第4話 初めての夜会で出会ったのは
当日になり、珍しく用意してあった馬車に乗り込んで会場に向かって行った。
初めて見た夜会の会場は想像以上に広く、見たことのない目新しさに気分が上がる。こんなに楽しみな気分は久しぶりだ。
(私の住んでた家いくつ分だろう…?)
百人以上は居るのに全く狭くない会場に驚きが隠せなかった。
ヴィズィオネアにも知らないだけで、貴族が行く場所はこんな感じだったのだろうか。
半ば行きたくない気持ちはあったものの、戦場ばかり見て来たルーペアトにとって新鮮で知識が増えることは嬉しかった。
夜会に出席するのは最初で最後だろうから、出来る限り存分に楽しんで帰りたい。そしてあの屋敷かた抜け出すのだ。
難しいことを考えるのを今夜は止めにして、会場の雰囲気だったり食事を楽しんでいれば、周りに居た令嬢がある一人の公爵の話をしているのが耳に入って来た。
その話が何だか気になって話し声に耳を澄ませる。
「あの不気味な公爵様の婚約、破談になったんですって」
「また?これで何回目なのかしら?やっぱりあの見た目だし呪われているんじゃない」
「ねえー。滅多に見ない黒髪に血の様な瞳って、本当に不気味で怖いわ…」
(黒髪ってハインツでは珍しいんだ)
ヴィズィオネアで黒髪は少なくない方だったのだが。希少な髪色が卑下されるのはどこの国も共通の様だ。
本人に聞こえていないからと言って、影でこそこそと人のことを悪く言うのには頷けない。
これ以上聞くのは止めて離れようと視線を変えれば、ちょうど令嬢たちが話していたであろう黒髪で深紅眼の男性と目が合った。
やましいことがあるわけではないが、何だか気まずくてすぐに目を逸らしてしまう。
(変に思われたかな…?)
もう一度見てみれば、もうこちらを向いておらず誰かと話している様子だった。
(気のせいだった?)
まあいいかと、会場の隅に行って会場の様子をじっくり見ようと、侯爵に背を向ける形で体の向きを変えると、後ろでグラスの割れる音が会場に響いた。
と同時に叫びやどよめきが聞こえ、一瞬にして会場がざわつき始めルーペアトは振り返る。
そこには倒れた男性が血を吐いて倒れていた。
(殺人?こんな会場で?)
これは夫人が仕向けたものなのではないかという考えが頭を過り、どうしようかと考えていれば視界の端に走り去って行く黒い服を身に纏った男が見えた。
怪しいと思い、すぐさまルーペアトは追いかける。
会場の外にまで出ても男は諦める様子はなく、走り続け知らない建物にまで来てしまった。
(この服装と靴じゃ追い付けない…)
着慣れていないドレスと踵の高い靴では普段のように走れず、中々差が縮まらずこのままでは逃げられてしまうかもしれない。
そう思い、考えついた策は履いている靴を男に投げることだった。
(靴は投げたことないけど、どうか当たって…!)
ルーペアトが投げた靴は見事、男の頭に命中し道に倒れ込んだ。
やがて男の元に駆け寄ったルーペアトは男の腕を背中に回して掴み、身体を押さえつけて話かける。
「あなたがあのワインに毒を仕込んだの?」
「何だよお前!女のくせに…しつこく追いかけ回しやがって!!」
「人の話聞いてる?私は毒を入れたのか聞いてるの」
「知らねぇよ!俺はただの招待客だ」
「それなら逃げる必要ないでしょ」
明らかに怪しいし、招待客だと言っているが服が他の貴族とは違う。暗殺者が着るような全身真っ黒な服装を着ておいてよく言う。
ルーペアトは更に力を入れて押さえつけ、男を問いただす。
「あなたの服を調べれば毒くらい出てくるんじゃないの?後は刃物とか」
「くっ…、こんな女が居るなんて聞いてない!」
「一体誰の差し金?」
「言うわけない―」
「それを聞くのは俺の仕事だ」
と男が言いかけていたところで、突然後ろから声が聞こえた。
戦場に慣れているルーペアトでもその気配に気付けず、驚いて後ろを振り返るとそこには、あの公爵が立ってこちらを見ている。
(もしかしなくても全部見られた?)
男も驚いていたのか静かになっていて、その隙に公爵はあっという間に縄で男の手を縛り付けた。
ルーペアトも手を離し、後は公爵が部下らしき人物に男の身柄を渡し連れて行かれるのを見届け、この場に公爵と二人だけになってしまっている。
(何か…気まずい)
「男を捕らえてくれたことに礼を言う。だが、ああいったことは君のような令嬢がするものではない。今回は何もなかったようだが、君が無傷でいられるとは限らないんだ。これからは報告するようにしてくれ」
「はい…」
説教のようだが、その内容は至極真っ当な意見でルーペアトを案じてくれているのが伝わった。ここはヴィズィオネアでも、戦場でもないのだからこれまで通りではいけない。
この少しの会話だけでも、令嬢たちが話していたような印象はとても見受けられないのだが。
これもまた数ある中の一面に過ぎないのだろうか。
「とは言え、身体は無傷でも靴はそうではないな」
「あ…」
公爵は地面に転がっていたルーペアトの靴を拾い上げ、まじまじと見つめていた、
買ったばかりの靴は汚れ、安価だったからか投げた衝撃で靴の高い部分が折れてしまっている。一度しか履いていないが、もうあんな動きにくい靴を今後持っていても履かないだろうし、役を全うしてくれただろう。
「男に気付いたのは君の方が早かった。もっと俺が気づくのが早ければ、君の靴も壊れなかっただろう」
「それは靴を投げた私が悪いです」
「新しい靴を用意させる。君はここで待っていてくれ」
「大丈夫です。このまま帰ります」
「…それを見過ごせるはずがないだろ」
「そうですよね…」
何を言ってるんだ、というような表情で見られてしまったため、大人しく公爵が来るのを待つことにした。
一人取り残されるのは不安だ、しかも知らない場所で。あの時を思い出してしまいそうだ。
ルーペアトは深呼吸をして別のことを考えようと頭を切り替える。
(とりあえず捕まえられたのは良かったけど、靴まで用意してもらって申し訳ないな…)
先ほどのやり取りを思い出しながら待つこと数分、公爵がルーペアトの元に帰って来た。
「こんなものしかなくてすまない」
「いえ!持って来て頂いただけありがたいですし、どんなものでも構いません」
とは言っても、どこからどう見てもルーペアトが元々履いていたものより、作りが繊細で高そうなのだが。
むしろこんな良いものを渡していいのか聞きたいくらい。
動揺しているルーペアトをよそに、公爵は膝をついてルーペアトに靴を履かせ始めた。
「え?!自分で履きますよ!」
「そうするとせっかくのドレスが汚れるだろう」
「それはあなたの服も同じでは…?」
「この服の替えはいくらでもある」
恥ずかしいが、せっかくの厚意を断り続けるわけにもいかず黙って従うことにした。
(今度は傷つけないようにしないと…)
されるがままに履かされた後、道がわからないルーペアトを馬車まで案内してくれた。
後先考えず男を追いかけてしまったことでこんな結果を招いてしまい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「何から何までご迷惑をお掛けしてすみません。ありがとうございました」
「気にするな。君のおかげで捕まえられたと言っても過言ではない。だから後日改めて礼をさせてくれないだろうか」
「いえ、もう十分ですよ!」
「それだと俺の気が済まないんだ、悪いな…。君の家はどこだ?」
家を言わなければいけない状況に少し困ってしまった。
養子なのもあるし、やっぱり夫人にどこか怪しいところがあるから、更に変に疑われたりしないか心配だ。
それでも言わないわけにもいかない。
「え…っと、デヴィン伯爵家です、養子ですが…」
「それでか…。わかった、後日訪ねる」
「はい…ではまた」
「ああ」
公爵に見送られ、会場を後にした。
約束をしてしまったため、これでまた屋敷を出る日が遠のいてしまった気がする。それでもこれが良い方向に向かうようなそんな気もして。
(そういえば名前…聞いてない)
今度会った時に聞かないと、と少し浮ついた気持ちで屋敷に帰って行った。
読んで頂きありがとうございました!
次回の投稿は月曜7時となります。