が多くなっているのは気のせいだろうか。なんだかんだデヴィン伯爵家に居た時が一番剣を振るわなかったのに。
その時はあまり街に出なかったからだろう。ロダリオ公爵夫人になって外に出るようになってから、命を狙われることが多くなった気がする。
それはロダリオ公爵夫人だからなのか、ルーペアト自身に何かあるのか。
(私は知らないことが多過ぎるかもしれない)
今まで深く考えないようにしていたことに、重大な何かが隠されている様な予感がした。
読んで頂きありがとうございました!
次回は木曜7時となります。