第20話 始まった準備
それから、朝に庭の手入れをし、夕方まで建国パーティーの準備をする日々が始まった。
夫人の家に居た頃は礼儀作法しか教わらなかったため、覚えることも多く初日からわからないことだらけだ。
ルーペアトの衣装はハンナが手配を進め、ジェイが会場の準備を、そしてルーペアトは出席される貴族を覚えることから始めることになった。
普通に育った令嬢なら、これまで出席した夜会やお茶会で出会い、ある程度の貴族を覚えられているだろうが、ヴィズィオネアの平民だったルーペアトが一人も覚えているわけもなく。経験の少なさを考慮して、ルーペアトは覚えるところから始めようと提案されたのだ。
それでも大国ハインツの建国パーティーだ。出席する貴族は大勢居て、そうすぐに覚えられるようなものではない。
(先が不安すぎる……)
こんな調子で大事なロダリオ公爵夫人の務めをやりきれるのか、不安で仕方がなかった。
リヴェスが気遣って早く日程を教えてくれたため、かなり前の段階から準備をすることが出来て時間もたっぷりある。だからといって万全に準備が出来るかどうかはわからないが。
(こんなことをするのは最初で最後だけど、得た学びは私の力になってくれる。いずれ使わなくなる知識でも覚えておいて損はない)
自分を奮い立たせ、より一層すべきことに打ち込んだ――
「お嬢様、そろそろ休憩しましょう」
「もうそんな時間?」
時間を忘れるほど集中していたルーペアトは、ハンナが部屋に入って来てようやく時間の経過に気がついた。
ルーペアトは大きく身体を伸ばした後、ハンナが淹れてくれた温かい紅茶と焼き立ての焼き菓子と共に一息つく。
「…ふぅ。公爵夫人って大変なんだね」
「ロダリオ家が忙しいだけで、他家はそうでもありません」
「そ、そうなんだ…」
世の公爵家の妻は皆、建国祭の度に大変だなと思ったのに、まさかここまで忙しいのがロダリオ家だけだとは思わなかった。
(確かにそうか…)
よくよく考えれば他家の令嬢は貴族の名と衣装の準備だけでいいのかもしれない。
リヴェスがハインツの治安を守る仕事をしているし、建国祭という人の出入りが激しい時は特に忙しくて気を張るはずだ。
その上リヴェスは手伝いをしているようだし、そっちに時間を要して家の方に手が回らず、その分ルーペアトが家のことを任されているのだろう。
「私が来る前はどうしてたの?」
「今までリヴェス様は建国パーティーには出席しなかったので、外の仕事だけだったんです」
「え、出てなかったんだ」
「お嬢様も噂を耳にしたことはありますよね」
「あぁー……」
夜会に行った時に聞いた、不気味だとか呪われているとか言われていることをハンナは言っているのだろう。
おめでたい日にそう噂されているリヴェスが建国パーティーに来て、歓迎されるとは到底思えない。
それを察してリヴェスは出席を控えていると考えると胸が締め付けられる。
リヴェスは皆が安心して過ごせるように国の安全を守ってくれているにも関わらず、守られている側はそれを知っているのか知らないのか、全く感謝もせずに悪く言うなんて最低だ。
「休憩中に難しい顔をしてどうするのですか。休憩が終わったら衣装のことで聞かなければいけないことがたくさんあるんですよ」
「うっ…」
「休憩は出来る時にしておくべきです」
難しいことは考えず休憩をしっかり取るべきだと促しつつも、その後の現実を突きつけてくるハンナの飴と鞭。
そんな風に素を出して接してくれるのはルーペアトも過ごしやすくて助かるが、今は飴がたくさん欲しい。
「そうだね…」
この準備のせいでリヴェスとの結婚を後悔することは一切ないが、本当にやるべきことは多い。
休憩を終えれば、ハンナは言っていた通りすぐに衣装の話をし始める。
どこまでも容赦がない。
「衣装の形はお嬢様に合うもので流行りを取り入れます。色は青色系がお嬢様に似合うのでそうしようと思っていますが、どうされますか?」
「そこはリヴェスの色を纏うんじゃないの?」
ハンナの話を聞いていてルーペアトは疑問に思った。流行に疎くドレスに詳しくないが、パートナーが居る人は相手の色を取り入れると聞いたことがある。
だからリヴェスの色である黒か深紅を提案されると思っていたのだが。
「それは知ってたんですね。確かに普通はそうですが、お嬢様まで批判の的になって欲しくないというリヴェス様の意向です」
「それでも私はリヴェスの色を纏いたい。誰が何と言おうと妻である私だけは、リヴェスの色を避けるなんてことはしたくないから」
余計な一言が聞こえたような気がしたが、ルーペアトは気にせず自分の意思を伝えることにした。
リヴェスがルーペアトのことを想ってそう考えてくれていたのは嬉しいが、その意向は受け入れられない。
「…わかりました」
ルーペアトがそんなことを言うと思っていなかったのか、ハンナは少し驚いた顔をしていたが、その後ハンナは珍しく微笑みを浮かべてルーペアトの意見を受け入れてくれた。
その微笑みを見て、ハンナは嬉しかったのかもしれないとルーペアトは思う。忠誠を誓ったリヴェスの部下だから、ハンナもリヴェスが悪く言われるのは気分が良くなかっただろうし、ルーペアトのように言ってくれる人も少なかったはずだ。
ハンナだって本当はリヴェスの意向でも、リヴェスの色を避ける提案なんてしたくなかったと思う。
「では生地は黒と暗い青を使い、刺繍にはお嬢様の髪色の金を使って夜空の様な衣装にしましょう。紅色の宝石でも他の色と一緒に小さく散りばめれば星の様に見え綺麗ですから、お嬢様にとてもお似合いなると思います」
「始めから考えてたみたいにすらすら出てくるね……」
すぐにハンナが言葉にした衣装の提案にルーペアトは圧倒された。
これで本業じゃないのがおかしいくらいだ。
「服に詳しいんだね」
「潜入するのに服は大事ですから詳しいのですよ」
「なるほど…」
(それであの提案が出来るものなの…?)
リヴェス含め、その周りの人達が優秀過ぎてこれが普通なのかと勘違いしそうだ。
そんな皆の足を引っ張るような結果にならないようにしたい。
「じゃあ衣装はそうしよう」
「お嬢様がパーティーの主役なるほど素敵な衣装を作らせます」
「え、いや、そこまで目立ちたくはないけど…、うん、楽しみにしてる…!」
ハンナがあまりにもやる気に満ちていたため、そこまでしなくてもとはとても言えずルーペアトは諦めた。
衣装製作に掛かる金額は絶対に高額だし自分には勿体ないけど、完成した衣装を着るのは凄く楽しみだ。
読んで頂きありがとうございました!
次回は水曜7時となります。
最近体調が優れない日が続き、次話までの間隔が空いて投稿する曜日の変動があって申し訳ないです。
出来るだけ早く回復して投稿頻度を戻せるようにします!