第2話 辿り着いた先は
ルーペアトはとにかく走った。
どこへ向かっているかもわからない。それでもとにかくこの場所から離れたくて仕方がなかったのだ。
森を通り怪我を負っても無我夢中に走り続ける。
数日進み続け、ついに体力が尽き疲労と空腹によって進むことが出来なくなって倒れ込んだ。
少し開けた道ではあるが、馬車の通った跡などはなく、ここは滅多に人が通らないかもしれない。
となればルーペアトはこのまま野垂れ死ぬだろう。
そうして目を閉じた後、暗闇の中でかすかに誰かの声が聞こえた気がした。
「まあ、こんな所に子供が―」
目を覚ませば視界には見知らぬ天井が入り、慌てて体を起こした。
「ここは…どこ?」
ルーペアトが住んでいた部屋とは造りも内装も全く違う。まるで貴族が住んでいる部屋の様だ。
偶然通り掛かった貴族に拾われたというところだろうか。
「…いっ!」
勢い良く身体を起こしたものだから、身体に負担が掛かり怪我していた所と頭が酷く痛んだ。
しかし幸いにも手当てをしてくれた様で、倒れる前よりは痛みが引いている気がする。
(死ねなかったんだ…)
残念な様な嬉しい様な不思議な気持ちだった。両親の元に行きたい気持ちと、亡くなった両親のためにも生きなければいけないという気持ちが心の中で葛藤している。
ここに来るまで大きな悲しみに苛まれていたのに、今は自分がどんな感情を抱いているのかもわからない。
それから部屋を見渡していれば扉を叩く音が聞こえ、中に着飾った女性が入って来た。
歳はルーペアトの母よりも十は上であると思う。
「起きていたのね。身体をどう?」
「…大丈夫です。助けて下さりありがとうございます」
「いいのよ、あんな姿を見たら放っておけないもの」
確かに血だらけの少女が地面に倒れていたら、大抵の人は放っておけないだろう。
それでも人を売り飛ばす様な悪い人に拾われたのではないようで、ルーペアトは少し安心した。
「あなたの服は汚れていたから捨てたけれど…、あなたは軍の人だったのかしら?」
「服は構いません、もう着るつもりもなかったですし。…まあ、軍隊と言うよりただの兵士に過ぎませんが」
「こんな小さい子に戦わせるなんて…」
(私の国では十五歳だと皆兵士だけど……、?)
そこでルーペアトは気づいた。
ヴィズィオネアの国民ならこの歳なら兵士になることを知っているはずだし、この人も治療所で働いていないとおかしい。
となれば、ここはヴィズィオネアではないということだ。
「あの、ここはどこで、あなたはどなた何ですか?」
「私はこの国ハインツの、デヴィン伯爵家当主の妻なの」
「ハインツ…?!」
(私隣国まで来てたんだ)
ヴィズィオネアが戦争していた隣国と正反対に位置するハインツ。
しかもとても大きな国で、ヴィズィオネアも物資をハインツから送ってもらっていた程だ。
ハインツとは平和条約があるため、この国に対して嫌悪感は全くないが、来てしまった土地がハインツなのはかなり想定外。
「もしかして…あなたハインツ出身じゃないのかしら?」
「…私はヴィズィオネア出身です」
「そうだったのね!両親はどうしたの?」
「両親は……戦死しました」
「あっ…ごめんなさい」
「いえ」
夫人が気まずそうにしているが、ルーペアトは他のことを考えていた。
(伯爵家か…貴族ならさすがにお世話になるのは申し訳ないないな…。お礼だけして街の道を教えてもらったら、そこで暮らそうかな)
騎士にでもなれば給与は高いだろうけど、もうその仕事はしたくないし、身体も女性らしくなって来ているからこの国で騎士になるのはそもそも難しいだろう。
ヴィズィオネアでさえ女性の兵士は珍しいのだから、この国にも女騎士はほとんど居ない気がする。
だったら普通に街で働いて暮らすのが一番良い方法だと思う。
料亭で働いても、一人ならそれなりに食べていけるはず。
「あの、お礼をしたいのですが、何かお役に立てることはありますか?」
「そうね……、お礼をした後はどうするつもりなの?」
「街で働こうと思ってますが…」
「それなら!私の養子にならない?」
「はい?」
(養子?平民の私が?それに…)
元から養子だったのに、また養子に望まれるとは、これでは三人目の両親になるではないか。
「それはお礼になっていないと思います」
「いいえ!家はこの歳でも子供が居なくて…ずっと欲しいと思っているのだけれど…」
(これは後で血の繋がった子供が出来たら面倒な事になりそう…)
人は簡単に信用してはいけない。特に今はルーペアトにとって夫人は命を助けてくれた恩人になるわけだが、その助けてくれた一面しか知らないし、裏があるかもしれない。
養子になっても夫人の子供が生まれたら邪魔者になるルーペアトは居場所がなくなる。
だったらどう考えても最初から居ない方がいいのではないだろうか。
「それは申し訳ないので…」
「行くあてがないのでしょう?養子になった後でも働いてお金を稼いでもいいから、それで貯まってから街で暮らす方が良いと思わない?」
夫人の話にも一理あるが、だからといって養子になる決定打にはならない。
とはいえ、お礼として望まれるものが養子になるということなら強く拒むことは出来ない。
(一年くらい経てば一人で暮らせる程のお金が貯まるだろうし、少しの辛抱かな。一応お礼だし…)
「わかりました」
「ありがとう!…えーっと?」
「あ、私はルーペアトです」
「よろしくね、ルーペアト」
「はい」
ルーペアトは承諾することにした。
夫人が微笑んでいることから喜んでいるのがわかるが、ルーペアトはそんな夫人をただ静かに見つめるだけ。
笑顔を向けられても、ルーペアトはそれに笑顔を返すことはない。
あの後から感情の歯車が外れてしまったのか、素直に笑うことが出来なくなっていたのだ。
それに性格も前より暗くなってしまっただろう。
(これから上手くやって行けるかな…)
別にすぐにここから離れてもルーペアトは困らないが、お礼をちゃんとするのは両親との約束だ。
助けてもらったら相手がどんな人であろうとお礼をすること、恩を仇で返す様な真似はしないこと、それが約束。
けれどもちろん、相手が命を脅かす様な存在なら、お礼をした後にしっかり痛い目を見てもらう。
夫人は良人か悪人か―
読んで頂きありがとうございました!
次回は土曜日7時に2話投稿したいと思います。
1話の後書きで書き忘れていたのですが、ルーペアトが公爵と契約結婚するところまでは頻度を上げて投稿し、その後は週に2、3話のペースで投稿していきます。