第39話 徐々に近づく影
馬車が動き出し、男が追っては来ないことにひとまず安堵し、怯えながらも紙に書かれた内容を確かめる。
「そんな…!」
書かれていた内容は、ルーペアトを指定の場所まで連れて来ること。このことを本人に伝えてはならず、失敗した場合はウィノラの命はない、と脅しまで。
そこでウィノラは思い出した。
ルーペアトが暫くはリヴェスの意向で、ロダリオ家の敷地内から出ることを控えるよう言われていることを。リヴェスはルーペアトが狙われていることを知っていたのだろう。
(どうしよう…私が出向いたからこんなことに…)
ルーペアトが外に出て来ないため、男は接触出来ずにいた。しかし、ウィノラがルーペアトに会いに行ったことで、親しいこともルーペアトに会える存在であることも知られてしまい、利用されてしまったわけだ。
せっかくリヴェスが気をつけてくれていたのに、ウィノラがそれを水の泡にしてしまった。
(……何とかしないと)
もちろん、ウィノラもただ男の指示に従うつもりはない。助けてくれたルーペアトに恩を仇で返すなんて、そんなことしないに決まっている。
内容から考えると、知られてはいけない人物はルーペアトとリヴェスやロダリオ家に関わる人間だろう。
それなら関わりがなく、話しても問題はない人に話せばいい。
最適な人物はウィノラにとって最も近しい存在に居る。
(明日ノーヴァに会いに行かなきゃ)
ノーヴァになら話してもそれほど疑われないはずだ。怪しまれたとて、いくらでも言い訳が出来る。
一番重要なのは、ウィノラがルーペアトにまだ信頼されていないことだ。ルーペアトに裏切ったとは思われたくない。
でも守るためなら、例えどんな結末が待っていようと受け入れる。
屋敷に着いたウィノラはすぐに自室へ籠もり、必死に計画を練り続けた。
ウィノラとのお茶会が終わってからも、ルーペアトはウィノラと手紙のやり取りを繰り返していた。
特に変わった様子もなく、いつも通りのやり取りだったが、お茶会から一週間経たずして会いたいと連絡が来たのだ。毎日会いたいくらいだと言っていたのも半分は冗談だと思っていたが本気だったらしい。
(こんなに頻繁にやり取りしてたら話題もなくなりそうなのに)
と思いつつも、ウィノラは自分のことやハインツのことを色々話してくれるから、実際話題が尽きるなんてことは起きなさそうだが。
会いたいと書かれた手紙の文字が僅かに力んでいるように見えるが、あまり気にせず了承の返事を送った。
そして、ウィノラはまたロダリオ家へとやって来た。馬車から下りて来たウィノラは緊張しているのか、顔色があまり良くない。
「大丈夫?何かあった?」
「いえ!楽しみで少し眠れなかっただけです」
「そう?それなら良いけど…」
寝不足と聞いて体調が心配になるが、その後のウィノラの様子はいつもの調子に戻っていた。
庭を歩きながら暫く話していた中、突然ウィノラは下を向いて立ち止まれば表情が暗くなり、ルーペアトは体調が悪くなったのかと焦る。
「本当に大丈夫?」
「……ルーペアト様は私と同じくらいの信頼を返せないと言ってましたよね」
「え?そうだけど…急に何でその話を…?」
下を向いていたウィノラは勢いよくルーペアトに目を合わせ、懇願するように見つめて口を開く。
「今だけでも私のことを信頼してもらえませんか?!」
思ってもいなかった発言に、ルーペアトは目を大きく見開いて驚いた。
(やっぱり何かあったんだ…)
ウィノラの身に何かあったのは確実だ。でも何があったのかは全く想像もつかない。
ルーペアトに信頼してもらわなければ困るような出来事なんてないはずだからだ。
「何があったの?信頼するにしても詳しく話してくれないとわからないでしょ?」
「…私と一緒に来てほしいんです」
「一緒に?でも私は敷地からは…」
出たくないがウィノラがあまりにも必死だから困ってしまった。何故だか説得する、ということは難しいのではないかと感じる。
何を言ってもウィノラは一緒に外に出ようとする気がした。
ここまで願われたら仕方ない。何かあっても自分とウィノラくらいなら守れるだろう。
「わかった。じゃあ変装するから屋敷に…」
「そこまでしなくても大丈夫です…!馬車からは出ませんから…」
(馬車からは出ない?)
ますますウィノラが何をしたいのかわからなくなってきた。一応念のため、剣は常に携えているからこのまま行っても問題はないが、気になることも心配なことも多過ぎる。
「…じゃあ行こうか。どこに行けば良いの?」
「ありがとうございます。…こっちです」
そうしてウィノラに連れて行かれたのは、敷地内の端だった。そこにはウィノラがここへ来る時に乗って来た馬車がある。
「これに乗れば良いんだね」
「…うん」
言われるがままに行動しているが、ウィノラがずっと不安でいっぱいという顔をしていて心配だ。
馬車に二人で乗り、動き出せばルーペアトが全く行ったことのない方向へと進んでいる。
ウィノラはずっと俯いて、何も話してはくれない。
どんどん馬車は森の中に入って行き、辺りが見えなくなってくる。
この馬車は一体どこに向かっているのだろうか。そう考えていれば、ウィノラがようやく口を開いた。
「…ルーペアト様。私は助けて頂いたこと、本当に感謝しています。そして、今もこれからも、ルーペアト様のことは大好きです。それだけは信じて下さい」
わかった、と伝えようとしたところで馬車の進む方向から大きな爆発音が聞こえ、ルーペアトはそちらに顔を向けた。
何があったのかと、ウィノラに問おうと振り向けば向かいに座っていたはずのウィノラの姿がない。
「ウィノラ?!」
どこに行ってしまったのかと辺りを見渡せば、ウィノラは馬車から下りていた。ルーペアトはウィノラの所へ行こうと扉に手を掛ければ、外から鍵が掛けられていて開かない。
「何で…!?」
色々試している間も馬車は止まることなく森の奥へと進んで行き、ウィノラの姿が遠くなり見えなくなっていく。
馬車を壊して外に出ようにも馬車は速く、出られても無事ではいられそうにない。
ルーペアト諦めて到着するまで大人しくすることにした。その間にウィノラが起こした行動について考える。
(最後にウィノラがあんなことを言ったのは、自分がしたくてしているわけじゃないと信頼して欲しかったから、かな…)
多分ウィノラは脅されている。そうルーペアトは確信した。
しかし、誰に脅されているというのか。
(私を捕えて得をする人って誰?)
英雄だからということではないだろう。となれば、ロダリオ公爵夫人だからだろうか。
ウィノラは身分がそれほど高くないから、上の者に脅されたら従うしかない。とはいえ、ウィノラはルーペアトが剣を扱えることを知らないのに、ルーペアトが無事でいられると果たして思っているのか。
(…まぁウィノラが何を考えていたとしても、自分の命を優先して欲しいからこれで良かったよ)
どこに着くかもわからないまま、ルーペアトは静かに馬車に揺られて過ごした。
一方で、爆発音と共に馬車から下りて器用に鍵も掛けたウィノラは、ルーペアトの馬車が見えなくなった後泣き崩れた。
「うっ…、ごめんなさい…ルーペアト様……。絶対…絶対に…!」
蹲って泣きじゃくるウィノラの頭に大きくて温かい手のひらが乗せられる。
「そんなに泣くと目が腫れるよ」
「ぐすっ…ノーヴァ…」
「泣くのは終わって安心してからにしたら?この計画決めた時には覚悟してたよね?」
「…わかってる」
手で涙を拭き取ったウィノラは立ち上がって、自分を奮い立たせる。
まだ計画は始まったばかりだ。これからやることが残っている。
「計画通り僕は彼女の後を追う。ウィノラはあいつらと合流してリヴェスの元に行くんだ、いいね?」
「うん。ルーペアト様のこと任せたから!」
ウィノラはノーヴァと別れ、来た道を戻って行った。
残ったノーヴァは一回深呼吸をして、ルーペアトの乗った馬車が向かった方向を見据える。
「借りを返す時が来たかな」
そう呟き、乗って来た馬に跨って馬車を追いかけた。
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