第40話 連れて行かれた地で会ったのは
日が暮れていき、木が生い茂っているのもあって辺りが暗くなって来ている。
馬車が止まれば馭者に下りるよう言われたが、外に人の気配がした。それも、一人ではなさそうだ。
ルーペアトは剣に少し手を掛けつつ扉を開く。下りれば予想通り武器を持った男が数人居て、その後ろには小屋が見える。そこに閉じ込めておくつもりなのだろう。
(これくらいの人数なら大丈夫かな)
と思ったが、よく男を観察してみれば身なりが整っていることに気づいた。つまり、彼らは盗賊でも暗殺者でもない、どこかの貴族に属する騎士だ。
(それは困ったな…)
訓練された騎士なら、ルーペアトが戦って勝てるかわからない。リヴェスの部下の中で一番腕の良いジェイと手合わせして引き分けだったのだから、彼らがジェイ程の腕前ではなかったとしても、人数差で負けてしまう。
(隙を見て一人づつ減らしてくしかないね)
ルーペアトは剣から手を離し、大人しく彼らの方に近づいていく。
「大人しい振りをしているが、俺達はお前が英雄であることを知っている」
男に投げかけられた一言に驚いて、ルーペアトは歩いていた足を止めてしまった。
それはもう肯定しているようなものだ。
「…どうして?」
「俺達はヴィズィオネアから来たからだ」
(ヴィズィオネアから?…もしかして英雄を探すために?)
今までハインツの端に住んでいたから知らなかっただけで、中央都の方では三年前から英雄探しがされていたのだろうか。
とりあえず、狙いが自分だと確信出来るのはありがたかった。ウィノラはルーペアトを連れて行くために利用されただけで、今は安全な場所に居ると思いたい。
「動かれたら困るからな、拘束させてもらうぞ」
「…好きにして」
(別に拘束されても解けるし…)
男に両腕を後ろで縛られ、そのまま小屋の中へと入れられた。中で片足は鎖に繋がれてしまったが、鎖自体は剣で切ることも出来そうだ。
問題なのはここからどうするか。中にずっと先程から話しをしている、上官らしき人がルーペアトを見張っていて動きづらい。
そこで暫くは彼らの目的を探ることにした。まだハインツからは出ていないはずだ。ヴィズィオネアに行くには出国審査を受けなければいけないが、その様子がなかった。
ヴィズィオネアに連れ出す準備が整うまで、この小屋で拘束しておく計画なのかもしれない。
「これからどうするの?」
「俺達の主君に会わせる」
「それは誰?」
「ふっ…、顔を見て驚くといい」
男に嘲笑う様に鼻で笑われて、ルーペアトは少し腹が立った。
(ヴィズィオネアにまともな人は居ないの?)
国民に労働も戦いに行くのも強制して、英雄にすらこの扱い。あまりにも酷すぎる。
ハインツなら絶対にこんなことしないのに。
ルーペアトは呆れて別のことを考えることにした。
リヴェスが外出を控えるように言っていたからやっぱり止めておけば良かったと思うし、でもそれだと初めて出来た友人が危険に晒される。
何が一番最善の選択だっただろうか。
(リヴェスにウィノラを守ってもらえるように頼めば良かったのかな…?)
考えても考えても、どうすれば良かったのかなんてわかりやしない。
だけど、その代わりに別のことに気づいてしまった。
(…そういえば、英雄を探してただけならどうしてリヴェスは私に外出を気をつけるように言ったの?)
リヴェスは絶対にヴィズィオネアの人達が英雄を探しに来ていたことを知っていたはずだ。リヴェスが気をつけてほしかったのは彼らなのか、別の人達なのか。彼らであるなら、リヴェスはルーペアトが英雄であることに気づいているということになってしまう。
それに彼らはルーペアトが英雄だと知っているのだから、英雄が本当は金髪で水色の瞳だということもどこかで耳にしてしまったかもしれない。
リヴェスはそれを聞いてルーペアトが英雄だと確信する可能性がある。
ルーペアトはもう一度、リヴェスに言われたことを必死に頭を回転させて思い出す。
外出の際は気をつけること、街に出る時は変装して行くこと。
(―変装…!)
英雄だと知っていなかったら変装するようになんて絶対言わない。
リヴェスは知った上で黙ってくれていたのだ。
(いつから?どうして黙っていてくれたの…?)
ルーペアトは早くリヴェスに事実確認をしたくて仕方なかった。そのためには早くここから出なければいけない。
(無傷ではいられないかもしれないけど、大丈夫だよね)
縛られていた腕の紐を素早く解き、すぐさま剣を抜いて鎖も切る。
同時に男は落ち着いた様子で剣を抜いた。
「こうなるとは思っていた。英雄だとしても所詮女だ、俺達に適うはすがないだろう?」
「それはどうかな」
ルーペアトは剣先を男に向け、斬りかかると見せかけて小屋の壁に傷を付けて突き破った。
「なっ!?」
「女だから身体が柔らかくて軽いんだよ」
小屋の外に出たルーペアトは外の光景に驚いて目を見開いた。
何故なら馬車から下りた時よりも人が増えている。
(何で増えてるの…)
これは予想外だった。
逃げるにしても囲まれてしまっている。こうなったら戦闘は避けられない。
ルーペアトが剣の柄を強く握った時、突然聞き覚えのある声がした。
「随分と派手に壊したんですね」
声がした方に目を向ければ、薄紫色の髪に琥珀色の瞳をした男が馬に乗っている。
薄紫色の髪にこの声といえば、商会で会ったあの男だ。
「どうしてあなたがここに?まさかあなたが…」
「半分正解で半分間違いですね。僕は彼らに協力しましたから。ですが、本当はあなたに借りを返しに来たんですよ」
「つまり味方なの、敵なの、どっち?」
「味方ですよ。二人ならこの人数でも大丈夫でしょう?」
彼の腕前は知らないし本当に味方なのかわからないが、今は協力して戦うしかないだろう。
「…わかった」
「さて、久しぶりの戦闘ですね」
そう言いながら相手に突っ込んで行った彼を見て、ルーペアトは信じられないという顔を浮かべた。
「嘘でしょ…?」
全然頼りに出来なさそうだが、仕方がないからルーペアトも戦い始める。
やっぱりこれまで戦った兵士や暗殺者よりも腕が良くて、一人を片付けるのに時間が掛かってしまう。
(こんな腕前の持った人が居るなら、何で国民に戦争させに行くの…)
ヴィズィオネアの騎士である彼らに怒りをぶつけながら剣を振るう。その途中、商会長にも目を向けたら、久しぶりとか言っていた割に普通にルーペアトと同じくらい相手を片付けていて、更に腹が立ちそうになりながらも戦い続ける。
しかし、人数が多くて二人じゃきりがない。
「ねえ、剣もう一本持ってない?」
「仕方ないですね、これを貸してあげますよ」
そう言って商会長は手に持っていた剣を渡して来た。
「あなたはどうするの?」
「僕は弓を使いますよ。こっちが得意武器なので」
「じゃあ何で最初から使わないの…!」
「まあまあ、良いでしょう」
この男とは合わないようだ。よくこんな性格で商会長をやれているなと、逆に感心する。
ルーペアトは双剣になり、商会長は弓になったことで、相手を片付ける速さが格段に上がった。
残り後数人となったところで、商会長が馬に乗ってルーペアトに近づいて来る。
「もう逃げますよ。早く馬に乗って下さい」
「私乗ったことないんだけど」
「わかりましたよ」
身体を引っ張られ無理矢理馬に乗せられた。
初めてだというのに、もっとちゃんと乗せて欲しいものだ。
「落ちない?」
「手綱をしっかり握っていれば落ちません。まあ落ちそうになったら助けてあげますよ」
「優しさの欠片もないと思ってたけど、少し見直したわ」
「僕の印象酷いですね。助けないと二人に殺されそうなので」
最初現れた時から、ずっと商会長はおかしなことを言っている。
そもそも、何でここに居ることを知っていたのだろうか。
「そういえば私あなたに貸しなんてあった?」
「あれ?気づいてないんですか?」
「何が?」
「僕の髪を見て」
「商会長なのはわかってるけど…」
もう日が暮れて暗い中、商会長の髪を改めてよく見つめる。
特に何か付いてたりすることはないのだが。
(薄紫色…薄紫色…)
「え、ノーヴァってあなたなの?!」
「そうですよ。いつもウィノラがお世話になりまして」
「そんな…ウィノラが会わせたい人があなただったなんて…」
ウィノラには申し訳ないが少し、いやかなりがっかりした。ウィノラがノーヴァにルーペアトに会って欲しいと言った時、会いたくないと言っていたのはそういうことだったのか。
「今ウィノラの所に向かってますよ。馬車を下りた後、かなり泣きじゃくってましたから」
「ウィノラ…」
それから向かう途中でノーヴァから詳しい話を聞いた。
ウィノラはルーペアトを連れ出すよう脅されたが、ルーペアトを守るために裏と繋がった商会長に協力をお願いする振りをして、本当は幼馴染のノーヴァに助けを求めたそうだ。
ノーヴァの言っていた借りというのは、建国パーティーでウィノラを助けてくれたことだった。
商会長であるためノーヴァは表にあまり出られず、ウィノラがいじめられているのを知っていても、助けられなくて辛かったらしい。
ウィノラも言っていた通り、助けてくれた人はルーペアトが初めてだったこともあって、ノーヴァもルーペアトに感謝しているのだとか。
(ウィノラがそこまで信用してる人なら、本当はそこまで悪い人じゃないのかな…)
リヴェスと犬猿の仲だというのも、性格の合う合わないではなく、実はもっと深い理由があるのではないかと思った。
二人にしかわからない何かが。
読んで頂きありがとうございました!
次回は木曜7時となります。